第16章 ~ガルーフの家~
知り合ったばかりの者の家に泊めてもらうというのもどうかと思ったが、ガルーフの話では村の宿は全て壊されていて使えない。
かと言って野宿などすればグールのような獣に襲われる危険があった。
この村は今余所者を警戒している、民家に泊めてもらう、というのもまず無理だろう。
ロアとアルニカは、ひとまずガルーフの好意に甘えることにした。
「ねえロア、大丈夫かな? あの人を信じても……」
ガルーフの後ろ姿を見ながら、アルニカがロアに耳打ちする。彼女はまだ、ガルーフに対して警戒心を抱いているようだった。
「わからない、けど……」
ロアは歯切れの悪い返事を返した。
「けど?」
アルニカがそう返す。ロアは視線をガルーフの後ろ姿に向けて、
「あの人、悪い人じゃない気がするなあ……」
数分程歩いて、三人は道脇に立っている木造の小屋の前にいた。
その小屋の前に立っていた柵は倒れ、小屋の横の畑は滅茶苦茶に踏み荒らされていた。きっとここも、襲われたのだろう。
「ここが俺の家だ」
そう言って、ガルーフは玄関の扉を開ける。ロアとアルニカにも、入るように促す。
「おかえり、ガルーフにいちゃん!!」
家に踏み入ると、その声が耳に入る。
その声の主は、まだとても小さな、狼型獣人族の少年だった。年の頃四~五くらいだろうか、その容姿は狼と言うよりも、小犬に近い。
「おうカイル、いい子にしてたか?」
そう言ってガルーフは、その「カイル」と呼んだ幼子の頭をなでる。
ガルーフとカイルのやり取りを聴きつけたのだろう、階段を下りて、もう一人の幼子が降りてきた。
「ガルーフにい、お疲れ!!」
そう言った少年も幼いが、カイル程幼くはない。おそらく年の頃、八~九くらいだろうか。
「おうラクル、……カーラはどうした?」
「カーラねえなら、二階の掃除をしているよ。……ところで、ガルーフにい」
「ん?」
ラクルは、その小さな指でドアの側にいたロアとアルニカを指差した。
「その『人間』の人たち……どちらさま?」
ラクルが問う。
「お、ああ」
ガルーフは、はっとした表情を浮かべて、
「この二人は、俺の客人だよ」
「へえ……」
ラクルはロアとアルニカをまじまじと見つめている。
客人が珍しいのか、あるいは『人間』という種族が珍しいのだろうか。
「僕はロア、よろしく」
ロアがラクルにそう挨拶する。
「ラクルです、よろしくね。ロアにい」
と、ラクルは返事を返した。どうやら、このラクルという子は人に慣れているようだった。
「私はアルニカ。よろしくねラクル君」
「うん。えっと、アルニカねえ」
ラクルはそう返事する。
「それと……」
次にアルニカは、ガルーフの足にしがみつくように立っているカイルへと視線を向けた。びくり、驚いたのか、カイルは一瞬身を震わせる。
「カイル君……だったっけ?」
「……!!」
一言も発せず、カイルはガルーフの足の後ろに隠れてしまった。
「あちゃ、嫌われちゃったかな?」
とアルニカが言う。
「カイル、挨拶くらいしろよ」
ガルーフが足元のカイルに促すが、カイルは動かない。
「悪い、こいつ人見知りするんだ」
とガルーフがアルニカに告げた。
「カ、カイルです……」
ガルーフの足にしがみついて、とても小さな声でカイルが言う。だが、ガルーフにしてみればそれだけでも上出来だった。
いつものカイルなら、見知らぬ人が相手ならその人と目を合わせることすらできない。
「よろしくね」
優しく微笑みながら、アルニカがそうカイルに言う。
カイルはガルーフの足にしがみついたまま、ぎこちなく頷いた。
「ん、そういやそろそろ昼飯の時間か……」
壁に掛かった時計を見て、ガルーフがそう呟いた。
「カイル、ラクル、飯の準備だ。薪割って火を起こせ」
「わかったよ、ガルーフにい」
ラクルは外へ出る。カイルもガルーフの足から離れ、ラクルに続いた。次いでガルーフはロアとアルニカの方に視線を移して、
「お前たち二人は、そこの椅子に座って待っててくれ。すぐに昼飯の準備するから」
と、テーブルの側の椅子を指差す。しかしロアとアルニカはそれには従わず、
「いや、泊めてもらう身だし、僕も何か手伝うよ」
「私も!!」
ロアとアルニカが言う。
ただで人の家の厄介になるというのは、どこかフェアではなく思えた。
「ガルーフ、何か僕達に手伝えることはない?」
ロアがガルーフに催促する。
「それはありがたいな……では、ロアはラクル達と一緒に薪割りを頼む。荷物はテーブルの上にでも置いといてくれ」
「よしきた!!」
とロアは返事を返して、肩掛けカバンと、腰に下げていた剣をテーブルに置く。
そして、先ほどラクルとカイルが外へ出たドアへ向かう。
「アルニカはカーラの手伝いをしてくれ。あいつ今二階で掃除してるらしいから」
「了解!!」
アルニカも肩掛けカバンとツインダガーをテーブルの上に置いた。
そして、階段を上って二階へ上がる。
階段を上がるとそこは短い廊下、正面と左側にドアある。右には窓があって、そこから日の光が射している。
正面と左側、二つのドアがあったが、アルニカはどちらを開けるか迷っていた。
ここは人の家だ、好き勝手なことはできないだろう。
不意に、左側のドアから「コトン」と花瓶をどけるような物音がした。
カーラという人はこっちの部屋だろう。とアルニカは思い、そっとドアを開ける。
「誰? お兄ちゃん?」
ドアを開ける音に気付いて、部屋の掃除をしていた獣人族の少女はドアの方を振り向く。
振り向いた方には、見慣れない人間の少女が立っていた。
「……えっと、どなた?」
ガルーフの妹で、獣人族の少女のカーラがそう聞いた。
アルニカから見て、カーラはその容姿から14歳から15歳くらいに見えた。もしかしたら、自分よりも年上かもしれない。アルニカはそう思う。
「あ、アルニカという者です。ガルーフさんに言われて……」
彼女がそこまで言いかけた瞬間だった。
アルニカとカーラの耳に、突然大きな悲鳴が響いた。どうすれば、そのような大きな声を出せるのかと思う程の、悲鳴である。
「!?」
アルニカは驚く、その悲鳴はこの家の外から響いてきた。すぐに窓に駆け寄り、村の様子を見る。
窓の外に広がっていたのは、驚愕すべき光景だった
何十人もの、鎧に身を包んだ者が村に押し入っている。彼らは家に火を放ち、丸腰の村人に剣を振るい、村を襲っていた。
殺戮、そう。その光景は、殺戮と呼ぶに他ならなかった。
「これは……!!」
アルニカがそう漏らす。何人もの人が悲鳴を上げながら、彼らから逃げるように必死に走っている。
先ほどアルニカとカーラの耳に響いてきたのは、村の人の悲鳴だったのだろう。
「まさか!!」
そう言ったのはカーラ、彼女も、窓から村を見る。
「あれは……!! 二日前の……!!」
カーラがそう言った。どうやら彼女には、思い当たる節があるらしい。