第14章 ~ラータ村~
その後、アルニカのロアとアルニカは崖下に降りてルーノを探した。何度も何度も、彼の名前を呼びながら。
二人とも、ルーノが「死んだ」等とは思いたくはなかった。
仮に、万が一にも億が一にも彼が命を落としたとしても、せめてその姿だけでも見届けておきたかった。
だけど、どれだけ探そうとも、ルーノは見つからなかった。
付近で見ると、彼が落ちた川はかなり急流だった。もしかしたら下流に流されてしまったのかもしれない。
だとしたら、彼が助かっている見込みは薄いだろう。絶望的な状況だった。
「ルーノ……」
アルニカの瞳には涙が浮かんでいた。ルーノの身を案じると、涙が溢れて出てくる。
きっとロアも同じ気持ちなのだろう、とアルニカは思う。
「……アルニカ、行こう」
長らく黙っていたロアが口を開いた。そして彼は足を進める。
「……え……!?」
彼の後ろ姿を見ながら、アルニカはそう返事する。聞き違いでないのなら、ロアは確かに「行こう」と言った。
「でもロア!! ルーノはどうするの!? この近くにいるかもしれないのよ!?」
アルニカの問いにロアは答えず、歩いていく。
そのロアの様子は、ルーノの事など、気にもとめていないようにも見えた。
「ロア!!」
アルニカは声を張り上げた。ようやくロアの後ろ姿は立ち止る。
そしてゆっくりと彼は、アルニカの方を振り返った。
「……アルニカ」
そのロアの表情は、不安に溢れていた。
「ルーノは体を張って、僕たちを助けてくれたんだ」
「……」
アルニカは思い出す。ルーノが崖から落ちる前に言った、彼の言葉を。「ロア、アルニカ、後は任せたぞ」という言葉を。
そう、ルーノは自らの命を賭して、自分たちに託したのだ。
彼がいなければ、自分たちは今頃グールの餌食となっていたかもしれない。
「あいつの想いを無駄にしたくないだろう? だったら前に進むしかないんだ」
その通りだ、もしも他のグールが襲って来たりでもしたら、今度こそ全滅だ。そうなったら、ルーノの想いは無駄になってしまう。
「……行こう、ラータ村に」
そう言い、ロアは再び足を進め始める。強がっていたが、本当はロアもルーノが心配だった。
心配で心配で、その気持ちを表に出さないよう必死に抑えていた。
「(あいつがこんな所で死ぬもんか!!)」
歯を噛みしめ、ロアは自分にそう言い聞かせる。
「……」
ロアの気持ちを察したアルニカは、ロアの後ろ姿に何も言わずに頷いた。
彼女はもう一度、川を振り返る。そしてロアの方へと走り寄り、彼に追いつく。
それから、数時間――
陽が落ち始めた頃、ロアとアルニカはラータ村へと着いた。村の門をくぐり、二人は村の中に足を踏み入れる。
「……?」
途端、ロアはどこか違和感を覚えた。
以前に果物屋の仕事でこの村を訪れた時は、もっと人通りがあったような気がした。うまく言葉では言い表せないが、以前はもっと活気があったような気がするのだ。
まるで、この村で戦争でも起こったかのような有様だった(考えにくいことだが)。
壊された家に、踏み荒らされた畑、一言で表現するならば、「廃墟」という言葉がしっくり来る。
「!! ロア!!」
アルニカが何かに驚いた様子で、ロアを呼んだ。ロアはアルニカの指差した方向を向く。
「これは……!!」
アルニカの指した方を向いて、ロアは驚愕した。そこにあったのは、たくさんの墓標。
そこらの木で作った粗末な十字架がいくつも立てられ、その前で泣き崩れる人々、それも一人や二人ではない。
ロアは思う。一体、この村で何があったと言うのだろう? 伝染病が流行っていたりでもしたのだろうか?
いや、伝染病では家は壊れないし、畑が踏み荒らされたりはしないだろう。
だとしたら、考えられるのは――
「お前達、何者だ」
不意に、ロアとアルニカの後ろからその男の低い声が響く。
ロアが振り向いた瞬間、彼の目の前に、鈍い銀色に輝くサーベルが突き付けられていた。
「!!」
反射的に、ロアも腰の鞘から剣を引き抜こうとする。
「動くな!!」
男はサーベルを突き付けたまま、それを制した。
そして、「質問に答えろ、お前達は何者だ?」とロアに命じる。
ロアは答えずに、男の顔を見つめる。
その男は、狼の獣人族だ。左目を黒い眼帯で隠しており、右目は鋸のように鋭い目つき、ロアとアルニカよりも背は高い。
灰色の毛並に、左の頬には切り傷。その風貌からは、どこか冷徹な雰囲気を感じさせる。
「答えろ、小僧!!」
灰色の毛並の狼型獣人族が、ロアに向かって怒鳴った。
とりあえず、いきなり切りかかってくる様子はなさそうだ。質問に答えておけば、害意は無いのかも知れない。
「……アルカドール王国のロア」
ロアが答える。
「アルカドール王国のアルニカ」
続いて、アルニカがそう答えた。
「……アルカドール王国?」
男は小さく呟く。そして、観察するように二人を見つめる。
数秒後、
「……どうやら、『ヤツら』の仲間ではないようだな」
そう言うと、男はサーベルを鞘に納めた。
「アルカドール王国のロアとアルニカ、刃を向けたことをここに謝罪する」
灰色の毛並の狼型獣人族は、続ける。
「俺はガルーフ、この村の保安活動を行っている者だ」