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第155章 ~ルーノの決断~


「引き、返す?」


 咳を交えつつ、ルーノはロアの提案を繰り返した。

 ロアは頷く。彼の出した答え、それはこのエドラムの胞子が舞う洞窟を抜けるという事はせず、別の道を探してアルニカを追うという物。

 この緑色の輝きを持つ胞子は、ルーノにとって毒と同じ。いや、毒以上に危険な物かも知れない。彼を連れていく事は出来ない。

 かといってルーノを置いていこうにも、兎型獣人族特有の優れた脚力と聴力を持つ彼は強力な戦力だ。彼を抜きにしてこの危険な洞窟を突破するのは危険が大き過ぎる。

 リオも頷き、ロアの提案に賛同した。 


「あたしもそれがいいと思う、ルーノをこの先には連れていけないよ」


 踵を返しつつ、ロアは2人に促す。


「別の道を探そう、急げば間に合う」


 ロアは駆け出して、すぐに足を止めた。

 リオの足音は聞こえたので、彼女が付いてきているのは分かった。しかしもう一つの足音が、聞こえなかったのだ。

 振り返ると、ルーノが座り込んだままじっと視線を落としていた。


「どうしたルーノ、早く……!」


「オレは引き返さない、ここを行くぞ」


 兎型獣人族の少年の言葉に、ロアは耳を疑った。 

 ルーノにとってエドラムの胞子が舞うこの先は、危険地帯どころの場所ではない。それでも彼は迂回せず、毒の中を突き進むつもりなのだ。


「だけどルーノ、この先に進んだらお前……!」


「大丈夫さ」


 何の根拠も感じられない言葉が、彼の口から返される。

 ルーノは立ち上がると、彼が進もうとしている先、エドラムの胞子が舞っている場所を見つめた。


「つまり胞子を吸わなきゃいいだけの話、オレが息を止めてればいいのさ。それにこの先からは空気の流れ込む音が無数に聞こえる……息継ぎ出来る場所もあるってこった。どうにか息を繋ぎながら進めば、何の問題もねえだろ」


 本当なのかどうかも分からない話だった。

 返事する間もなく、ルーノは足を進め始める。ロアは、その小さな背中を引き留める言葉も見つけられない。


「オラ何してんだ、行くぞオマエら!」


 そう言うルーノの表情には、まだ苦し気な色が滲んでいた。先程吸い込んだエドラムの胞子の所為に違いなかった。

 その足取りも重たげで、万全の状態にない事は誰の目にも明らかである。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


 リオがルーノを呼び留める、ルーノは足を止めたが、振り返らなかった。


「ルーノ、あんた息を止めたままでこんな洞窟を抜ける事なんて出来ると思ってんの、さっきのあんたの話だって本当かどうかなんて分からないし……しかも、胞子を少し吸い込んだだけでもうそんなにボロボロじゃない! ダメだよ、あんたをこの先には連れて行けない!」


 ロアが思っていた事を、リオが代弁してくれた。

 ルーノをこの先に連れて行くのは、彼を殺す事と同義だと感じていたのだ。


「だったらどうするってんだ、アルニカは助けなくたっていいってのかよ! アルニカを連れ去った魔物が動きを止めている今がチャンスなんだ、別の道なんて探してたら間に合わなくなるだろうが!」


 ルーノは振り返ると、リオを睨み付けた。


「アニーを助ける事も確かに大事だよ、でもその為にあんたの命を犠牲にしたら本末転倒じゃない!」


 リオの言っている事は、至極真っ当な意見だと感じた。彼女の言葉はルーノの身を案じる気持ちから発せられた物であり、否定の余地はない。

 しかし、ルーノは反論する。


「我慢できねえんだよ!」


 一際大きな声を張り上げたルーノ、ロアは驚き、リオは沈黙した。


「オレが足引っ張ったせいで間に合わなくなって、アルニカを助けられなかっただなんて事になったらな」


「っ……!」


 リオは押し黙った。

 ロアは、ルーノの性格を思い返す。彼はへそ曲がりで素直じゃなくて、そして時に頑固者で、そして友達想いな少年でもあった。

 自分が足手まといになる事が、ルーノには我慢ならないのだ。

 きっと今、ルーノに何を言っても彼の決断を曲げる事は出来ないだろう。


「……分かった、この道を行こう」


 それが、ロアの答えだった。リオが反発するように言う。


「ちょ、でもロア……!」


 それを遮るように、ロアはルーノと視線を合わせて続けた。


「ただしルーノ、もしも君の身が危うくなったら直ぐに引き返す。例えどんな状況だったとしても、その時だけは僕の判断に従ってもらう。それだけは約束して欲しい……それが絶対条件だ」


 ルーノの決意を尊重する事にしたのは確かだ。しかし、ロアはルーノの身の安全を蔑ろにするつもりは無かった。

 アルニカと同じく、ルーノもまたロアの仲間であり、友なのだから。

 これからこの先に踏み入り、ルーノにもしもの事があったら、ロアは力づくでもルーノをこの入口まで連れ戻すつもりでいた。その時は、ルーノが何を言おうと聞くつもりは無い。

 ふう、と小さくため息をついて、ルーノは口を開く。


「昔から変わんねえなロア、オマエのお節介焼きは。分かったよ、オレも死にたくはねえしな」

 

 ルーノは、ロアの提示した条件をのんだ。

 続いてロアはリオの方に視線を移した。彼女は腕を組んで、不機嫌そうな面持ちを浮かべていた。


「リオ、これでいいかな?」


 リオは組んでいた腕を解いて、腰に当てる。


「あたしは別にいいよ。でもルーノ、どうなったって知らないよ? あんたが自分で選んだ事なんだから、責任は持ちなさいよね」


「オマエに言われなくたって分かってるっつの」


 ぶっきらぼうに返事すると、ルーノはリオに背を向けた。


「何かあったって、助けてやらないからね」


「うるせえ、オマエの助けなんか借りなくたって平気さ。さ、行こうぜ」


 ルーノが先頭に立って歩き始める。

 ロアはその後ろに続き、そしてリオはルーノの背中を見つめながら、ぼそりと言った。


「ったくもう……」


 そして三人は、エドラムの胞子で緑色の光に包まれた洞窟内に踏み入る。






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