第151章 ~新たな目的~
「何、アルニカが……!?」
ミレンダとともに、ニーナ達と合流したロア。彼を待ち受けていたのは、アルニかが魔物に連れ去られたという知らせだった。
イルトが歩み出て、視線を外したまま言う。
「すまない、側に居ながら何も出来なかった……」
ロアは、イルトを責めようとは思わなかった。そんな事よりも、アルニカを助け出す事の方が先決だからだ。
このままでは、彼女の身が危うい。ルーノも同じ事を思っていたらしく、
「モタモタしてられねえぜ、早くアルニカを助け出さないと!」
小さな体に見合わない覇気のある声で、提案した。
しかし、すかさず問題が提示される。煙草を吸いながら、バドは言う。
「だが、行き先がどこなのか見当も付かねえぜ、んん?」
ルーノは、黙るしかなかった。追い打ちをかけるように、ミレンダが言う。
「それに、魔族にとって他種族は敵以外の何物でもない……言いたくはないけれど、もう始末されてしまっている可能性も……」
掴み掛かりそうな勢いで、ルーノはミレンダに迫った。
「てめえ何言ってんだ! アルニカが殺されても構わねえってのか!?」
「そんな事は言ってないわよ!」
負けず劣らず強い口調で、ミレンダは返した。
仲間が拉致されたという状況に、ルーノは冷静さを失っているのかも知れなかった。ロアが仲裁に入ろうとした時、先んじてその声が発せられる。
「止めたまえ、2人とも!」
皆の視線が、声の主に釘付けになる。
男をも黙らせる貫録、迫力を帯びたその声。発したのは、ニーナだ。
「冷静になりたまえ、内輪もめしている場合ではないだろう」
間髪入れずに、ルーノが言った。
「けどよ、このままだとアルニカが……!」
「考えてみたまえ」
ルーノの言葉を遮り、ニーナは話の主導権を奪い取る。
「あの魔物はどうしてアルニカを連れ去ったと思う、仮に殺害する事が目的ならば、この場で殺すのが普通だろう。捕虜にするために捕らえた……そういう考え方もあるのではないかね?」
「あっ……」
ニーナの説明に、ロアは合点がいったような気がした。
確かに彼女の言う通りだ。殺害を好む魔族が、他の場所に連れ去ってから殺すなどという手間のかかる事をするとは考えにくい。ニーナの言う通り、捕虜にするために連れ去ったという考え方もある。
しかし、結論的にはニーナも、ルーノと同じようだった。
「だが、早急に助け出す必要があるという事は揺るがないな。このままでは彼女の身が危うい」
しかし、それには問題が幾つもある。
ロアはその内の一つを発した。
「だけどどうやって探せば、アルニカがどこに連れていかれたのか分からないんじゃ、探す事も……」
それには、ニーナも返す言葉が無かったらしい。
皆、押し黙った。イルトは腕を組んで視線を外し、ルーノは苛立ち気に側に生えていた木を蹴る。
沈黙を断ったのは、思いがけない少女だった。
「いいえ、方法ならあります」
視線を動かした瞬間、ロアの瞳に彼女の姿が映し出された。
怪我人の救護に回るため、一時ロアと別行動していた、アルカドール王国女王、ユリスだ。その片手に握られていた武器に、見覚えがあった。
迎えるように、付き人のイルトが発する。
「ユリス……」
ユリスは皆に見せるように、その手にある武器……ダガーを胸元まで持ち上げた。
それが何なのか、誰の武器なのか。ロアは直ぐに気が付く。
「それって、アルニカの?」
ユリスが持っていたダガーは、アルニカの武器だった。
いつも二本一対で使い、力の無さを手数で補うアルニカの戦術を演出する、彼女の得物。小さくて軽く、狭い場所でも取り回しやすい。
アルニカのダガーを何故ユリスが持っているのか疑問に思った。だがロアが聞くより先に、ユリスは説明する。
「ここに戻る途中で見つけました。アルニカが落とした物です」
ユリスがそう断じる事が出来る理由、それはこのダガーをアルニカに贈ったのが、他でもないユリスだから。さらにロア、そしてルーノが持つ剣も、ユリスから貰った物なのだ。
「アルニカのダガーは二本で一つ、それはこのダガーに付いている魔石も同じです。だから、『道標』の魔法を用いれば……もう一本のダガーがどこにあるのか、つまりアルニカの居場所を知る事が出来ます」
「っ……そうか、その方法があったか」
理解出来たのは、どうやらニーナただ一人だけだったようである。
「つまりどういう事なんだ、んん?」
バドが問うと、ユリスは応じずにダガーに付いた黄色い魔石に指先で触れ、目を閉じた。
そして、囁くような小さな声で、
「ディエレメンス……」“汝の眷属の行方を示せ”
次の瞬間、ダガーに付いた魔石が淡い光を発し、正方形を形作る。やがてそこに沢山の模様が浮かび上がり、皆が良く知る物が出来上がった。
「これ……アスヴァンの世界地図?」
ロアが発する。
気が付くとその中に一か所だけ、赤く小さな点が点滅していた。ニーナはそれを指さして、
「アルニカは、今ここに居る」
ユリスの言っていた事の意味を、ここに居る全員が理解した事だろう。これが道標の魔法、アルニカが持つもう一本のダガー、そこに付いた魔石の行方を辿る事で、彼女の居場所を知る事が出来るのだ。
確かにこれならば、アルニカを追う事が出来る。
イルトが、
「ザフリクの谷を越えようとしているらしい……だがあの谷を越えるには少なくとも数日かかる。今から追えば、十分追いつけるな」
赤い点が向かう先にある場所は、ザフリクの谷。
ロアの記憶している限り、とてつもなく高い岸壁がそびえ立ち、簡単には越えられない大規模な谷だ。魔物にとっても例外ではないだろう。
「いや、しかしそれはネヴルムの洞窟を通った場合の話だろ、んん?」
イルトに反論したのは、バドだ。彼は煙草を銜えながら、
「あの洞窟を抜けるとなりゃ、それなりに大事だ」
ロアは、バドに問う。
「どんな洞窟なの?」
その場所を通らなければ間に合わないというのならば、通るしかない。
バドは煙を吐いて、
「長い上に入り組んでて、しかも恐ろしい魔物も出るって噂の洞窟だ。それなりの用意無しに踏み入るのは自殺行為だぜ。んん?」
ロアは唾を呑んだ。けれど、彼は即答した。
「いや、オレは行くぜ。魔物だろうが何だろうがブッ倒しちまえばいい。アルニカを助ける方が大事だ」
言ったのはルーノ。
しかし、続いたのは非協力的な言葉だった。
「言いにくい事だが……私達は力になれない」
ニーナが言う。彼女の『私達』という言葉には、ヴァロアスタの面々、バドにミレンダ、そしてウォーロックが含まれていた。
求めるまでもなく、ミレンダが理由を述べた。
「アタシ達にはヴァロアスタ王国を守る責任があるの。国がこんな状況にある最中……離れる事は出来ない」
確かに、納得の理由ではあった。
戦争の爪痕が至る所に刻み込まれたヴァロアスタ王国、幾人もの兵士を失ったこの国は相当なダメージを受けている。もしも魔族の追撃でもあれば、落とされてしまうかも知れないのだ。
続いたのは、ユリスだ。
「ロア、言いにくい事ですが……私も、そしてイルトも同行出来ません」
「えっ……どうして?」
詰め寄らずに、冷静にロアは聞き返した。
ユリスは俯くように視線を下ろした。
「ご存知の通り、アルカドールにも魔族の帳が降り始めています。ヴァロアスタですらここまでの被害を受けた……女王として、国を守らなければ」
女王であるユリスは、国の最高権力者であり、意思決定を預かる者。
今、こうしてユリスがアルカドールを離れているだけでも大事なのかも知れなかった。彼女は本来、そう易々と国を離れられる立場ではないのだ。
それが意味する事は、
「つまり、オレとロアだけで行けって事か?」
ルーノが察したらしかった。
ユリスは首を縦に振ると思ったが、ロアの想像に反して彼女は首を横に振った。
「いいえ、そうではありません。アルニカの救出の為、ここに一人助っ人を呼びます」
「助っ人? 誰を?」
ロアが問い返すと、ユリスは言った。
「ロア、ルーノ、貴方達もよくご存じの……頼もしい仲間です」