第149章 ~戦う事とその代償~
塔が崩落した最中にも、ゴライアは蒸気機関銃を撃ち続けていた。雨粒のように放たれる弾丸は周囲の街を破壊し、瓦礫へと変じさせていく。
ミレンダはその身を屈めつつ、銃を抜いた。視線の先には、狂乱状態に陥ったゴリラ型獣人族の男が居る。
(意識を奪われてる、魔族の力の代償といった所ね……!!)
心中で呟いて、ミレンダは銃の引き金を引く。
放たれた弾丸はゴライアを撃ち抜き、山の如き巨体を地面に崩れさせる。そして男はもう、起き上がる事は無かった。
モロクの言葉が何を意味するのか、ロアには考えるまでもなかった。
勿論の事、ロアはこの場から逃れる事が出来る。しかしモロクは塔を持ち上げている為、動く事が出来ない。手を離せば彼は、この崩落した塔の下敷きになる。考えるのも馬鹿らしくなる程の重量に、その身を潰される事になってしまう。
人間より丈夫な身を持つ獣人族であれど、ひとたまりも無い筈だ。
鬼気迫る面持ちを浮かべながら、モロクは告げる。塔を持ち上げるその両腕だけでなく、その両足までもが震えている。
「聞こえなかったか? 長くはもたんぞ、早く行け!!」
ロアは、首を横に振った。
この状況で自分が去れば、それはモロクを見捨てる事になる。そんな事が出来る筈がない。
「置いてはいかない!!」
何も出来ないと分かっていても、ロアはモロクの命令を聞き入れられない。
するとモロクはさらに、声を張り上げる。その声だけでも猛獣を追い払えそうな、迫力と威圧感を帯びた声だ。
「この状況で何が出来る、このままではヌシまで潰されるぞ!!」
モロクの言う通りだった。
しかしロアはやはり、従おうとはしない。従えば、モロクに命じられるままにこの場を離れれば、それはモロクを見捨てる事になるからだ。
ロアは立ち上がり、真っ直ぐにモロクの両目を見つめながら応じた。
「そんな事……そんな事出来る訳ないだろ!!」
モロクは何も言わなかった。ただ、その鋭い両目でロアを捉え続けているだけだ。
引いてしまえば、終わってしまう気がした。逃げれば助かるかもしれない、だがそれは同時に自分の信念を裏切る事になる、ロアはそう感じていた。
「モロク……君は仲間だろ、僕達を鍛えてくれた、僕達と一緒に戦ってくれた仲間だろ!!」
モロクとは、ヴァロアスタに来て初めて知り合った。
しかし、ロアにとって重要なのはどれ程の時間を共有したかではない。仲間だと思った者は皆等しく仲間であり、そこに差など無いのだ。誰が最も大事で、この者は別に見捨てても構わない、そんな理屈は存在しないのだ。
「そうだろ……なあ!!」
感情をぶつけると、モロクは黙った。刃物のように鋭かったその瞳に、悲しげな色が浮かんだ気がする。
少しの間を開け、モロクが放ったのは意外な言葉だった。
「まるで、息子を……ジェイクを見ている気分だな」
ジェイク。それはモロクの亡き息子の名前だった。
それまでの権幕が信じられない程、穏やかで優しい声で、彼は語り始める。
「あ奴も勇敢で、優しく……自分の身以上に仲間を思い遣る。そういう奴だった」
ロアはただ、耳を傾ける事しか出来ない。
「……ジェイクが命を落としてから、ワシは若い奴に絶望していた。自ら命や、その未来を捨て去る愚か者だとしか、思えなくなっていた」
モロクの息子、ジェイクはアスヴァン大戦にてその命を落とした。モロクは恐らく、深い悲しみ、そして喪失感に苛まれたに違いない。それからモロクは、若者への希望を失った。しかし、決して少年少女達を恨んだ訳では、嫌った訳では無かったのだ。
そうする事で、息子を失った事から目を背けようとしたのかもしれない。
「ワシが……愚かだったようだな」
こんな状況に陥ってから、モロクはようやく気付けたらしい。決して手遅れではないと、ロアは感じた。
「モロク……」
力なく彼の名を呼ぶ。
次の瞬間だった、モロクが片膝を崩し、塔が一層ロアの頭上に近付く。バラバラと瓦礫が降り注ぎ、ロアの身を叩いた。
全身を震わせながら、モロクはさらに言葉を紡ぐ。
「覚えておくがいい、魔族と戦い抜くという事は、数え切れぬ代償を払うという事だ。ヌシの仲間……友人達も、これから幾人も命を落とす事かも知れぬ」
ロアは何も、返す事が出来ない。
「だが……それでもヌシは、後戻りする事を許されない。この世界の為、失った仲間達の為にも、最後の最後まで、戦い抜かねばならない。それが、ヌシの宿命だ」
身内で、魂が燃える様な感覚を、ロアは抱いた。
「さあ……立て、行け、悪に打ち勝つ為、最後まで戦え!!」
ロアは、頷く。彼自身が気付かない程、決意に満ちた表情だった。
モロクは、微笑んだ。
「会えて嬉しかったぞ……ロア」
「っ……!!」
その時、モロクは初めてロアの名を呼んだ。「小童」と呼ばずに、はっきりと「ロア」と。
ふと、ロアは以前モロクが言った言葉を思い出す。
“ワシは認めた相手しか名前では呼ばん。名で呼ばれたいのなら、認めさせてみせるがよい”
――認めて、くれたのだ。
涙が、ロアの瞳を潤ませる。ぽん、と、何かがロアの肩に触れる。振り返ると、ミレンダがその片手をロアの肩へ落としていた。
彼女は何も言わなかった、何も言わないまま、ただ小さく頷いた。
そしてロアは、今一度モロクと視線を合わせ――そして彼に背を向けて、その場から駆け出した。
塔が完全に崩落し、凄まじい轟音を周囲に響き渡らせたのは、その後すぐの事だった。