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第148章 ~戦いの行方~

「うっ!?」


 ヴァロアスタにそびえ立つ塔内部にて、ニーナと共にヴィアーシェと剣戟を繰り広げていたアルニカ、突然床全体が激しく揺れて、彼女は転倒しそうになる。

 ニーナ、そしてヴィアーシェも同様。何事かと辺りを見回す、塔の床にヒビが入り、塔の端の部分が激しく崩落した。そこからは、ヴァロアスタの街並みが見渡せる。


(何これ、地震……?)


 立っていられずに、アルニカはその場で膝を折る。次の瞬間、床が押し上げられるかのように斜めになっていく。否、床は動いていない。

 塔全体が、傾き始めているのだ。


「えっ……? きゃっ!」


 アルニカの身が、引っ張られるかのように後ろへ向かっていく。塔が傾くと同時に床が斜めにせり上がり、重力に従って彼女の身が落下しているのだ。その先には、あの塔の端が崩落した部分がある。

 この高さから外に放り出されれば、ひとたまりも無い。


「ぐっ!」


 アルニカは両手に持っていたダガーの内、右手に持っていたダガーを手放した。そして空いた手で塔の壁に掴まり、塔から放り出される事を防ぐ。

 次の瞬間、ニーナもアルニカ同様、崩落した塔の端へと向かってきた……というより、転がり落ちて来た。彼女はレイピアを仕舞い、怪我をしていない左手で壁に掴まり、その身を支える。


「一体何事だね、これは……」


 ニーナも無事だった事に一先ず安堵し、アルニカは視線を下に向ける。彼女が手放したダガーの1本が、ヴァロアスタの街の中に消えていく。


「くっ……!」


 アルニカの細い腕片方だけでは、彼女の体重を支えるには足りない。もう片方のダガーを急いで鞘に仕舞い、彼女は両手で壁を掴んだ。

 今、ヴィアーシェに襲われたら終わりだ、そう思って辺りに視線を見渡すが、彼女の気配は無かった。戦場の状況の変化に対応する事を諦め、去ったのだろうか。


「っ、まずい!」


 突然、ニーナが危機感を声に出す。アルニカが彼女の目線を追うと、彼女達が掴まっている場所に向かって塔の瓦礫が滑り落ちてきていた。

 このままでは、叩き落とされる。


(このままじゃ……!)


 命の危機にある状況だと分かっていても、アルニカには成す術がない。両手は使えず、逃げる事も出来ない。

 その時、聞き覚えのある声が響き渡った。


「2人とも手を放せ、飛び降りろ!」


 状況が状況だけに、それが誰の声なのか、アルニカは咄嗟に判断できなかった。しかし、敵の声ではないという事ははっきりと分かる。

 ニーナと視線を合わせて、アルニカは頷いた。恐怖は溢れ出る程に抱いていたが、このままでは命を落とすのは最早確定している。


「行こう!」


 そう告げ、ニーナが先に手を放した。固く目を瞑り、アルニカも思い切って手を離した。

 自分の身が宙に浮くのが分かる。激しい風圧が自分の髪や衣服を撫でるのが、アルニカには分かる。上も下も、右も左も分からなくなる。このまま地面に叩き付けられ、自分の体は砕け散るそう信じて疑わなかった。

 しかし、驚く程に柔らかな感触が、アルニカの背中と腰辺りに走った。


「んっ……?」


 恐る恐る目を開けると、見知った顔と視線が重なった。真っ白の毛並みを持つ、兎型獣人族の少年である。


「イ、イルトさん!?」


 思わずアルニカは声を上げた。何も、イルトが彼女の側に居たからではない。

 イルトによって、アルニカはお姫様抱っこの体制で抱きかかえられていたのだ。それに気付いた瞬間、アルニカは赤面する。


「怪我は無いか?」


 対照的に、イルトは平然とした面持ちで尋ねてくる。

 状況を理解し、アルニカは彼に言うべき言葉がある事に気付いた。


「あ、あ、ありがとう御座います……!」


 恥ずかしさのあまり、上手く声を発せなかった。

 そう、身を投げたアルニカをイルトは受け止めたのだ。思い返せば、先程の声の主がイルトだった事に気付く。

 ゆっくりと、アルニカはイルトの手を離れ、地面に降り立った。


「ナイスタイミングだよ、イルト」


 ニーナを受け止めたのは、ウォーロックだ。

 戦闘用ゴーレムの彼でも、落下してくるニーナの身を優しく受け止める事は可能だったのだ。

 ふと、アルニカは重要な事を思い出して、イルトとウォーロックへ向く。


「イルトさん、それに……ウォーロック」


 一瞬、彼をどう呼ぶか逡巡したが、アルニカはウォーロックを呼び捨てにする。


「ドウシタ?」


 アルニカは、ウォーロックの顔を見上げた。


「国王様は?」


 傍らで、ニーナもウォーロックを見つめる。

 ウォーロックは、ニーナを乗せている方ではない片手を差し出し、その手を開いた。ヴァロアスタ国王にしてニーナの主人、オスディンがぐったりとして、そこには居た。


「陛下!」


 ニーナは、主人に駆け寄る。呼び掛けても返事が無い事に、彼女は表情に絶望の色を浮かべた。

 そんな彼女を安心させる言葉を、イルトは腕を組みつつ紡いだ。


「心配するな、気を失っているだけだ」


 ニーナがはっとして彼を見つめ、イルトは彼女と視線を合わせつつ続ける。


「多少の怪我と、数日間放っておかれた事による衰弱。だが出来るだけの処置はしてある、命の心配は無い」


 その瞬間、ニーナは地面に崩れ落ちて、胸を撫で下ろした。


「よ、良かった……」


 冷静で頭脳明晰、それでいてどこか高圧的なニーナの、他者を気遣う優しさ。それを間近で見たアルニカは、思わず笑みを浮かべる。

 




 ロアは、生きていた。誰よりも驚いたのは、ロア自身だっただろう。

 塔の下敷きになって、人が生きていられる筈などない――理由は、明解だった。

 ロアに向けて倒れ込んできた塔を、モロクが受け止めたから。


「えっ……!?」


 そう。モロクは、塔を支えていた。

 どれほどの重さがあるのか、考えることすら馬鹿馬鹿しくなる巨大な石造りの塔を、彼は受け止めていたのだ。


「小童……何を呆けた顔をしておる……!?」


 そんな軽口の裏に、モロクがどれ程の苦痛を感じているのか、塔を持ち上げているモロクにどれ程の負担が掛かっているのか、考えようも無かった。

 助けなければ――そう思ったロアの脳裏に、同時に疑問が走る。

 この状況で、どうやってモロクを救う事が出来る? 剣も無い、負傷していて体の自由も効かない、そんな今のロアに、この状況を打破する術など……無い。


「おじ様……!」


 側に居たミレンダも、この状況を理解したようだった。

 

「待っててモロク、今……今、何とかする……!」


 根も葉もない出鱈目な言葉だという事は、ロア自身が一番よく分かっていた。

 モロクには、すぐに見透かされたようだ。


「……行け」


 何も言わずに、彼はロア、そしてミレンダにそう命じた。

 考える必要など、一片も無かった。それが、どういう事を示す言葉なのか。

 ロアは、首を横に振った。するとモロクは、鋭い眼光でロアを睨み付ける。


「行けと言っておる、馬鹿者が!」






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