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第13章 ~別離~

「くそっ!!」


 邪魔だと感じたのか、ロアは肩掛けカバンを地面へと投げる。そして、両足に力を込め、彼は駆けだした。

 自分の足でグールに追いつけないことはわかっている、

 仮に追いつけたとしても、ロアの力ではグールを止めることなど到底できる筈はない。


 しかし、今グールが突進している先にはアルニカがいる、それに彼女の後ろは断崖絶壁だ。

 例え何もできないとわかっていても、手を拱いて見ていることなど出来なかった。

 ロアは剣を片手に全力で走り、グールを追う。


「(頼む、間に合ってくれ……!!)」


 グールはあと数メートルの距離までアルニカに接近している、もはや一刻の猶予もない。

 このまま間に合わなければ、アルニカがグールの突進を喰らってしまう。

 それだけでも命の保証はないのに、後ろの崖に落ちたりでもしたら、助かる見込みは恐らく無いだろう。


 だが、グールの足の速さは馬以上だ。ただの人間であるロアが追いつける筈がない。グールとロアとの距離は縮まるどころか、どんどん開いていった。


「(ちくしょう……!!)」


 ロアの中に、悔しさと無力感がこみ上げる。大人顔負けの剣術の才能など、相手が人間でなければ何の役にも立たなかった。

「ごめん、アルニカ……」走りながらそう心の中で呟いた。

 その瞬間だった。


「!?」


 ロアの右隣を、「青い何か」が走り抜けて行った。


 アルニカは立ち上がろうとするが、痛めた右足が言うことを聞かない。グールは怒り狂った鳴き声をあげながら、すでに目前にまで迫って来ている。

 立ち上がれたところで、この化け物の突進をかわす猶予もないだろう。


「(助けて!! 誰か……!!)」


 そう心の中で叫んで、突進してくるグールから両腕で顔を覆い隠すこと。それが、アルニカにできた全てのことだった。


「うがああああああああああッ!!!!」


 次の瞬間、その声がアルニカの耳に飛び込んできた。叫ぶようなその声は、グールの鳴き声ではない。

 さらにその声に混ざって、「ザザザザザ……!!」とまるで地面をスライディングするような音。


「……!?」


 目を瞑り、両腕で顔を覆っていたアルニカは自分の眼前の状況がわからなかった。恐る恐る目を開けて、目の前の状況を確認する。

 アルニカの目に映ったのは……


「……!!」


 しなやかで青い毛並み、丸くて綿のようにふわふわした尻尾。


「ル……!!」


 それは、見慣れた後ろ姿だった。


「ルーノ……!?」


 目を疑う光景だった。

 アルニカの目の前にはルーノがいた。彼はグールの上あごと下あごを掴んでいる。

 グールがアルニカへ突進していた時、間一髪でその間にルーノが入り、強引にグールの突進を止めたのだ。

 ルーノの両足元のえぐれた地面と、血のにじんだ彼の足がそれを物語っている。


「うぐっ……!! ロア!! アルニカを頼む!!」


 両手と両足に全身の力を込めながら、ルーノは言った。

 ロアは急いでアルニカに駆け寄り、アルニカに肩を貸して立ち上がり、彼女を安全な場所へと移す。


「ルーノ!!」


 そして、ロアはルーノを呼んだ。ルーノはロアの方を向かずに、


「ロア、アルニカ、こいつはオレが押さえておく、オマエらはさっさと逃げろ!!」


「ルーノ、何言ってるの!? そんなこと出来るわけないでしょ!?」


 自分が囮になってこの化け物を足止めする、ルーノはそう言っている。だが、アルニカが反論したように、簡単に頷ける訳がなかった。


「こいつはオレ達三人がかりでも倒せる相手じゃない、このままじゃ全滅だぞ!!」


 ルーノがそう叫ぶ、グールはルーノに噛み付こうと、全力で顔面を前に押し出す。ルーノは両腕の力と、兎型獣人族の持つ脚力で対抗していた。

 力を込めるたびに、ルーノの両足が地面にめり込んでいく。


「だけどルーノ、君一人残していくことは……!!」


「何言ってんだロア!! ここで全滅するよりいいだろ!!」


 確かにルーノの言い分にも筋は通っている。

 グールから逃げるのは、人間の足では不可能。ならば誰かが残って足止めをし、その間に逃げるしかない。だが、人間の力でグールを足止めすることは到底出来ないだろう。

 しかし、「人間」よりも遥かに強い脚力を持つ兎型獣人族のルーノならば、可能だった。


 全滅という最悪の結末を回避するためには、自分が残ってこの化け物を足止めするしかない。

 ルーノはそう考えたのだ。


「……それにロア、オレはただこいつに食われるつもりはないさ」


「え……!?」


 心配した表情を浮かべるロアに、ルーノは少し微笑んだ。

 グールの力が強まっていく、限界は近かった。


 ルーノはグールの口蓋を掴んでいた両手に思い切り力を込める。

 そして、右足を上げて――


「ロア、アルニカ、後は任せたぞ」


 その言葉と共に、上げた右足を思い切り地面に叩きつける。

 叩きつけた場所を起点に、ビキビキと音を立てながら地面にヒビが入り始めた。


「ま、まさか……ルーノ!!」


 ロアとアルニカは、ルーノが何をしようとしているのかを理解した。彼はグールと共に崖から落ち、グールと共に心中するつもりなのだ。


「ダメよルーノ!!」


 アルニカがルーノに駆け寄ろうとした瞬間、地面は崩れ始めて、轟音と共に砂埃が起こり、崖が崩れ始めた。

 崩れた岩盤が岩雪崩となり、崖を転がり落ちていく。


「うっ!!」


 巻き起こった砂埃に、ロアとアルニカは思わず両手で顔を覆う。


「ごほ、けほっ……!!」


 砂埃にむせながら、ロアは目を開く。

 目の前には、欠けた断崖があり、そこにはグールも、そしてルーノもいなかった。


「……!!」


 ロアは断崖から下を見下ろす、崖下の川で大きな水音と、二つの水しぶきがあがった。






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