第147章 ~狂乱のゴライア~
後ろから迫る敵はミレンダに任せ、ロアは襲い来る猿型獣人族の兵達を退け続ける。
個々の力はさほどの物ではない、しかし数に物を言わせた物量作戦を取られ、徐々に体力を削り取られていく。1人倒してもすぐに次が現れ、息つく暇もない。
「坊や、動きが鈍ってるわよ。もう限界なの?」
軽口を叩く様にミレンダに言われ、ロアは出来る限り平静を装って応じた。
「まだまだ、これからさ……!!」
ミレンダを瞥見すると、彼女は自身に向けて振り下ろされた剣を銃身で受け止め、猿型獣人族の腹部目掛けて蹴りを見舞う。素早く、鋭い蹴りは並みの男性のそれよりも威力を帯びていて、彼女が体術に長けているという事の証拠だった。
さらに、あの神業とも呼べる銃技。ミレンダの戦闘能力の高さを、ロアは改めて見せつけられる。
その時、一際高い地鳴りが周囲を揺らした。思わずロアは周囲を見渡し、そして見つける。
「あっ……?」
思わず声を上げた。猿型獣人族を束ねる将、ゴライアが仰向けに倒れ伏していた。白目をむいて全身をビクビクと痙攣させ、気を失っているのが分かる。
そして、その側で両肩で息をしつつ立っているモロク。数十分、もしかすると1時間にも及んだかもしれない勝負が、今決したのだ。
モロクが勝利した、その事に疑いの余地は無い。
「お、おい、ボスがやられたぞ!!」
「冗談じゃねえ、引き上げだ!!」
大将が倒された事から自分達の敗北を察したのか、猿型獣人族達が一斉に走り去っていく。やがて周囲は、先程までの様子が信じられない程の静けさを帯びた。敵の気配は、もう感じない。
モロクがくず折れるかのように、片膝を地面に付いた。
それを見たミレンダが彼に駆け寄り、ロアも彼女の背中を追う。
「大丈夫? おじ様」
モロクは咳き込みながら、絞り出すように声を発する。
「心配ないミレンダ、多少手傷を負った程度だ……」
口ではそう言っているが、モロクが受けたダメージは軽くない。体の至る所に付いた傷に、その苦しげな表情。恐らく、誰が見ても一目瞭然だ。
腰のポーチから、ミレンダは薄緑色の液体が入った小瓶を取り出す。傷薬だろう。
「一先ず、応急手当だけでも……」
布に薬を染み込ませ、ミレンダはモロクの腕の傷にそれを押し付ける。
「ぐっ……!!」
苦しげな声と共に、モロクはその巨体を強張らせた。
しかしミレンダは構わずに、手当てを続ける。ロアは何も言わずに、その様子を見守る事しか出来ない。
「無茶な事ばっかりして……もう年なんだから、少しは休んだらどうなの?」
「何言ってるミレンダ、ワシはまだ現役だ」
人間のミレンダと、獣人族のモロク。
姿形は全く異なるものの、彼らの会話は年老いた老人と、それを気遣う実の娘のように思える。もしかしたら、モロクがミレンダの育ての親だという事も手伝っているのかもしれない。
どこか微笑ましさを感じて、ロアは思わず笑みを浮かべた。
傷薬を塗り終えると、ミレンダは小瓶をポーチに仕舞って立ち上がる。周囲を一瞥し、彼女は言った。
「さて、とりあえずもうここに用は無いわね。おじ様、坊や、皆と合流しましょう」
ロアは応じる。
「分かった、行こう」
と、ふと気にかかる事があって、ロアはミレンダ、そしてモロクに問うた。
「待って、ゴライアはどうするの?」
ロアの質問は、モロクが打ち倒した敵の将について。応じたのは、モロクだった。
「放っておけ。魔族の力の代償で、当面は意識を取り戻さぬだろう」
ロアは、ゴライアが昏倒している方へ視線を向ける。
――しかし、居ない。ゴライアの姿が無い。
「あれ……居ない、消えてる……!?」
煙草を銜えようとしたミレンダが、足早にロアに歩み寄る。
「そんな筈ないでしょ、気絶してそこに……」
ミレンダが指差した方向は、確かにモロクの渾身の一撃を喰らったゴライアが倒れ伏していた場所。彼女が途中で言葉を止めたのは、ロア同様にゴライアの姿を視認できなかったからだろう。
そう、ロアの目に何ら異常はない。居ないのだ。巨体故に隠れようのないあの大男が、忽然と姿を消したのだ。
モロクが、声を発した。
「っ……見ろ!!」
モロクが差した先に、ゴライアが居た。這いずる様にして移動し、どこかへ向かっている。その先には、彼が持ち込んだ武器……蒸気機関銃が落ちていた。
「まずい!!」
ゴライアが何をしようとしているのかを悟ったロアは、危機感を言葉にする。
しかし、時既に遅く、ゴライアは銃を拾って立ち上がった。次の瞬間、
「ウオオオオオォォォォォォオオオオオッ!!!!」
獣の如き叫び声を上げながら、ゴライアは蒸気機関銃を乱射した。しかし狙いなど僅かも付けておらず、周りの物全てを破壊するのが目的のようだった。
ミレンダやモロクの事など、構う余裕は無かった。ロアは両手で頭を抱え、地面に伏せる事しか出来ない。
銃声に交じり、後方から何かが崩壊するかのような音が響き渡る。
次の瞬間、何かが自分に向けて迫ってくるのをロアは感じた。地面に伏せながら後方を見やり、目を疑う。
ゴライアの銃弾によって至る所を破壊された、石造りの巨大な塔が、ロアに向かって倒れ込んできていたのだ。
(――――っ!!)
声を上げる暇など、無かった。一秒、若しくはそれにも満たない時間の間に、まるで意思を持つかのように、塔はロアに向かって迫ってくる。
腕で顔を隠し、固く目を瞑る事。それ以外に、ロアに何が出来ただろうか。