第144章 ~ユリスと共に~
隠れ部屋へ踏み入ったイルト、しかしそこには僅かな灯りも無く、数メートル先を見渡す事も出来ない。
耳を澄ましてみる。入口は小さかったが、どうやら結構な広さのある空間のようだ。
(こう暗くては何も見えない)
イルトは剣を抜く。
「フラーディア」“光よ”
呪文と共にイルトが持つ剣が光を発し、暗い隠し部屋が照らされる。
魔力の光で剣を強化させたのではなく、イルトが用いたのはただ灯りを作り出し、周囲を照らす呪文だ。なお技量次第で、光量を調節する事も可能である。
「こっちだ」
ウォーロックを先導し、イルトは進み始める。微かに聞こえて来る呻くような声を頼りに。
数度通路を曲がった時、その声が明瞭に耳に届いた。
「!」
そして、イルトは見つけた。縄で縛られ、口には猿轡を噛まされた年配の男性だ。
その王冠や、身に纏った荘厳な衣装。恐らく彼が国王だと思ったイルトは、振り返ってウォーロックを見る。
「……オスディン国王陛下ダ」
無言の質問に、ウォーロックは応じた。
イルトは光を発する剣をその場に置く。そしてまず国王の猿轡を掴み、引き千切った。
「うっ……」
オスディンの口から、微かに呻くような声が漏れる。
無言のまま、イルトは彼の肩を軽く揺すった。すると、国王は両目を僅かだけ開く。
「そなた達は……?」
絞り出すように発せられたオスディンの質問、イルトは彼を助け起こしつつ、応じた。
「助けに来た」
メリアナとの一戦の後――ロアはユリスと共に、ヴァロアスタの市街へと戻っていた。
街には至る所に物言わぬ石像と化したゴーレムがおり、ルーノとバドが上手くゴーレムの動力源を破壊したのだと分かる。しかし、ヴァロアスタの戦いはまだ、終わらない。
ゴーレム達が停止しても、街には魔族や、彼らが従える魔物が居るのだ。
「ロア、これから何処に?」
「仲間の所へ戻る、もしかしたら助けが必要かもしれない……!!」
ロアが思い浮かべているのは、モロクの事だ。
彼は恐らく、今もゴライアと交戦している筈だ。モロクが易々と負けるとは思えないが、それでもロアは気掛かりだった。彼が交戦したようなメリアナのように、ゴライアが得体の知れない力を有しているのかもしれないからだ。
さらにゴーレムが停止したとはいえ、街には魔族や魔物が蹂躙を繰り広げている。ただ黙っているという選択肢は無かった。
「あれは……」
突然、ユリスが何かに気付いたような声を上げる。
彼女の視線の先を見ると、数人の少年少女達が、翼の生えた不気味な魔物――ガジュロスを前にだじろぎ、後ずさりしていた。彼らの後ろには壁があり、もう逃げ場はない。
「助けよう!!」
ロアの提案にユリスは頷く。しかし、遅かった。ガジュロスがその太いミミズのような首をくねらせ、勢いよく少年少女達に牙を突き立てたのだ。
鎧が砕かれ、鮮血が飛び散る。そして、痛々しい悲鳴が発せられた。
「がああっ……!!」
続けざまにガジュロスは、エンダルティオの少女の腹部に喰らいついた。
「ああっ!!」
ガジュロスに銜えられ、少女の体が持ち上がる。少女は力の限り暴れるが、ガジュロスにとって彼女は陸に打ち上げられた魚のように無力な存在、単なる餌に過ぎない。少女を丸呑みにする気だ。
「やめろ!!」
走り寄りながら、ロアが叫んだ。
彼の隣で、ユリスが呪文を唱え始めた。その手には再び、剣が握られている。
「ミルウォキューレ・ウォーレイス……!!」“不浄なる者よ、去れ”
ユリスの剣が白光を放つ。
この世のあらゆる暗い物全てを照らし出すかのような、神々しく眩い光だ。
「ギッ……ギギッ……!!」
ユリスの剣から放たれた光を浴びた途端、ガジュロスが苦しげな声を発し始める。
その口から、もう少しで怪物の餌になろうとしていた少女が落ちる。
(こんな事まで……)
恐ろしい魔物を怯ませたユリスに、ロアは感嘆するのみ。
先程のメリアナとの一戦における剣術の腕にも改めて驚かされたが、まさか彼女がこれ程までに魔法を扱えるとは知らなかった、
しかし、今は感心している場合では無かった。ガジュロスが飛び去っていくのを見て、ロアは負傷した少年少女達へと駆け寄る。
少女の側にしゃがみ、彼女の様子を確認する。
「酷い怪我……」
ユリスによって救われた少女の腹部には、深い傷が刻まれていた。
少女は壁に背中を預け、苦しげな声を発している。ロアには何も手立てが無い。
「ロア、私に」
と、ユリスも同じようにロアの側にしゃがむ。彼女のドレスがふわりと靡き、衣擦れの音を立てる。
「大丈夫ですか?」
ユリスが少女に問うが、少女は苦しげな声を発するのみだ。しかし、微かに「助けて……」と発したのが分かる。
「安心して、必ず救います」
優しく語り掛けるように発し、ユリスは少女の片手を取った。
もう片方の手の平を、ユリスは少女が負った傷に向ける。
「ヒーレアス……」“癒えよ”
ユリスの手の平から、微かに光が発せられる。少女の傷がゆっくりと癒えていく。
(癒しの魔法……)
少女の顔から、辛そうな様子が消えていく。
「っ……」
もう、少女は苦しげな声を発する事は無かった。
ユリスは少女の手を放すと、他の少年達にも視線を向ける。皆、ガジュロスの攻撃によって負傷している。
「……放っておけない」
そう呟くと、ユリスの目がロアを向く。
「ロア、貴方は先にお仲間の元へ。私は彼らの手当てを」
ロアは、ユリスがそう言うような気はしていた。彼女は慈悲深くて心優しいから。
共に来てくれれば心強いが、反論する理由は見当たらなかった。
「分かった、後で合流しよう。ユリス」
ユリスが頷くのを見て、ロアは駆け出した。