第143章 ~国王は何処に~
「よーし、これだな」
ジェブロスを退けたバドとルーノは、巨大な魔石の前に居た。
薄暗い地下空洞内で迷いはしたものの、暗い場所でも見えるバドの目、さらに風の流れを読むルーノの耳が役立ち、無事に辿り着くことが出来たのだ。
「ふー、やっと見つけたぜ。んん?」
目的の場所に辿り着き気が緩んだのか、バドは疲労が混じった声を発する。
「さてと、こいつをぶっ壊せば俺達の役目は終わり。そうだな、んん?」
「ああ。さっさと壊してゴーレム共を止めねえと……」
バドが煙草に火を付ける、薄暗い地下空洞内に仄かな明かりが浮かんだ。
「あの蜘蛛を倒せたのはお前さんのお蔭だ、仕上げも任せるぜ。んん?」
気怠い様子でバドは言う。譲るというより、面倒事をルーノに押し付けているようにも思えた。
ルーノは両目を細め、
「……オマエ、単に楽してえだけじゃねえのか?」
「気のせいだ気のせい、考え過ぎだってんだよ。んん?」
バドからは、全く説得力の無い言葉が返ってくる。
「ったく……」
腑に落ちないルーノだが、彼は剣を構えた。
とにかく、現在の最優先事項はこの魔石を破壊する事。魔石を破壊し、ゴーレム達の動力を断ち切る事なのだ。
今この瞬間にも、ロアやアルニカ達はゴーレムの攻撃を食い止めているに違いない。
「待ってろ、今ゴーレム共を止めてやる」
ルーノは、魔石に向かって剣を振り上げた。
「レーデアル・エルダ!!」
剣が黄色い光を纏う。
その直後、ルーノは全身の力を剣に集中し、巨大な魔石に向けてその刃を叩き付けた。
「……!?」
ゴーレムの攻撃に備えていたアルニカ、しかしその必要は無くなり、彼女はツインダガーを降ろす。
今まさにアルニカに襲い掛かろうとしていたゴーレムが、停止したのだ。アルニカに向けて片腕を振り上げる体制、そのままで。
辺りを見渡す、全てのゴーレムが動きを止め、その場に佇んでいた。
「どうやら、ルーノとバドが上手くやったようだ」
ニーナが言う。
アルニカは彼女と視線を合わせて頷きつつ、心中でルーノとバドに感謝した。ゴーレム達は止まったのだ、この塔に居るゴーレムだけでなく、恐らくヴァロアスタの街を襲撃していた個体も、恐らく全て。
これで、敵の戦力は大幅に削られる事だろう。しかし、まだ安心は出来ない。
「……!!」
ゴーレムが止まっても、魔族の兵や魔物が居るのだから。
そして今、アルニカ達の前にも居る。暗い青色の長髪と、その身には不釣り合いな大剣を持つ魔族の少女――ヴィアーシェが居る。
「残ルハ、アノ者ダケダ」
恐らく今、ヴァロアスタでただ一体だけ活動しているゴーレム、ウォーロックは言う。
「……ウォーロック、イルト、君達は陛下を探してくれたまえ。この塔の何処かだ」
ニーナがウォーロックとイルトに命じた、イルトが直ぐに問い返す。
「君達は?」
「私達は、あの魔族の相手をする」
一刻も早く国王を見つけ出さなければならない状況下で、四人全員で相手をするのは得策ではないだろう。
国王の居場所は分からないものの、兎型獣人族であるイルトの耳があれば、囚われた国王の発する僅かな声でも聞き取れるし、仮に障害物などで閉鎖された部屋などに閉じ込められていても、ウォーロックの力で入り込む事が出来る。
ニーナは、国王を助けるだけの時間稼ぎを試みているのだ。アルニカと共に。
「国王様を救うだけの時間を稼ぐんですね?」
「その通り。君は本当に察しが良くて助かるよ」
ニーナは、レイピアを構える。
「それに、数で圧し切れば勝てる様な、そんな甘い相手にも見えないのでね」
ニーナの予感は当たっている。何故ならば、アルニカは戦った事があるからだ。あのヴィアーシェと。
今度は、負けない。アルニカはその気持ちを新たにし、ツインダガーを構える。
「ウォーロック、イルト、行きたまえ。ここは私達で」
ニーナが、二人に促した。
「了解した、頼む」
「陛下ハ、必ズ見ツケ出ス」
二人が走り去っていくのを見届け、ニーナは呪文を唱えた。
「レーデアル・エルダ」
彼女のレイピアに、紫色の光が纏う。
アルニカも、ニーナと同じ呪文を唱えた。
「レーデアル・エルダ……!!」
両手のダガーに、黄色い光が宿る。
「っ……!!」
険阻な面持ちで、アルニカはヴィアーシェを見つめる。
ヴィアーシェは今まで会った時と同様――仮面を被ったような無表情な面持ちのまま、大剣を構えた。
「アルニカ、前後から同時にかかろう」
「はい!!」
ヴィアーシェに向けて駆けるニーナの後姿に、アルニカは続いた。
同時にヴィアーシェもアルニカとニーナに駆け寄り、双方の武器が届く距離にまで踏み入るまでは、さほど要しなかった。
初めに、ニーナがヴィアーシェに向けてレイピアを振るう。ヴィアーシェの大剣がそれを受け止めた。
「ふっ!!」
ニーナはその場で跳躍する、ヴィアーシェの頭上を越えて背後に回り込んだ。
アルニカとニーナが、前後からヴィアーシェを挟み撃ちにする形になる。
「はああッ!!」
ニーナの方へ向いているヴィアーシェに、アルニカは切りかかる。
ヴィアーシェが微かにアルニカを向いたと思った瞬間、彼女がアルニカのダガーを避けた。
(っ……!!)
完全に隙を突いた筈だったのだが、繰り出した攻撃が命中することは無かった。
やはり、一筋縄ではいかない。
「っ!?」
片手で大剣を持ち、ヴィアーシェはニーナに応戦しつつ――もう片方の手をヴィアーシェはアルニカへかざした。
その瞬間、砂埃と共にアルニカの全身に強い風が叩き付けられる。
「あっ!!」
アルニカの体が後方に吹き飛ばされ、その場に停止していたゴーレムに打ち付けられる。
さほどの怪我にはならなかった、恐らくはニーナの相手に専念する為に繰り出された攻撃だったのだろう。
「くっ……」
ニーナがレイピアを振るたびに、紫の光が周囲に散っているのが見えた。
「陛下ハ、何処二……」
イルトはウォーロックと共に、塔内の螺旋階段を駆けていた。
正直な所、イルトはウォーロックという存在に疑念を抱いていた。ニーナの話によればゴーレムは敵の筈、しかしウォーロックは見た所自身や仲間に協力的で、敵ではなさそうだ。
しかし、彼は襲って来る様子は無い。それに、先程ニーナもウォーロックを仲間のように扱い、国王の救出を託した。
わざわざ尋ねなくとも、それだけで信頼するには十分だった。
「!!」
イルトは足を止める。
そして、一見すると周囲とはなんら変わりない塔の壁を見つめた。
「ドウシタ?」
イルトは、その壁に耳を当てる。イルトの金の腕輪が石の壁と触れ合い、音を鳴らす。
「……微かだが、声が聞こえた」
今度は、ノックするように壁を叩いてみる。そして、確信した。
「この壁の向こうに空間がある」
向こうに国王が居るのかもしれない、その考えに至ったイルトは、その場で片足を引く。
そして勢いを付け、壁に向かって蹴りを入れた。壁には傷が入る程度で、微動だにしない。
「……っ」
さらに数度、イルトは蹴りを入れる。結果は同様だった。
「任セロ」
ウォーロックに言われるまま、イルトは彼にその場を譲った。
「フンッ……!!」
ウォーロックは全体重を掛け、両手で壁を押し始める。
初めは微動だにしなかった壁が、次第にベキベキと音を立て、四角く砂煙が巻き起こる。
やがて、穴を塞ぐようにはめ込まれていた四角い石板が倒れ、隠された部屋が現れた。
「やはりな」
イルトは呟く。
彼とウォーロックに国王の捜索の任を与えたニーナの判断は正しかった。イルトの耳、そしてウォーロックの力があってこそ、この隠し部屋を見つけ出す事が出来たのだから。
「恐らく、この先に」
先んじて、イルトは隠し部屋に踏み入った。