第142章 ~ルーノの秘策~
「ぐっ……!!」
もう、どれだけツインダガーを振るい続けていたのか。何体のゴーレムを打ち砕いたのか。それすらも分からない程、アルニカは戦い続けていた。
しかし、襲い掛かってくるゴーレム達は一向に数が減る気配が無い。一体を倒してもすぐに新手が現れ、向かって来るのだ。
倒し続けていても無駄、アルニカはそれを察していた。ゴーレムの軍団に勝利するには、全滅させるのではなく、元を絶たねばならない。
(バドさん、ルーノ……!!)
ゴーレム達の元を絶ちに、ゴーレムが動力源としている魔石を破壊しに行っている二人に期待する他無い。
「二人を信じたまえよ、持ち堪えるんだ」
「っ、はい……」
戦っていて気付かなかったが、何時の間にか側にニーナが居た。
紫の光を纏うレイピアを持つ彼女には、全く疲れた様子が無い。否、獣人族ゆえにこの程度では疲れようがないのかもしれない。
「しかし、この数は如何ともし難いな。利き腕が使えればもう少し楽なのだが」
ニーナは冷静に言うと、飛び上がる。自身の側に居た数体のゴーレムの首を、レイピアの一振りで胴体から切り離した。
(つ、強い……)
さほど強くは無いとは言え、ゴーレムを倒すのはそれなりに労力が掛かる。
しかしニーナは何の疲れも見せず、利き腕を負傷している事を物ともしない様子でゴーレムを倒してしまっていた。そんな彼女に、アルニカは感嘆せずにはいられない。
ニーナはレイピアを構え直して、周囲に気を払う。
「とにかく、このままではあの魔族まで辿り着けそうに無い。もう一人でも味方が居れば……」
ニーナの視線の先に居る者を、アルニカは見やる。
ゴーレム達の中心に、彼女――ヴィアーシェは立っていた。彼女は戦いに加わる様子も無く、大剣を片手にその場に居るのみ。
「……!!」
遠目に、アルニカはヴィアーシェと目を合わせる。何の感情も浮かばない青色の瞳が、アルニカを見つめ返してきた。
「アルニカ、後ろだ!!」
ニーナに呼ばれ、アルニカは振り返った。その瞬間には既にゴーレムが彼女に向け、石で出来た剣を振り上げていた。
間に合わない、避けるしかない。一瞬で自身の行動を決め、アルニカは身を引こうとする。
「!!」
その瞬間、アルニカの前に見覚えのある背中が現れる。ニーナではなく、ウォーロックでもない。
白い体毛を持つ兎型獣人族の少年――彼が誰なのかを判断するには、それだけで十分だった。
少年は緑色の光を纏う剣を振り、アルニカに迫っていたゴーレムを打ち砕いた。
「探したぞ」
冷静に言うと、少年がゆっくりとアルニカを向く。やはり、彼だった。
「イルトさん……!?」
現れたのは、イルトだった。アルカドールに居る筈の彼が何故、ヴァロアスタに居るのだろうか。
「ほう、懐かしい顔だ」
ニーナがイルトに話し掛ける。
「ニーナ。しばらく振りだな」
イルトが彼女へ返事をする。この二人はどうやら、知り合いの間柄にある様子だった。
「イルトさん、どうしてここに?」
周囲を警戒しつつアルニカが問うと、イルトは側に居たゴーレムを蹴り砕きつつ応じた。
「救援……というよりユリスの護衛に来た。今は彼女と別行動しているがな」
「えっ、女王様もこの国に?」
思い掛けずユリスの名前が出た事に、アルニカは問い返す。
しかし返事が来る前に新手のゴーレム達が出現し、アルニカは身構えた。
「君の質問に答えている時間は無い。状況を教えてくれ」
「国王陛下が囚われていて、私達は陛下を救いにこの塔へ来た。そしてゴーレム共の熱烈な歓迎を受けている最中、という訳だよ」
先んじてイルトに説明するニーナ、アルニカは補足する。
「今、ルーノともう一人……バドさんていう人がゴーレム達の動力源を壊しに行っているんですけど……」
「了解した。それまでこの石人形達を始末し続ければならない、という事か」
的を射た見解をするイルトに、アルニカは頷く。
「行こう」
「はい……!!」
イルトに促され、アルニカはニーナと共に彼の背中を追い、ゴーレム達へと向かって行く。
「よし、ここだな」
地下空洞の中は薄暗くて、周囲を目視しても地形を把握することは難しい。
しかしルーノの耳は風の音の変化を確かに捉えており、それはこれまでの窮屈な洞窟を抜け、天上が高く開けた場所に出た事を示している。
「そのようだぜ、んん?」
バドが肯定する。
蝙蝠型獣人族である彼の目は暗い場所でも良く見える為、バドの言葉は信頼に値するだろう。
「それで、この場所でどうしようってんだ、んん?」
「ちょっと耳貸せ」
ルーノはバドに説明する。
自身が思い付いた策、あの蜘蛛型の化け物、ジェブロスを倒すための手段を。
「……そんなんで大丈夫なのか、お前さんの単なるカンじゃねえか、んん?」
「ゴチャゴチャ言うなやるしかねえだろ、このままだとオレもオマエもあの化け物の腹の中だぜ?」
ルーノは、自身が持つ剣の刃に指先で触れる。そこには、鏡のようにルーノの顔が映っていた。
「オレ達の武器はあの怪物には通じねえ、正面から挑んでも勝ち目はねえんだ。なら戦い方を変えねえと……」
バドの銃も、ルーノの剣もジェブロスには歯が立たなかった。
このままでは勝利する事は出来ない。考えている余裕は無かった、手立てを思い付いたのならば実行に移す以外には無い状況なのだ。
「……確かに、お前さんの言う通りだな。んん?」
「それに、ここでオレ達が負けちまったら誰がゴーレムを止めるんだよ」
今こうしている間にも、地上ではゴーレム達が活動している。
そして、ロアやアルニカ達、ヴァロアスタの兵士達やエンダルティオ達も必死にそれを食い止めている筈だ。一刻も早く、ゴーレム達の動力を断たなければならない。
「分かったぜ。言い出したからにはしくじるんじゃねえぞ、んん?」
「ああ、任せろよ」
頼もしく返事をするルーノ、直後にジェブロスが現れた。
「来たようだぜ……」
バドに言われるまでも無く、ガサガサという八本の脚が蠢く音がルーノの耳に入っていた。
闇の中に、六つの赤い目が浮かぶ。
「バド、作戦開始だ」
「あいよ。んじゃ手筈通りに頼むぜ、んん?」
バドが翼を広げ、飛び立っていく。
それを確認し、ルーノは剣を構える。しかし彼は、ジェブロスとまともに戦おうと考えてはいない。
(もしオレのカンが正しく無かったら、その時は終わりかも知れねえな)
心中で不安を吐露し、ルーノは地面を蹴り、ジェブロスへと向かう。
「!!」
ジェブロスの口から糸が伸びて来る。
ルーノはそれを確認し、両足に力を込め――跳躍する。ジェブロスを軽く越え、そして空中に滞空していたバドの元へルーノの身は向かう。
「頼むぞバド!!」
そう呼び掛ける最中にも、ルーノはバドに迫ろうとしている。
「あいよ」
バドは既に、銃をホルスターに仕舞っていた。
自由になっているその両掌を突き出すバド、ルーノは自身の両足を、バドの両掌に重ねる。
「っ……おらああッ!!」
空中で、バドが思い切りルーノの両足を押し出す。同時にルーノはバドの両掌を蹴り、ルーノは勢いよく地面へと降下する。
斜めに降下したルーノは背中から着地し、背中で地面を滑る。そして、そのままジェブロスの体の下へと滑り込んだ。
(思った通り……!!)
ルーノは笑みを浮かべる。
ジェブロスは動きこそ素早いものの、細かくは動けない様子だった。だからこのように懐に入り込まれれば、直ぐには対処出来ないのだ。
「レーデアル・エルダ!!」
地面を背中で滑りながら、ルーノは剣に魔法の光を宿らせる。
そして、仰向けの体制で彼はジェブロスの体目掛け、力の限りに剣を突き立てた。
「ギギャアアアアアッ……!!」
耳を塞ぎたくなるような声を、化け物は発する。
剣も銃弾を弾き返す外殻を持つジェブロスが、痛みを感じている。その腹部に突き刺さったルーノの剣から光が消え、銀色の刃が現れていた。
「ふう……」
手ぶらになったルーノは、その場に立ち上がる。
「作戦成功のようだな、んん?」
バドが舞い降りて来る。
直後、ジェブロスが逆さまに倒れた。化け物はもう無力だった、八本の脚は地に付いておらずバタバタと空を掻くのみで、ルーノの剣が刺さっている場所からは血とも体液とも分からない液体が噴き出ている。
「どうだ、当たってただろ? オレのカン」
誇らしげに言いつつ、ルーノはもがき苦しむジェブロスへと歩み寄る。
「外殻はクソ硬くても、腹の方は意外と柔らかいんじゃねえか……ってな」
ルーノは、自身の剣をジェブロスから引き抜く。ズシャッ、という裂ける様な音と共に、剣が抜けた。
ジェブロスは依然、苦しむような声を発しながら脚を動かし続けている。
「レーデアル・エルダ」
ルーノは再び、剣に光を纏わせ、そして両手で剣を逆手に持つ。
そして彼は、ジェブロスの腹部目掛けて力の限りに剣を突き刺した。
「ギィッ!! ……ギ……」
大きな断末魔を上げた後、留めの一撃を喰らわされたジェブロスは全く動かなくなった。
「よし、ゴーレム共の動力源を壊しに行くとしようぜ。んん?」
バドに促され、ルーノは頷いた。