第141章 ~選んだ理由~
「がああああああッ!!」
憎しみを吐き出すような叫び声と共に、メリアナが襲い掛かってくる。
開いていた距離が一瞬にして詰まり、メリアナが持つ剣――血のように赤い光を纏ったその刃が、ユリス目掛けて振られる。
ユリスは瞬きもせず、眉を動かす事すらも無く、その剣を受けた。
(……魔族の力)
ユリスは感じ取る。メリアナの剣に宿された赤い光――魔族の力を。
降り注ぐような悪意と殺意に、気分が悪くなる。
「だじろいだかユリス。よもや、我が力に怖気づいたか?」
「……!!」
見透かすようなメリアナの言葉に、ユリスは微かに眉の両端を吊り上げた。
白光の剣を振り、ユリスはメリアナの剣を弾く。
「このような形で戦う事になるとは、残念です。古き友よ」
何年も前――ユリスとメリアナが出会った頃は、互いにまだ幼かった。
彼女達は共に王族の血を引く者として繋がる物があり、すぐに意気投合したのである。そう頻繁に会う機会があった訳では無いが、それでも二人の少女は友情を深め、親友と呼べる仲にまでなっていたのだ。
しかし、魔族との戦争が、互いの国の対立が、彼女達の仲を裂いてしまった。
その後、ユリスとメリアナは女王となり、自国を治める立場になった。だが同じ女王でも、彼女達が進んだのは全く別々の道だった。国民達に見守られ、皆の幸せを第一に考え、ロア達のような良き友人に恵まれているユリス。けれどメリアナはイリドニアの国民軽視の思想を受け継ぎ、国民達の苦しみを糧に繁栄を求める暴君となった。
変わり果てた古き友人の姿、それを見て残念と言わず、何と言うのか。
「私を憐れんでいる余裕が……あるつもりか!!」
メリアナが攻撃を続けて来る。
かつての友人に向ける物とは思えない剣の連撃を、ユリスは防ぎ、時には避ける。
互いの剣が打ち付けられるたびに魔力の光が炸裂し、金属音が聖堂内に届き渡る。
再び打ち合いになる。ユリスとメリアナ、どちらかが攻撃し、どちらかがそれを防ぐ。双方共に洗練された剣技を見せ、少女同士の戦いであるとは信じがたくなる程の一騎打ちだった。
輝くような長い金髪を空に泳がせ、ユリスは剣を振るう。メリアナがそれを受け、
「アルカドールの王統剣術、エルナタル・ファレスか……まさか、扱えるようになっていたとはな」
「……」
剣を擦り合わせながら発せられたメリアナの言葉に、ユリスは応じない。
「だが、強くなったのが自分だけとは思わない事だ!!」
メリアナが剣を弾き、凄まじい攻撃を浴びせて来る。
ユリスはその全てを防ぎ、打ち払い、時には避ける。メリアナの剣が、ユリスの金髪の先を僅かばかり切り落とした。
「っ……」
ユリスは距離を置き、メリアナの剣が届かない位置に立つ。
「終わりか? ユリス……」
口元に笑みを浮かべつつ、メリアナは挑発するように言って来る。
「……ん?」
と、その時。メリアナがユリスから視線を外し、何かに疑問を抱く様な声を発する。
ユリスはメリアナから注意を逸らさぬよう、横目で彼女の視線を追う。その先に居るのはロアだ、彼の水晶のペンダント――ユリスが贈った透明な水晶が、聖堂の床に触れていた。
「あれはアンダルセア王家の魔石? どういう事だユリス、何故あれを……」
メリアナからの疑問に、ユリスは応じる。嘘偽りなど、微塵も無く。
「彼は……『世界の担い手』です」
それを聞いた瞬間、メリアナが醜悪な笑い声を上げた。
「くっ、ははははははは!! 一体何を考えているユリス、あんな小僧を……」
しかし、メリアナの表情から笑みは次第に消えていく。
「……まさか、あの小僧が?」
「ええ。彼こそ私達の最大の希望……そして、私が居なくなった後に貴方達魔族の最大の脅威となる存在」
ユリスが応じると、メリアナは再び笑みを浮かべる。
「そうかそうか、どんな奴かと思えば……あんな小僧だったとは……」
嘲るような声を発するメリアナ。彼女の体が、次第に薄れていく。
転位魔法を発動させたようだった。
「ここで潰すより、真実を知った時に苦しむ様子を見る方がずっと楽しそうだ」
消えていく最中、メリアナはユリスに向けて言う。
「ユリス、お前も悪くなったな。あの小僧が苦しむ事を承知の上で、奴を我らと戦わせるとは」
「……」
ユリスは何も答えず、メリアナを見やる。
「勝負は預けておく……また会おう」
その台詞を残して、メリアナの姿は完全に消え去る。
残されたユリスの頭の中では、彼女から受けた言葉が反響していた。
(確かにそう。私はロアに大きな荷物を背負わせた……)
ロアを世界の担い手に選んだ事、それは彼に大きな荷物を背負わせたという事だった。
そして、ユリスは承知していた。彼を待ち受けるであろう真実、そしてロアがそれに直面した時、どれ程の苦しみを彼が受ける事になるのかを。
メリアナの言う通り、ユリスはロアが苦しむ事を承知の上で彼を世界の担い手に選んだ。勿論、それが最善の道だったのかは分からない。しかし、他の選択肢は無かったのだ。
この世界に居る誰でもない、彼にしか出来ない事なのだから。
「それでも……私は信じています」
ユリスの持つ剣が、空気に溶け入るように消えていった。