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第140章 ~二人の女王~


 その女がヴァロアスタに居ると聞いた瞬間、ユリスは宿命に近い物を感じ取っていた。だから彼女は転位の鏡を用い、アルカドールからヴァロアスタへと赴いたのだ。

 そして今、ユリスは対峙している。因縁の相手とも言える彼女――メリアナと。


「これは……懐かしい顔だ」


 口元を歪める様に、メリアナは笑う。

 古い友人に会えて嬉しい、という雰囲気では無かった。


「ユリス、どうしてここに?」


 傍らに居たロアが、腹部を押さえつつ尋ねて来る。

 衣服の部分に血が滲んでいる事から、彼は傷を負わされている様子だった。状況的に見て、メリアナに負わされたのだろうと推測する。

 さらにユリスはこの聖堂に踏み入る際に目の当たりにしていたのだ。入り口前に無残に放置されていた、何人もの亡骸を。


「……入口の前のエンダルティオの者達」


 重々しげに口を開き、ユリスは発する。

 その澄んだ瞳で、恐れる様子も無くメリアナを見つめながら。


「貴方が彼らを?」


 ユリスが問うと、メリアナは醜悪な笑みを浮かべる。


「愚問だな、答える時間も惜しい」


 吐き捨てる様に言ったメリアナを、ユリスは睨む。


「……ずっと会いたかったよ、ユリス」


 しかし、そう言った頃には既にメリアナの表情に笑みは無い。

 まるで眼前を喧しく飛び回る羽虫を見るかのような、忌々しげな目がユリスに向けられていた。


「お前、いや……お前達アンダルセア一族、そしてアルカドールには借りがある」


 メリアナの腕が変貌していく。

 細い腕が幾つにも裂け、肥大化して太くなり――紫色に変じる。終いには彼女の身長の何倍もの大きさを誇る、棘付の鞭が出来上がった。


「返す時を、待ちわびていたぞ!!」


 そう叫ぶと同時に、メリアナは横に薙ぎ払うかのように、鞭と化した腕を振りかざしてくる。

 鞭は聖堂の柱を砕き、そして壁を抉り取りながら向かって来る。


「……愚かな」


 しかし、ユリスは逃げようともせず、目を閉じてそう呟いた。

 皮肉るようでも無く、蔑む訳でも無く。ただメリアナを憐れむかのように。


「ユリス、危ない!!」


 ロアの声が聞こえるのと、ユリスが目を開くのは同時だった。

 メリアナに視線を向けたまま、自らに向かって来る鞭――メリアナの腕に、ユリスは払うように右手で触れる。

 瞬間――ユリスが接した所を起点に、白い閃光が瞬く。巨大な鏡に光を当てたかのような閃光が。

 それが止んだ時、既にメリアナの鞭の腕は焼き切れたように切断され、断面の先の部分が聖堂の床に落ちた。


「アンダルセア王族の力か、忌々しい」


 メリアナの腕は直ぐに再生し、再び棘付の鞭を形作っていく。

 再び仕掛けて来る様子が無いのを確認しつつ、ユリスはロアに言う。その間にもユリスは、メリアナから視線を外さない。


「ロア、その傷の手当てを出来る物は持っていますか?」


「うん、さっき貰った薬が……」


 傷を癒す手段がある事を確認し、一先ずユリスは安堵する。


「では直ぐに手当てを……あの者の相手は私がします」


「ユリス、あの人は?」


 ロアは問いを重ねて来る、ユリスは応じた。


「『メリアナ=レスタイーヴ』。イリドニア王国の君主……女王です」


「えっ、イリドニア……!?」


 ユリスにはロアの顔は見えない。しかし、彼が驚いたという事はその声で分かる。


「イリドニアって確か、バラヌーンの?」


「そう……魔族に下った国。メリアナはその国を治める者」


 魔族に下り、バラヌーンの国家になったとしても、その国の基本的な構造は変わらない。

 当然、国を治める王や女王は存在するのだ。


「イリドニアがバラヌーンに下る以前より、アルカドールとイリドニアとの間には確執がありました。決して乗り越えられない、意見の相違による確執が」


「確執?」


 ユリスは頷く。


「その確執の原因とは……国民に対する意見の違いです」


 直後、再び鞭がユリスに向けて放たれる。先程と同じように、ユリスは片手でそれを一蹴した。

 その一撃は恐らく、防がれる事を承知で放たれた物。威嚇のような意味で繰り出された様子である。


「懐かしい話を持ち出してくるじゃないか、ユリス」


 ユリスは身構える。ロアとの会話の途中だったが、続ける余裕は残されていなかった。


「そうさ。お前達アンダルセア王族は、我がイリドニアの友好条約を撥ね付け続けて来た……友として手を差し伸べた私達に、お前達は唾を吐き続けて来た!!」


 怒りの感情を押し出すように、鞭の攻撃が繰り出される。

 しかし結果は同じ。ユリスの片手に触れると同時に白い閃光が瞬き――鞭は切断される。


「挙句の果てにお前達は、アスヴァン大戦の最中……救援要請を出した我が国を見捨てた!! その所為で、当時のイリドニア国王は魔族に捕らえられ……そして処刑されたのだ、お前達が殺したも同じだ!!」


 男をも物怖じさせる威圧感を帯びた、メリアナの言葉。

 彼女が自分の国に抱く怨み、憎しみ、そして怒りが――ユリスにも伝わる。


「……メリアナ。そんな事を言う資格が、貴方にありますか?」


 しかし、ユリスは余りも冷静だった。

 鞭による攻撃を蹴散らし続けながら、彼女は澄んだ瞳でメリアナを見つめる。


「国民達全てを奴隷化し、道具のように扱ってきた貴方達に、我がアルカドールが応えるとでも?」


 イリドニア王国の暴政は、メリアナが女王に即位する前から続いていたのだ。

 貴族等の富裕層を除く国民全員を奴隷化し、過酷な労働を強い――逆らった者は残虐な処刑方法で殺害した。

 アルカドールがイリドニアの友好条約を拒否し続けてきた最大の理由は、国民への価値観の違い。国民主義のアルカドールは、暴政によって国民を支配しているイリドニアのやり方に賛同出来なかったのだ。


「メイリーア=アンダルセア……前女王は貴国へ何度も進言していた筈。国民の事を考えて欲しい、彼らの痛みを分かって欲しいと」


「黙れ!! 国民など所詮、国の所有物に過ぎない。使えるだけ使い、使えなくなれば捨てる……そんなゴミ共の事など、考えようとも思わぬわ!!」


 メリアナのその言葉に、ユリスは自身の中に湧き上がる強い感情を感じ取る。

 もう長らく抱いた覚えの無いそれは――怒りだ。

 ユリスにとって、国民は家族に等しい。ロアやアルニカ、ルーノを始めとする友人達に、側近のイルトやロディアス。エンダルティオのイワンやリオ達。兵士達も子供達も、とにかくアルカドールに居る物は全て家族であり、かけがえの無い存在だ。

 それを「ゴミ」と言い放ったメリアナを、国民達を苦しめる事に何の迷いも無いメリアナを、同じ女王として、それ以前に人間として――許す事など出来る筈は無かった。


「貴方がそのように成り果てた事には、多少なりとも私に責任があると思い……救って差しあげたいとも感じていました」


 ユリスは、まるで見えない何かを掴み取るように、その両手を自身の胸元に掲げる。


「しかしもう……貴方に慈悲の感情を向けるのは不毛かも知れません」


 そしてユリスは静かに唱える、その呪文を。


「レーデアル・フィレイス……」“光の玉よ……”


 胸元に掲げられたユリスの両手の中に、白い閃光が渦巻いていく。

 風が吹いたように、ユリスの長い金髪やドレスが空を泳ぎ――閃光は次第に玉の形になり、ユリスの手の中で眩い光を放っていた。

 片手で押し出す形で、ユリスは光の玉をメリアナに向けて放つ。


「!!」


 驚きに染まったメリアナの顔が、一瞬見えた気がした。

 直後、ユリスの放った光の玉が白から赤く変じ、何倍もの大きさに変じる。巨大な爆風を球型に凝縮したような魔力の塊が炸裂し、辺りは炎に包まれる。

 それでもユリスは手加減していた。本気で放てば、恐らく聖堂は吹き飛んでいただろう。


「……」


 自らの放った光の玉がもたらした爆風と熱風に、ユリスは片手を盾のように顔の前に掲げる。

 爆風の中に人影が浮かび上がった。


「本気で放たないとは侮っているのか。それとも、慈悲深さゆえに本気を出せないか?」


 挑戦的なメリアナの声と共に、彼女の腕が再び鞭に変じる。


「どうなのだ……ユリス!!」


 鞭の攻撃が繰り出される。

 メリアナの言葉は間違っていなかった。光の玉に手心を加えたのはユリスの優しさ故だ。因縁のある相手と言えども、本気で魔法を放つ事は出来なかったのだ。


「無駄な事です」


 ユリスが言い放った通り、正しく無駄なのだ。

 メリアナがどれ程攻撃を繰り出そうとも、ユリスの片手が触れただけで鞭は破壊される。

 それは戦いとは言えないだろう。メリアナが一方的に攻撃し、ユリスはそれを蹴散らし続けているのみ。

 そんな状態が、どれ程続いたのか。


「確かに……これでは決着がつかぬ」


 鞭に変じた腕を振るうのを止め、メリアナは言う。彼女の腕が普通の腕に戻りゆく。


「ならば、これで決着を付ける以外になかろう」


 そう言い放ち、先程まで鞭に変じさせていた右腕でメリアナは剣を抜く。

 刃の全体が鞘から現れると同時に、まるで血のような赤い光がその刃に纏われる。風も吹かない聖堂内で、メリアナの髪やドレスが揺れ始める。


「それとも、剣技は不得手だったか? 古い友よ」


 赤い光を纏った切っ先を向けながら、メリアナは醜悪な笑みを浮かべる。


「……」


 ユリスはその右手を高く上げる。


「アピーシア」“出でよ”


 その呪文と共に、ユリスの手の中に一本の剣が現れる。

 ユリスがその剣を握ると同時に、まるで風を可視化したかのような白い光が刃に纏わり――やがて眩い白光の刃を作り出す。


「得手か不得手か……私の実力、貴方はよくご存知の筈では?」


「ククッ、ああ分かっているとも。だがユリス……強くなったのが自分だけだと思わない事だ」


 白光を纏う剣を、ユリスは構えた。





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