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第138章 ~予感~


「おいおい気でも触れたのか、んん!?」


 バドの声など意にも介さず、ルーノは手当たり次第に樽を地下空洞の地面や壁に叩き付け、破壊していく。

 一つを壊すとさらに手近にある樽を持ち上げ、壊す。既に十数個程の樽が、ルーノの手によって木の残骸と化していた。 

 

「うるせえ黙ってろ。ごほっ、この粉……肺に入れるとあんま良くないぜ」


 樽を破壊する度に、その中に入っていた茶褐色の粉が巻き上がり空洞内を満たしていく。

 むせながらもルーノはひたすらに樽を壊し、目に付く樽を壊し終えると、耳を澄ませる。聞いているのは、自身とバドを追って来ているであろう怪物、ジェブロスとその子蜘蛛が発する足音だ。


(……そろそろ来るな)


 ルーノは、自身の耳が確かにその無数の足音を捉えたのを感じる。

 口と鼻を抑えて粉が体内に入らないようにしつつ、バドへ言う。


「んっ……バド、行くぞ!!」


「げほっ、一体何考えてんだ、んん?」


 そう漏らしつつ、バドがルーノを抱えて飛び上がる。

 直後、ルーノが振り返ると、暗闇の中に無数の赤い目が浮かんでいた。ジェブロスが放った大量の子蜘蛛が、迫って来ていたのだ。

 

「バド、一服やれ!!」


 翼を羽ばたかせるバドに、ルーノは命じる。


「はあ? お前さんさっきから何を……」


 と、バドは何かに気付いたような表情を浮かべる。後方――樽の中に入っていた粉が充満している場所を見つめたと思うと、再びルーノへ視線を合わせて来た。

 どうやら、ルーノの意図に気付いたようだった。


「なるほどそういう事だったのか、中々冴えてるじゃねえか。んん?」


「いいからさっさと、急がねえと仕留めきれねえかもしれねえだろ!!」


「分かってる分かってる、そう焦んなよ」


 バドは煙草を取り出し、口に銜えて火を付ける。

 火を付けたばかりで殆ど長さが減っていない煙草を手に取り、物惜しげに呟いた。


「一本一本大事に吸うのが信条だが、仕方ねえか。んん?」


 そして、バドはルーノを抱えて飛びつつ、吸いかけで火が付いたままの煙草を指で弾き飛ばした。

 先程、ルーノが大量の粉状物質を充満させた場所へと。

 その直後、ルーノは自身を抱えるバドの腕に力が籠ったのを感じ取る。


「つかまってろ」


 飛行速度が上がる――刹那、ルーノは後方から凄まじい爆発が巻き起こったのを感じる。暗い地下空洞が眩しく照らされ、熱気が体中を覆う。


「うっ!!」


 身を庇うように、ルーノは両腕で頭を隠す。

 程なく、バドが飛ぶのを止めて地に両足を付けたのを感じ取った。


「子蜘蛛共をまとめて焼き払うとは、中々面白い事考えるもんだな。んん?」


 ルーノはバドの腕から抜け出した。


「樽の中身が火薬だって分かったからな、誰だって思い付くだろうよ」


「よく分かったもんだな、樽に火薬が詰まってるって。んん?」


 青い毛並みに付着した土埃を払いつつ、ルーノは応じる。


「一応鍛冶屋の息子だからな、火薬の匂いぐらいは分かるんだよ」


 するとバドは感心するように小さく頷き、ルーノの頭に手を置いてきた。


「ほーう、お前さん案外頼りになるもんだな。んん?」


「『案外』ってのは余計だっつの」


 次の瞬間、ルーノの耳がその足音を捉える。子蜘蛛達の元凶――ジェブロスの足音だ。


「!! バカやってる暇はねえ、行くぞ」


「あいよ」


 再びバドの腕に抱えられ、ルーノは彼と共に飛び上がる。


「けどどうすんだ、あのデカいのを倒さない限り終わらないぜ、んん?」


「オレに考えがあるんだ、この先に開けた場所がある」


 ルーノの耳は風が流れる音を察知しており、この狭苦しい地下空洞をしばらく進んだ先に、広くて天井の高い空間が存在している事を感知していた。


「そこで試してみるさ、あの化け蜘蛛を倒す作戦をな」


「……なるほどな、んん?」


 




 紫色の体色を持つ魔物が襲い掛かってきた時、ロアが感じたのは恐怖よりも戸惑いだった。

 

(……!? こいつ……)


 先程まで人間だったその魔物は、何の武器も魔法も用いることもなく、ただ一直線に突っ込んでくるだけだったのだ。

 体格は大きく、ロアの数倍ほどもある。加えてその拳は岩のように大きく、そして硬そうに思えた。

 しかし、それだけに留まっており――それ以外は何も無い。


「坊や、来るわよ」


「……ミレンダ、任せて」


 銃を構えたミレンダを制し、ロアは彼女の前に立つ。

 魔物を侮っていた訳ではなかった、ただロアは感じ取っていたのだ。あの魔物には何かがある、得体の知れない何かを有しているのだと。


「アアアアアアアアッ!!」


 近付いてきた刹那――耳を塞ぎたくなるような雄叫びと共に、化け物が拳を振り下ろしてくる。

 ロアはその攻撃を避け、化け物の腕に切りかかる。

 すると、紫色の太い化け物の腕がいとも容易く切断され、地面に転がり落ちた。


「……!?」


 いとも簡単にあしらうことが出来た、化け物の攻撃。自身が感じていた得体の知れない危機感は気のせいだったのか、とロアは思う。


(いや、油断したら駄目だ……!!)


 自分の覚えた感覚を信じ、ロアは気を抜かない。

 立て続けに繰り出された攻撃を姿勢を低めて避け、ロアは呪文を唱えて剣に魔力の光を宿らせる。

 

「だあっ!!」


 そして、ロアは化け物の胸に向けて剣による一撃を繰り出す。

 剣が化け物の胸に命中した瞬間――黄色の光が炸裂し、焦げる様な臭気が鼻を突く。

 

「ガ……アアアアアア……!!」


 そして再び、化け物の雄叫びが木霊する。そして、それが起きた。

 化け物の紫色の部分が、指の先から消滅していく。そして代わりに、人間の手が現れる。


「!?」


 驚きつつも、ロアはそれを見守る。次第に化け物の紫だった部分が消えていき――そこから一人の人間が出て来る。

 化け物と変貌する前の、「バルダス」と呼ばれた男だった。


「どういう事……!?」


 ミレンダが困惑の声を発する。

 男は地面に仰向けに倒れたまま、微動だにしなかった。しかし、その口元が微かに動いたのをロアは見逃さない。

 ロアは無言で男の側に膝を降ろし、その肩を軽く揺する。すると、男の瞳がゆっくりとロアに向けられた。


「……せい、どう……」


 途切れ途切れに発せられた、男の言葉。

 聞き取れなかったロアは、さらに耳を澄ませる。


「ヴァロアスタ……聖堂。そこに……あの女が……向かった」


 男は確かに、そう言った。


「ヴァロアスタ聖堂?」


 反応したのはミレンダ、ロアは彼女を見る。


「あそこには確か、ヴァロアスタの作った中でも純度の高い魔石が保管されている筈……」


「魔石……?」


 ロアが返した直後、男が再び言葉を発し始めた。


「止めてくれ、あの女を……メリアナ……あの、暴君を……!!」


 押し出すように発した直後、男は目を見開いたまま地に頭を打ち付けた。

 

「……!!」


 ロアは男の方を揺すってみる、しかしもう、男――バルダスは応じなかった。

 絶命したのだ。


「メリアナ……」


 バルダスが暴君と呼び、そして彼が先程まで共にいた女を、ロアは思い出す。

 あの女――ユリスとどこか似た雰囲気を持っていたメリアナに、ロアは何かを感じていた。

 ヴァロアスタ聖堂に向かったというその女、彼女は純度の高い魔石を狙っているという。彼女は何を狙っているというのだろうか。


「……ミレンダ、ヴァロアスタ聖堂の場所は?」


「え、あの大きな鐘が見える建物だけど……」


 ミレンダが指差す先を見る。彼女の言う通り、大きな鐘が吊り下げられた塔が突き出た建物が見えた。

 大きな歯車が付いた建物が多いこの国では、どこか異質に思える。


「ミレンダはモロクの所に、僕は聖堂に行ってくる」


「え、ちょっと坊や?」


 駆け出そうとして、ロアはミレンダに引き留められる。彼女を振り返り、


「……よく分からないけど、嫌な予感がするんだ。何だか放っておけない」


 そう言い残して、ロアは駆け出した。






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