第12章 ~グール~
アルニカとルーノに手を借りて、ロアは立ち上がる。まだタックルを喰らった腹部の痛みは引かないが、骨までは折れていないだろう。
それに、痛がっている余裕などなかった。というのも、目の前の化け物の目がいつ回復して、そして襲い掛かってくるかわからないからだ。
「どうする、三人がかりでも勝てるかどうか……」
ロアが言う。確かにその通りだった。三対一といえど、グールのスピードと攻撃力はけた違い。
それに、剣での攻撃は通じなかった。ロア達が束でかかっても、勝てる見込みは薄いだろう。
何より、相手が人間ではなく、「獣」なのだ。
ロア達三人が習得している剣術は、対人戦闘でこそ、その威力を発揮する物。相手が人間では無く、獣である今の状況では、使いようが無い。
このままでは、「全滅」という最悪の結末もありうる。
「……ロア!! ルーノ!!」
アルニカが大声で二人を呼んだ。
と同時に、彼女は数メートル先にいる化け物を指で指す。
化け物は、先ほどまで目の痛みで暴れていたグールは、完全に平静を取り戻し、三人を凝視していた。
両目が回復したのだ。
「……ヤバいぞ」
ルーノがそう漏らした瞬間、両目を攻撃されたことで怒り狂ったグールが、先ほどよりも大きな雄叫びを上げながら、先ほどよりも遥かに早いスピードで突進してきた。
「くっ……ロア!!」
そう叫んで、ルーノはすぐさまロアに体当たりをして、彼をグールの突進の軌道上から逸らせた。
ロアは先ほど負傷している、自分の力でグールの突進を避けるのは酷だろうと考えたのだ。
二人は地面に倒れ込んだ、そのすぐ後ろを、グールが駆け抜けていった。
そしてルーノは直ぐにグールを目で追う、グールがこちらに再び突進してくる可能性がある。
しかし、グールはこちらに向かって来てはいなかった。グールはそのまま走り続けている。その先には……
「!! アルニカ!!」
地面に伏し、腹部を押さえたまま、ロアが叫んだ。そう、グールが突進している先にはアルニカがいた。
恐らく、グールは先ほど彼女に目を攻撃されたことに怒っているのだろう。
アルニカは全力で走っているが、人間の足と獣の足ではまるで勝負にならない。
グールとアルニカの距離はどんどん縮まっていき、そしてグールがアルニカに追いつこうとした瞬間、
「っ!!」
僅かにかけ声を発し、アルニカは思い切り横へと飛び込み前転、グールの突進から逃れる。
グールの突進は速く、パワーもあるが、反面小回りがきかない。加えてあの巨体だ、エネルギーの消費も凄まじいだろう。
アルニカは運動神経には自信があった。いつか学院の授業で行われた持久走も、皆がへたばっていた頃でもアルニカは余裕だった。
彼女は、グールにわざと無駄に突進をさせてエネルギーを消費させ、体力切れに追い込もうと考えていたのだ。
アルニカは肩掛けカバンを地面へと投げる。これでもっと身軽に動けるだろう。
突進をかわされたグールは立ち止まって方向を修正し、再びアルニカに向かって一直線に突進してくる。
「(速くてもただ真っ直ぐ走ってくるだけ、これなら避けられる……!!)」
アルニカは心の中で呟き、またグールの突進の軌道上から飛び退こうとする。
しかし、地面のくぼみに右足をひっかけてバランスを崩し、転倒した。
「うっ!!」
不意のアクシデントに、アルニカは冷静を失う。こうしている間にも、グールは迫ってきているのだ。
慌てて立ち上がろうとした瞬間、彼女の右足に痛みが走った。
「痛っ……!!」
恐らく、今転んだ時に足を痛めたのだろう。
「アルニカ、危ない!!」
次の瞬間、アルニカの耳に入ったのはロアの声、
そして、グールが突進してくるけたたましい音。顔を上げた瞬間、アルニカの数メートル先にまで、獣が迫ってきていた。