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第136章 ~メリアナ~


 襲って来る猿型獣人族の剣を、ロアは捻り取るような形で受け、その勢いを殺す。

 猿型獣人族は素早いが、その速度を逆手に取り、意図しない方向へと向けさせる事で、体勢を崩させて隙を突く。


「グギっ!!」


 首の裏を剣の柄で打つと、猿型獣人族は奇妙な声を発しながら、その場に崩れ落ちる。

 だが、ロアは僅かも気を抜こうとはしない。すぐに構えを正して、周囲に気を払う。

 猿型獣人族は何処に潜んでいるか、何処から襲って来るか分からないのだから。


「良い腕ね坊や、怪我をしているとは思えないわ」


 後ろからのミレンダの声に、ロアは視線を左右に振りながら応じる。


「喋ってる暇は無いよ、隙を見せたら命取りになる」


 敵の影は視界に入らないが、潜む場所になり得る物陰に注意する。


「相手は魔族だ、どんな手を使って来るかも大方知ってる。だから気は抜けない」


「……なるほど。じゃああそこに浮かんでるのも、坊やは知っているのかしら?」


「えっ?」


 ようやく、ロアはミレンダに視線を向けた。

 ミレンダは煙草を燻らせつつ、銃に弾丸を込め直している。


「ほら、あそこ」


 ミレンダが指す先を、ロアは見上げる。

 

(あれは……魔物……!?)


 ヴァロアスタの上空に、二体のガジュロスが滞空していた。

 その背中に、一人ずつの人影が乗っているのが見える。一人は鎧を纏った男で、もう一人は女だ。


「っ!!」


 ガジュロスが地に向かって舞い降り、風圧が地面に打ち付け、砂埃が巻き起こる。

 目を完全に閉じずに、ロアは前を注視し続けた。途端、打ち払われるかのように、砂埃が消失した。

 ロアとミレンダの前に、先程までガジュロスの背中の上に居た二人の者が居る。


「……!!」


 ロアは身構える。魔物であるガジュロスを従えて来たのだから、この者達が魔族の手の者だという事は、容易に推測出来たのだ。

 男の方は全身に鎧を纏っており、顔は見えない。その腰には太くて重たげなクレイモアを携えていた。そしてロアがより気を留めたのは、もう一人の方である。


(……この人は)


 もう一人――その女はどことなく、ユリスを思わせた。

 長く伸ばされた美しいブロンズの髪に、その身に纏った漆黒のドレス。整ったその美貌からも、高貴な立場に居る人物であることは容易に想像が付く。

 しかしユリスと違い、ティアラや腰飾り等の装飾を身に着け、そのドレスにも派手な模様が描かれている。

 まるで自身の美麗さを誇示するかのような、その出で立ち。彼女からはユリスのような優しげな雰囲気は、僅かも感じられない。

 感じられるのは、他者を見下すような高飛車さのみ。


「何者だ」


 ロアが問うと、その女は虫けらを見るような目で見つめ返してくる。


「……どんな奴かと思っていれば、ユリスは本当にこんな小僧を選んだのか」


「!!」


 忌々しさを押し出すような言葉の中に、ロアは確かにその名前を聞いた。


「ユリスを知っているのか?」


 女は答えなかった。彼女は踵を返し、鎧を纏った男へと言い残す。


「バルダス。二人とも消せ」


「は、い……メリ……アナ女王……様」


 バルダスと呼ばれた男が、鎧越しにうわ言の様な言葉を発する。

 そして、全身を覆う鎧をガシャガシャと鳴らしながら、ヨロヨロとおぼつかない足取りでロアとミレンダに向かって歩み寄ってきた。その手にしているクレイモアが引きずられ、耳障りな金属音を発している。 

 

「ミレンダ、まだ猿型獣人族が周りに潜んでいるかもしれない。もしもの時は頼む」


「了解。けど坊やも気を付けてね、あの鎧男……何だか嫌な予感がするわ」


 ミレンダの言葉に、ロアは同感だった。

 あの男――バルダスからは、得体の知れない危険さが漂っている。

 

(でも、それ以上に……)


 ロアは、バルダスが「メリアナ」と呼んだ女に視線を泳がせる。

 彼女の後ろ姿が見えなくなると同時に、バルダスがクレイモアを振りかざし、走り寄って来た。






 塔の開いた部屋で、アルニカは襲い来るゴーレムに応戦していた。傍らで、ニーナとウォーロックも同じく。

 石材で組まれたゴーレムは固く、そして重い。アルニカのツインダガーでは傷を付ける事が限界で、破壊するには至らなかった。

 

「ぐっ……!!」


 ゴーレムが繰り出す一撃を、アルニカは受ける。ただ受けているのではなく、衝撃を殺しながら。

 まともに受けようならば即死は免れない攻撃も、衝撃を分散する剣術を用いれば防ぐ事は可能だった。

 しかし、防いでいるだけでは勝つことは出来ない。


「だああっ!!」


 視界の端から、紫色の物体が飛び出す――と同時に、アルニカに攻撃を仕掛けていたゴーレムが崩れ去る。

 ニーナだった。彼女が左手に握るレイピアには、魔力の光が宿されている。


「何をしているアルニカ、魔法を使いたまえ!!」


「っ、ニーナさん、後ろ!!」


 新たなゴーレムが、後ろからニーナに襲い掛かる。

 その腕が振り下ろされる前に、ニーナは猫型獣人族の脚力を発揮し、ゴーレムの頭部に迫る高さに飛び上がる。

 直後、ゴーレムの首から上の部分が胴体と切り離され、崩れ落ちた。


「魔法の力も宿していない武器では、ゴーレムを破壊するのは不可能だよ。さあ早く!!」


「分かってます、でも私は……」


 アルニカは、自らが持つ二本のダガーを見つめる。

 ダガーにはロアやルーノが持つ剣と同じく、黄色い魔石がはめ込まれている。この力を使えば、ゴーレムを破壊することなど容易いだろう。

 だが、アルニカは使おうとしない。

 否、使わないのではない、「使えない」のだ。彼女はまだ、魔法を操る術を習得していないのだから。


「まさか、君はまだ魔法を使えないのか?」


 自身の心中を察したニーナに、アルニカはただ頷く事しか出来なかった。

 

「くっ、モロクは一体君に何を教えたのか……!!」


 ニーナは前方へ飛び、手近にいたゴーレムの胸部分にレイピアを突き刺す。紫色の光を纏う刃が、ゴーレムの体を貫通して背中から突き出た。

 崩れ去る前にゴーレムの胸を蹴り、その反動でレイピアを引き抜きつつ、後方へ戻る。


「モロクさんの所為じゃありません、私の力が足りないから……」


「四の五の言っている場合ではない。こうなれば、この場で扱えるようになるしか道は無い」


 ゴーレムが襲い掛かってくる、アルニカは二本のダガーを交差させ、受け止めた。


「ぐっ!! この場で……!?」


 アルニカが言葉を重ねるよりも先に、ニーナは口を開いた。


「思い浮かべたまえアルニカ。君は何の為に戦っている、何故君は危険だと分かっていてもなお、ロアやルーノと共に戦う道を選んだ!?」


「!!」


 ニーナの言葉が、アルニカの心を揺さぶる。


「自らが戦う理由を見定めたまえ、自分の気持ちの全てを魔石にぶつけてみたまえ。そうすれば、魔法の力は君に応えてくれるはずだよ」


「ニーナさん……」


 ゴーレムの腕を受け止めながら、アルニカはニーナの言葉の意味を考える。

 何故、自分は今この場で戦っているのか。何故自分は、危険だと承知の上で、ロアやルーノと共に戦う道を選んだのか。

 答えは――思ったよりも簡単に出た。


「……!! 私は……!!」


 アルニカを見つめるニーナの顔に、微かに笑みが浮かんだ。


「呪文は、分かっているかね?」


「はい!!」


 ニーナへ即答し、アルニカは深呼吸をする。


(私は……)


 二本のダガーにはめ込まれた、二つの魔石を見つめる。


(私は魔族に負けないために、ロアにルーノ……大切な人達を守る為に……!!)


 ダガーを握る両手に力を込め、アルニカはイワンから教わった呪文を唱えた。


「レーデアル・エルダ!!」


 その直後に、魔石が黄色い光を放ち――アルニカのダガーの刃と接していたゴーレムの腕が、爆発した。

 崩れ去っていくゴーレム、アルニカは自らが持つ二本のダガー、その両方に黄色い光が纏っている事に気が付く。

 今までとは違い、ダガーが弾け飛ぶような事は無かった。


「使えた……?」


 半信半疑になりながら、アルニカは発する。


「上出来だよ。今の感覚を忘れない事だね」


 ニーナの褒め言葉に、アルニカは力強く頷いた。






 アルカドール城の玉座の間。ユリスは、ロディアスがその手に持つ遠見の水晶玉を見つめていた。

 そこに映っているのは、ロアの前に現れた彼女――「メリアナ」だ。


「まさか、この戦いに現れるとは」


 傍らにいたイルトが発する。

 玉座に腰掛けたユリスは両目を閉じる、思い込むように沈黙した後、彼女は発した。


「仕方がありません」


 玉座から立ち上がる、ユリスの首に着けられたチョーカーが耳触りの良い音を鳴らした。


「如何なされますか? ユリス様」


「……ロディアス、転移の鏡の準備を」


 決意に満ちた面持ちと共に、ユリスはロディアスへ命じた。






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