第135章 ~ヴィアーシェ再び~
「それで、あれが親玉かしら?」
ただそれだけの言葉にも、妖艶さが垣間見える。
ミレンダの視線をロアが追うと、モロクとゴライア、二人の大柄な体格を持つ獣人族が素手で打ち合っていた。
絶大な破壊力を備えた一撃が繰り出し合う光景には、まるで山同士がぶつかり合うかのような迫力がある。
「そう。あの獣人族が、猿型獣人族達の親玉だよ」
傷口を押さえつつ、ロアはミレンダに応じる。
「坊やは、加勢しないの?」
ロアは、ミレンダに視線を移す。
彼女はポケットから煙草を一本取り出し、火を付けた。
「雑魚の相手を頼むって、さっきモロクに言われた」
加勢すべきかどうか、正直な所ロアは迷っていた。
熊型獣人族のモロクの強さは知っているが、ゴライアも強い。モロクと同じく驚異的な腕力を持つ獣人族であるから。
モロクが勝つ確証は無かった、しかし、ロアが加勢してもモロクの助けになるかどうかは分からないのだ。
相手がただの剣を持った敵ならば、恐らくロアは簡単には負けない。だがゴライアは、そんな雑魚の区切りに収まる敵ではない。
何よりもロアは負傷しており、万全に戦えない状況だ。下手に手を出せば、返ってモロクの邪魔になる可能性も考えられる。
「そう。ならしっかり、おじ様をサポートしてあげないとね」
「『おじ様』?」
ロアが返すと、ミレンダはふーっ、と煙草の煙を吹いた。
「モロクのおじ様。アタシはそう呼んでるのよ」
アルニカ、ニーナ、そしてウォーロック。
三人はロアとモロクがゴライアの気を引き付けている間に、塔へ進入していた。
強固な石材によって組み上げられた塔内は、長らく人の手が入っていなかったのか、砂の匂いが漂う。
戦場と化したヴァロアスタの街から、誰の物とも分からない悲鳴が塔の中にも届いていた。
「国王様は、どこに!?」
先頭に立って階段を駆けるアルニカは、自身の後ろを走るニーナに問う。
ニーナはアルニカに付いて来てはいるものの、負傷した右腕は自由が効かないらしく、レイピアを左に持っていた。
「恐らくは上の階だろう。罠があるかもしれない、用心したまえ」
怪我をしていてもなお、ニーナはその毅然とした態度を崩さない。
「塔ノ内部ハ、罠ヲ張ルニハ絶好ノ環境ダ。気ヲ付ケテ進モウ」
隠れる場所も多く、窓が少なくて薄暗い塔の内部。ウォーロックの言う通りだった。
油断していれば、潜んだ敵が襲い掛かってくる事も考えられる。
「うん。油断しないようにね」
アルニカは返し、再び階段を上がり始める。
両手のツインダガーを何時でも振れるよう構え、前方、後方、左右、更には上にも注意を払い、慎重に、しかし出来うる限り迅速に。
(……何かが潜んでいる気配は、無い)
常に周囲を警戒しつつ、進んでいく。
しかし、辺りに敵の気配は無かった。それどころか――静まり返っており、虫一匹も見受けられない。
「不意打ちを仕掛けるつもりは、無いようだ」
後方のニーナの声が、アルニカに届く。
どうやら、彼女も同じく辺りに一切の気配を感じていないようだった。
「……ダトスレバ」
ウォーロックの一言の先は、アルニカにも想像が付く。
「どこかで、私達の事を待ち構えている……!!」
不意打ちを仕掛けるつもりが無いとすれば、真っ先に考えられる事。
それは戦力を分散せずに、一か所に集めて敵を迎え撃つ事だった。
「……行きましょう!!」
少しの沈黙の後、アルニカはニーナとウォーロックに告げる。
敵の中に飛び込む事を意味するが、それでも逃げ帰るなどという選択肢は無かった。
こうしている間にも、国王の命が危険に晒されているのかもしれないのだから。
人一人いない塔の階段をどれ程駆け上がったのか、アルニカはその扉の前に辿り着いた。
(誰かの気配……!!)
天井近くまでもある大きさの木製の扉の奥から、何者かの気配を感じた。
一人や二人ではない――大勢の気配である。状況から考えて、敵が大人数で待ち構えている可能性が高かった。
「……」
アルニカは振り返り、ニーナとウォーロックを見る。
「味方を呼んでいる暇は無い、行こう」
ニーナがアルニカに先んじて扉に手を掛ける、アルニカは息を吸い、ツインダガーを握る両手に力を込める。
次の瞬間――ニーナが突き飛ばすように扉を開き、その奥へと駆け入る。
アルニカはすかさず、その小さな背中に続いた。ゴーレム独特の重い足音で、ウォーロックも続いて入ったのを感じる。
扉の先には広い部屋があり――そこには、無数のゴーレムが居た。しかしウォーロックや街を襲っていた大型のそれとは違い、小型化されて人間の大人と大差ない大きさの種類である。
「……!!」
しかし、アルニカが視線を奪われたのは、無数の小型ゴーレム達ではない。
ゴーレム達の先頭に立つ、二人の魔族。その内の一人――これまでに計三回、アルニカが剣を交えたことのある、彼女だ。
暗い青色の髪を腰まで伸ばし、魔族特有の陶器のように白い肌。その容姿は美しく整っているが、彼女の表情からは何の感情も読み取ることは出来ない。
そして、細い体には不似合いな巨大な大剣が、彼女の手に握られている。
「ヴィアーシェ……!!」
魔卿五人衆の一人――ヴィアーシェが、そこに居た。
「……」
ヴィアーシェの視線がアルニカを向く、しかし彼女は何も発さず、ただ数度、瞬きをしたのみ。
「知っているのかね?」
ニーナに問われるが、アルニカはヴィアーシェから視線を外さない。
ツインダガーを握り直し、
「今までに何度か……戦ったことのある魔族です」
アルニカは、思い返す。
ヴィアーシェと初めて戦ったのは、ベイルークの塔で遭遇した時。そして二度目は、イシュアーナでの戦いの時だ。
今回で、三度目の戦いである。
「あの者、かなりの強さだったのではないかね?」
「え……?」
ニーナの見立てに、アルニカは疑問を発した。
「雰囲気で分かるよ。そこらの魔族の兵共とは、まるで違う」
普通に聞けば根拠に欠ける言葉だった、しかしニーナが言うと、何故か説得力を帯びている。
アルニカは頷く。
「ゴーレム共ハ、ワタシガ倒ソウ」
ウォーロックの言葉に、アルニカは頷く。
「じゃあ私は、ヴィアーシェを……!!」
「私も戦おう」
アルニカが彼女を瞥見すると、ニーナは左手でレイピアを眼前に掲げていた。
「陛下の居場所を、教えてもらう必要があるからね」
「戦いながら……国王様の事も探しましょう」
見渡した所、この部屋には隠れられるような場所は見当たらない。
この階に上がってくる間にも周囲に注意を払ったが、人が隠れられるような場所は目に留まらなかった。
だが、ヴァロアスタの君主――オスディン国王は間違いなく、この塔に捕らわれているのだ。
「必ズ、陛下ヲ助ケ出ス」
ウォーロックが拳を握った瞬間、石を打ち付けるような音が重々しく轟く。
(……勝てるかどうかなんて、私には分からない)
ヴィアーシェ、そして彼女の後ろに立つ無数のゴーレムを目の前にしても、アルニカには恐れの感情は芽生えない。
(でも、ロアもルーノも戦ってる。私だって……!!)
決意を新たにするアルニカ。
その直後に、ヴィアーシェの後ろに立っていた無数のゴーレム達が、雪崩れ込むように走り寄って来た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【キャラクター紹介 24】“ウォーロック”
【種族】ゴーレム
【性別】男
【年齢】-Unknown-
【髪色】-Unknown-
ヴァロアスタ王国で製造されていた、戦闘用ゴーレムの内の一体。識別番号は「56」。
ルーノの悪戯によって、ヴァロアスタへの反逆命令が込められた魔石を体から外された為、唯一一体だけヴァロアスタに反逆を起こさず、ロア達の味方についた個体。
戦場と化したヴァロアスタでロア達と出会い、ルーノから「ウォーロック」という名前を与えられる。
巨体の持ち主で、全身が固い石材で造られており、圧倒的な攻撃力と防御力を持つ。
アルニカとニーナと共に、オスディン国王の救出に向かう。