第134章 ~ミレンダの助け~
「俺様を倒す、だと……?」
蒸気機関銃を弾き飛ばされ、素手となったゴライア。
突き刺さるような彼の視線と、忌々しげに発せられる彼の言葉を間近に受けても、モロクは全く動じる素振りを見せない。
先程まで、ロアに向けられたゴライアの拳を掴みつつ、モロクはゴライアを睨み返す。
ゴリラ型獣人族のゴライアと、熊型獣人族のモロク。巨大な体格を持つ二人の獣人族は、間近で対峙していた。
「蒸気機関銃がヌシの手に無い以上、最早恐るるに足りぬ」
「何……!? テメエのような老いぼれが、俺様を止められるとでも……」
見つめただけで、相手を凍り付かせそうな程の威圧感を帯びたゴライアの瞳。
「実に、容易いことだな」
しかし、モロクは依然として――ゴライアへ挑戦的な態度を見せつける。
モロクの手を振り払い、ゴライアは数歩、後退した。
「ならば試してみるか……? この老いぼれが……!!」
ゴライアは、拳をボキリと鳴らした。
「威勢の良い若造だ、度胸だけは高く買おう」
互角の状況で戦おうと考え、モロクは両手に装着した籠手を取り外し、その場に置く。
両肩の骨を鳴らし、拳を構えた。
そして、後方のロアに、
「小童、周りの雑魚共は任せるぞ。そろそろ『あ奴』も来る頃だろうからな」
「あ奴……?」
ロアに返事をせず、モロクは拳を構えたまま、ゴライアへ告げる。
「何をしている? さあ、来るが良い」
挑発するようなモロクの言葉に、ゴライアは姿勢を低め、一気に突っ込んできた。
巨体に似合わず、その動作は俊敏であり、彼の拳がモロクへ振りかざされるまでの時は、ものの数秒。
ゴリラ型獣人族の強靭な腕力が、モロクへと襲い掛かる。
「ぬっ!!」
モロクは、逃げようともせずに受け止める。その足元の地面が抉れ、ゴライアの一撃の重みを証明する。
もしも人間が受けていれば、間違いなくその身を砕かれていただろう。
「どうだ老いぼれ、俺様の強さは」
勝ち誇るような笑みを浮かべつつ、ゴライアはモロクへ紡ぐ。
その腕で、岩のように固く大きなゴライアの拳を押し返しながら、モロクは応じた。
「この程度か? 若造」
ゴライアとモロク、二人の巨大な獣人族が肉弾戦を繰り広げる中、ロアはその傍らで猿型獣人族と応戦していた。
次々と追い迫ってくるゴライアの手下に、ロアは容赦する気も無かった。魔法の力を宿した剣で、彼は猿型獣人族達を次々となぎ倒していく。
数は多く、その動きは俊敏だが――猿型獣人族単体の強さは、ロアには遠く及ばなかった。
黄色い閃光と共に、猿型獣人族が握る剣は砕かれる。
(……っ)
一瞬、ロアは視線をモロクとゴライアへ向ける。
山のような巨体を持つ彼らは、その大木のような腕を振るい、強大な破壊力を秘めた攻撃を打ち出し合っている。
その様子は迫力に満ちており、思わず見入ってしまう気がした。
(っと、いけない……!!)
さらに新手の猿型獣人族が切りかかってきて、ロアは応戦する。
今は戦いの最中、気を抜いている時ではなかった。
自身が倒されれば、モロクはゴライアだけではなく、猿型獣人族達の相手もしなくてはならなくなるだろう。
モロクを圧倒的不利な状況にさせないためにも、ロアは倒されるわけにはいかないのだ。
「キキキッ、多勢に無勢だぞ。糞餓鬼が!!」
さらに二人、猿型獣人族が襲い掛かってくる。
しかし、彼らが握った短剣はロアを切り裂かなかった。
代わりに、空を切り裂くような銃声が、微かな時間差を伴って発せられたのだ。
「!?」
驚くロアの前で、二人の猿型獣人族は倒れ伏す。二つの銃声は、彼らに向けて放たれた弾丸と共に発せられたのだ。
剣を握りしめたまま、ロアは銃声が発せられた方向を振り向く。
そこには、居た。
「ご機嫌よう、坊や」
ウェーブのかけられた銀髪に、露出の多い服装。
その両手には銀色の銃が握られ、その銃口から吐き出される煙が空に向かっている。
バドと同じ、銃の使い手であるグローディア――ミレンダだ。
「ミレンダ……!?」
唐突に彼女が登場し、ロアは内心驚きを覚える。
その直後、身を隠していたと思われる別の猿型獣人族が、ロアの前に現れる。
「!!」
剣を構え直し、備える――が、猿型獣人族の刃がロアに届く前に、再び銃声が轟く。
と同時に、猿型獣人族が仰向けに倒れる。
ロアは再び、ミレンダに視線を向けた。
「フフ……」
片目を瞑りつつ、ミレンダは銃口の煙を吹き消す。
「あ……」
その妖艶で美しい様に、ロアは思わずどきりとする。
そして同時に、ミレンダの銃の腕を身をもって知った。
かなりの距離があったにも関わらず、ミレンダは一秒にも満たない時間で狙いを付け、正確に猿型獣人族を打ち抜いたのだ。
ミレンダはロアに歩み寄り、
「来るまでにも熱烈な歓迎を受けちゃってね、ちょっと遅れたわ」
そう言いつつも、ミレンダは大人びた雰囲気を崩さない。
彼女は沢山の敵と遭遇した、ロアにはそう察しが付くが、ミレンダの身には傷の一つも見当たらなかった。さらに、服にも汚れすらない。
「……ありがとうミレンダ、助かったよ」
彼女のお蔭で、三人の猿型獣人族を倒す手間が省けた。
ロアが感謝の言葉を述べると、ミレンダは数度頷く。
「しかしまあ、ここも中々派手な事になってるじゃない?」
銀髪をかき上げ、ミレンダはロアの向こうを見る。ロアも、その視線を追う。
モロクとゴライアが、依然として素手での戦いを続けていた。
「他の場所は? やっぱり魔族やゴーレムに……?」
「ええ、ヴァロアスタ中……もう大騒ぎよ」
風に煽られ、ミレンダの銀髪がそよぐ。
と、その時――ロアは右肩の痛みに表情をしかめる。
「っ……」
「怪我をしているの?」
ロアは首を横に振り、
「掠り傷だよ、大した傷じゃない」
その時、ロアは気付いた。
「あっ……!?」
ミレンダをすり抜け、彼女の後方を見やる――茂みの中から、また新たな猿型獣人族達が出現していた。
それも今度は、両手の指で数えられるような数ではない。
恐らくは、戦力を温存していたのだろう。
「あら、アタシ達囲まれてるみたいね?」
「そんな呑気な……!!」
危機感を抱く様子も無いミレンダ、その後ろでロアは再び、剣を握り直す。
すると、ミレンダに背を向けたまま、ロアは告げられた。
「怪我しているんでしょう坊や、ここはアタシに任せなさいな」
ミレンダは、両手に持つ銃を構える。
ほぼ同時に、猿型獣人族達が彼女の銃に警戒する様子も無く襲い掛かって来た。
恐らくは、数で圧し切る作戦に出たらしい。
「っ……危ない!!」
ミレンダの背中に、ロアは呼び掛ける。
返って来たのは、余裕に満ちた言葉だった。
「こう見えてアタシ、結構な修羅場くぐって来てるんだから……侮らないで、坊や」
ミレンダが言った直後、彼女が持つ二丁の回転式銃が炎を吹く。
火花と銃声が空を切り裂き、放たれた弾丸が猿型獣人族達を撃ち抜いていく。
先陣を切っていた者達は、成す術も無くミレンダに撃退されたが――すぐに後続の猿型獣人族が襲い掛かって来た。
「今だ、かかれ!」
猿型獣人族達の中から、その声が聞こえる。
ミレンダは既に、二丁の銃に装填された弾丸を打ち尽くしていた。
弾丸を装填している間は、完全に無防備――猿型獣人族達は、ミレンダが銃を撃てなくなる時間を好機と見て、突撃するつもりなのだ。
ロアも、それに気付く。
「……!! ミレンダ!!」
しかし、返ってきたのはまたしても、余裕に満ちた言葉。
「ぜーんぜん、大丈夫よ」
直後に、それが起こった。
ミレンダが、両手の銃をトリガーガードに指を掛ける形で人差し指にぶら下げ、小指、薬指、中指を使い代わりの弾丸を六発一斉に取り出す。
今度は親指を使い、シリンダーをスライドさせて排莢する。
そして、親指を使ってシリンダーを回転させつつ、中指と薬指で弾丸を一発づつ装填していく。
六発の弾丸を込め、シリンダーを戻す――装弾は完了した。
(な……!?)
ミレンダがやってのけた業に、ロアは驚愕する。
彼女は何と、両手に持った銃の装弾を三秒で完了させてしまったのだ。
最早、手先が器用などというレベルではない。
「フフ……」
妖艶な笑みを口元に浮かべつつ、ミレンダは銃を猿型獣人族達に向ける。
二つの銃口が火を吹き終える頃には、全員が撃退されていた。
ミレンダが振り返り、ロアと視線が合わさる。
「驚いた? アタシね、実は両利きなのよ」
得意気に言いつつ、ミレンダは二丁の銃をくるくると手の中で回していた。