第133章 ~特攻するロア~
「まさか、あんな物まで……!?」
言葉を発しながらも、ロアはゴライアの動きへ注意を払い続ける。
彼が注意を集中させているのは、ゴライアがその右手に持つ凶悪な武器――蒸気機関銃だ。
「小童、猿型獣人族共は勿論だが、あの武器には特に注意を払っておけ」
「……うん」
魔力で覆われ、黄色い光を放つ剣を構える。
眼前のゴリラ型獣人族が持つ蒸気機関銃が、いつ火を噴くか分からないのだ。
(あんな銃に太刀打ちするには……)
遠くから相手を狙い撃てる蒸気機関銃に、単なる剣で太刀打ち出来る筈など無い。剣の射程に入ろうと近づいている間に集中放火を浴び、粉々だろう。
しかし、それはあくまでただの剣を用いた場合の話。
今、ロアが手にしているのは、魔法の力を宿した剣だ。
魔法の力ならば、弾丸を防ぐ事も可能である。汽車にて、ニーナが魔法の力で作り出した盾を使い、強盗が放った弾丸を防いだように。
「小童、魔力の盾を作り出す呪文は『レーデアル・ボルグ』だ。覚えておくがよい」
「っ……」
ロアには、聞き覚えのある呪文である。ニーナが用いていたからだ。
モロクはさらに、続ける。
「使った事のない呪文など使えない、そんな弱音は吐くな。使えなければ、あの銃の餌食になるだけだぞ」
「分かってる……!!」
武器に魔力を宿す呪文は、ロアは会得している。しかし、魔力の盾を作り出す呪文――「レーデアル・ボルグ」は使った事が無かった。
魔法の事を詳しくは知らないが、武器に魔力を宿す事と、盾を作る事は違う感覚なのだとロアは予想している。
(やってみせる……)
しかし、モロクの言う通り、使いこなさなければ後が無い。
ゴライアが持つ蒸気機関銃と戦える武器は、今のロアには魔法以外無いのだから。
「さあて……まとめて消し飛ばしてやるか」
耳障りな金属音を発しつつ、ゴライアは蒸気機関銃に弾丸を装填する。
その直後、冷たい銃口がロアとモロクへ向けられた。
「ワシからは以上だ。見せてみろ、ヌシの力を」
モロクは、籠手を装着した両手を握る。
ロアは彼の顔を見上げつつ、小さく頷く。
「消し飛べ!!」
言い放つと同時に、ゴライアは蒸気機関銃の引き金を引いた。
蒸気が噴出し、その圧力によって複数の銃身が回転しつつ、無数の弾丸が放たれる。
耳を劈くような銃声と共に、ロアとモロクが立っていた場所が一気に砂煙に多い包まれた。
成す術も無く、粉々になったか――ゴライアは引き金から指を外し、前方を見る。
砂煙が次第に晴れゆく、そこには、オレンジ色の光の壁があった。
「……防御魔法か、こざかしい」
オレンジ色の光の壁は、モロクによる防御魔法だった。
ゴライアが蒸気機関銃の引き金を引く直前、彼が一瞬のうちに呪文を唱え、防御魔法を発動したのである。
弾丸は全て防がれ、ただ虚しく周囲に散らばっているだけだった。
「砕けるまで、撃ち込んでやる」
ゴライアは狼狽える様子もなく、蒸気機関銃の排莢を行う。
レバーを引いた途端、銃口に近い部分が開き、そこから大量の薬莢がバラバラと落ちた。
排気口からは、熱い蒸気が放出され続けていた。
再び、ゴライアは銃口をモロクに向ける。
「ワシばかりを見ている余裕があるのか?」
「何?」
モロクの言葉で、ゴライアは気付いた。
その時には既に――ロアはゴライアの背後を取っていたのだ。
「おおおっ!!」
ゴライアが最初に銃を撃った際の砂煙に乗じ、ロアはモロクの元を離れ、ゴライアの視界から外れた。
そして周囲の木々などに身を隠しつつ、ゴライアの後方に回り込んだ。
前方に気を取られていたゴライア、さらには周囲の猿型獣人族達。誰一人として、ロアの動きに気付く者は居なかった。
ゴライアに向かおうとするロアに、猿型獣人族達が立ち塞がる。
「一人で来るたあ、いい度胸してんじゃねえか!?」
短剣を振りかざしつつ、猿型獣人族の一人がロアへ言い放つ。
ロアは黄色い光を纏った剣を振りかざし、
「嬉しくないね、君達に褒められても」
ロアの剣と、猿型獣人族の剣が触れ合う、同時に猿型獣人族の剣が砕け散った。
それもその筈、ロアの剣は魔力で覆われているため、通常の剣とは格の違う強さを備えているのだ。
剣を砕かれて丸腰となった相手など、ロアには敵ですらない。
一人を打ち倒し、もう一人、さらにもう一人。持ち前の高等剣術を用い、ロアは次々と猿型獣人族を打ち倒していき――猿型獣人族を全員、倒した。
要した時間は、一分にも満たなかった。
周囲に自身の部下達が居たからか、或いはモロクに隙を突かれる事を警戒していたのか。ゴライアは、ロアに蒸気機関銃を撃とうとはしない。
だが、それも数秒前までの話。
「ふっ!!」
猿型獣人族達を退け、ロアはゴライアへと走り寄る。
(とにかく、撃たれる前に……!!)
ゴライアは、既に銃口をロアへ向けていた。
銃弾を防ぐ方法は、ロアには一つしかない。そう、魔力の壁を作り出すことである。
使った事のない魔法、などと言っている場合では無かった。
「レーデアル・ボルグ!!」
モロクから教えられたばかりの呪文を唱え、ロアは剣を振る。
直後、ロアの前に光の壁が出現した。同時に、ゴライアの銃が火を吹くのが見える。
「うっ!!」
ロアが作り出した魔力の壁に、無数の弾丸が当たる。ガラスが砕けるような音が、ロアの耳に突き刺さる。
もしも壁が破られれば、ロアはたちまち蜂の巣になるだろう。
初めて使った呪文であるが故、当然ながら自信など無かった。
「ぐっ……!!」
初めて作り出した魔力の壁だけが、今の自身を守っている。
砕けないよう祈る事が、ロアに出来る唯一の事だった。
しかし、
「っ!!」
魔力の壁の右端が、僅かだけ砕けてしまった。
それを理解した直後、ロアは自身の右肩に痛みを覚える。僅かだけ砕けた部分を銃弾が通過し、彼の肩を掠めたのだ。
しかし、それでも幸いだった。
「っ……はああっ!!」
弾丸が止んだのを見計らい、ロアは突っ込む。
「防御魔法……こんな餓鬼が……!?」
ゴライアは驚愕していた。
恐らくは、ロアまでもが防御魔法を扱えるとは思っていなかったのだろう。
(今がチャンスだ……!!)
ロアは既に、ゴライアの持つ蒸気機関銃の弱点を見切っていた。
離れた場所からでも、相手を狙い撃てる凶悪極まりない武器。しかし、一定数の弾丸を放てば排莢動作が必要となり、それには数秒要する。
一見太刀打ちのしようが無く思えても、どうにか弾丸を防ぐことが出来れば、反撃のチャンスはあるのだ。
(くっ……!!)
走り寄る最中、ロアの右肩を痛みが走る。
銃弾が掠めた傷は深くはないが、全くの痛手にならない訳でも無かった。
チャンスを掴んだように思えて、ロアに与えられたのは僅かな時間のみである。
ゴライアが排莢を終えれば、蒸気機関銃は再び火を吹くのだから。
「チッ……!!」
自身に向けて、ゴライアが蒸気機関銃を振り上げる。
銃が撃てない状態にあるので、近接攻撃を仕掛けるつもりだと判断したロアは、剣を振った。
蒸気機関銃、そしてロアの剣が衝突する――金属音が発せられると同時に、両方が持ち主の手から離れ、地面に落ちた。
ゴライアの持つ蒸気機関銃は、特別強度の高い金属で出来ており、破壊するには至らなかった。さらにはロアも負傷している為、衝突時の衝撃に耐え切れず、剣を放してしまったのだ。
「この餓鬼が!!」
怒号と共に、ゴライアは素手となった右腕を振り上げた。
武器を失った彼は、直接ロアを殴るつもりである。
それだけでも、ロアには十分な脅威だった。個人差や鍛え方によって差異は生じるが、ゴリラ型獣人族の腕力は人間の何十、場合によっては何百倍もの強さを持つのだから。
「!!」
喰らえば、確実に致命傷となる――ロアは、ゴライアの拳を避けようと身構える。
しかし、彼が避ける間もなく、ゴライアの拳は止められた。
割って入ったモロクが、受け止めたのだ。籠手を装着しているとは言えども、片手で。
「っ、モロク……!!」
巨大な後ろ姿に、ロアは呼びかける。
モロクは彼に背を向けたまま、
「初めてにしてあれほどの強度を持つ魔力の壁を作り出せるとは、上出来だ」
モロクは、ゴライアの拳を握ったまま、
「右肩を負傷したのだろう、しばし休んでいろ小童。この男はワシが倒す」