第132章 ~包囲網~
国王が捕らわれた塔の前で、ロア達は応戦していた。
その相手は、ゴライア率いる猿型獣人族の兵達である。前後左右、さらには上、何処から襲ってくるか分からない敵に、ロア達は背を向けあうように陣を作って対応する。
後ろと左右を他の誰かに任せておけば、一先ず不意打ちを受ける事は免れた。
だが、圧倒的な数の差がある以上――油断などしている状況ではない。
「すごい数だ……!!」
猿型獣人族の短剣を受け、ロアはすぐさま反撃に出る。
モロクはその隣で、金属製の籠手を振るい、猿型獣人族達を蹴散らしていた。モロクの巨体から繰り出される一撃は相当の威力を備えており、猿型獣人族の持つ短剣を易々と打ち砕いていく。
「小童、容赦は必要無い。魔法を使え!!」
「っ!!」
モロクの言葉を受けたロアは、猿型獣人族の攻撃を弾き返し、攻撃が止んだ瞬間を見計らう。
大混戦が繰り広げられる中――彼は、唱えた。
「レーデアル……エルダ!!」
会得して間もない、魔法の呪文。ロアが持つ剣に黄色い光が宿される。
その隣で、ロアに続くかのように、モロクが唱えた。
「レーデアル・エルダ……」
囁くような詠唱でも、呪文の効力は変わらなかった。
モロクの装着した両手の籠手が、二つともオレンジ色の光を纏う。
さらに、ニーナも。
「レーデアル・エルダ!!」
小さな体ながらも、勇ましい詠唱。
彼女が愛用する、植物の蔓のような装飾が施されたレイピアに、紫色の光が宿される。
「このままでは数で圧し負ける、また二手に別れよう」
ロア達の放った魔法を警戒しているのか、猿型獣人族達の攻撃の手が弱まる。
ウォーロックとアルニカが後退し、ニーナの言葉が届く距離に入る。
勿論、その間にも周囲の猿型獣人族達からは目を離さない。少しでも隙を見せれば、猿型獣人族の持つ身軽さで、一気に攻撃を仕掛けてくるかも知れないのだ。
「片方がここで連中を食い止め、もう片方が塔に入り国王を救う……そういう事ですか?」
ツインダガーを手の中で回しつつ、アルニカがニーナに問う。
ニーナは頷き、
「とにかく陛下の身が心配だ、私は陛下を救いに行く。他には……」
ニーナがロア達を見渡すと、
「ここはワシと小童に任せろ、陛下の身が第一だろう」
「!? だけど、二人だけじゃ……!!」
モロクの提案に、アルニカは反論する。
応じたのは、ロアだ。
「いや、アルニカ。今は国王様の救出が第一だ、そっちに人数を割いた方が良い」
「それに、ワシらは二人とも魔法を扱える。心配は無用だ」
「あっ……」
アルニカは気付く。
そう、モロクは既に魔法を扱える。さらにはロアも、訓練によって多少なり魔法を扱えるようになった。
熊型獣人族故の圧倒的な攻撃力に加えて、魔法まで扱えるモロク。14歳にして、大人でも習得の難しい高等剣術を扱えるロア。普通に考えても、彼ら二人だけでも結構な戦力になるだろう。
(そうだ、私はまだ……)
アルニカは、自らの持つ二本のダガーにはめ込まれた魔石を見る。
彼女だけでなく、ロアとルーノも、ユリスから魔石付きの武器を授かっていたのだ。
しかし、彼ら三人の中で唯一、アルニカだけは魔法を扱う事に成功していない。
(っ……!!)
このような状況にも関わらず、アルニカは劣等感――悔しさに似た気持ちを持ってしまう。
魔法が扱えない以上、自分はロアとルーノに劣っているのだろうか、と。
「ではロア、モロク、この場は頼む。ウォーロック、そういう事だ」
ニーナは視線を上げ、唯一の味方であるゴーレム――ウォーロックを見上げた。
「了解シタ。必ズ陛下ヲ助ケ出ソウ」
ゴーレムの言葉でも、人間と変わらない感情が感じられた。
ニーナは頷き、アルニカを呼ぶ。
「さあ、アルニカ」
「……はい」
アルニカは、視線をダガーからロアへ移す。
ロアの純粋な瞳が、彼女を映し出した。
「ここは任せて、そっちは頼んだよ」
「……うん」
オレンジ色の髪を翻しつつ、アルニカはニーナ、そしてウォーロックに続く。
彼らは一旦身を隠し、塔の前に立ち塞がる猿型獣人族達の首領――ゴライアの隙を伺うつもりなのだ。
「何だ……お仲間は逃げちまうのか?」
ゴライアが、ロアとモロクへ気怠げに発した。彼らの周囲では、猿型獣人族達が両手の短剣を打ち鳴らしている。
しかし、大半はロア達によって倒されており、その数は目に見えて減少していた。
「貴様こそ……随分と取り巻きが少なくなっているが?」
「……」
ゴライアは葉巻を燻らせつつ、憎々しげにモロクとロアを見つめる。
少しの間を置き、彼は猿型獣人族達に命じた。
「やれ」
猿型獣人族達が、一斉にロアとモロクへ襲い掛かる。
彼らがその短剣の射程に入る前に、モロクは呪文を唱えた。ロアがこれまで、聞いたことのない呪文を。
「レーデアル・ウォルブ」“光の波よ”
呪文の後、モロクは籠手を地面に打ち付ける。
彼の拳が地面にめり込むと同時に、モロクとロアを中心に突如、オレンジの光が拡散した。
その様子は水面に落とした雫が波紋を作る様子を思わせるが、それと決定的に異なるのは、光の波紋が威力を帯びている事。
地面を浅く抉り取り、土埃を舞わせながら、光の波は猿型獣人族達全員を蹴散らしていく。
「なんだこの魔法……? ギッ!!」
魔法道具を持っている訳でもない猿型獣人族達には、対抗する手段などある筈も無い。
数十人程の猿型獣人族達は、モロクが放った魔力の波によって弾け飛び、蹴散らされた。
「今のは……」
その様子を見ていたロアが、目を丸くしてモロクに問う。
「魔力の使い方は実に多種多様、鍛錬を積めば、ヌシも使えるようになる」
モロクは、ゴライアへと視線を向ける。
「さあ、残るはヌシだけだぞ」
取り巻きの猿型獣人族達は蹴散らした、残るはゴライア、ただ一人だけだった。
「いい気になるなよ、俺様に勝てるとでも思っているのか?」
ゴライアは同時に、指をパチンと鳴らす――その合図を受け、周囲の茂みから十数人の猿型獣人族達が現れた。
「!? まだ居たのか……」
ロアが発する。
万が一の為に、ゴライアは予備戦力として温存していたのだろう。
「今度は……俺様も相手してやる」
ゴライアは葉巻を捨て、無造作に踏み消す。
続いて、彼は呪文を唱えた。
「アピーシア」“出でよ”
その瞬間、ゴライアの右手に現れた物を見て、ロアは驚愕する。
「あれは、まさか……!?」
ゴライアが魔法によって出現させたそれは、巨大な鉄の塊だった。
しかし、よくよく見ればそれは鉄の塊などではなく、巨大な銃である。
幾つもの銃口が円形に配列され、見るからに殺傷力の高そうな銃だ。
「蒸気機関銃……あんなものまで手に入れていたか」
ゴライアが持ち出した銃を見やり、モロクは呟いた。