表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/158

第131章 ~ジェブロス~


 仕掛けて来たのは、ゴライアではなく彼が率いる猿型獣人族達だった。

 両手に持つ短剣をまるで踊るような仕草で振り回しつつ、彼らはロア達へと迫り来る。

 

「キキキキッ、ボスの命令だ……死んでもらうぜ!!」


 ロア達は円形に立ち、他の誰かへと背中を任せる。

 ゴライア率いる猿型獣人族達を迎え撃つ、五人の円形――それを構成する一人、ロアは剣を構える。

 自身の右隣にアルニカ、左隣にモロクが立っているのが見えた。


「死角からの奇襲に注意しろ小童、猿型獣人族の身軽さは並外れているぞ」


「分かってる……」


 ロアはモロクに返しつつも、周囲への警戒を怠らない。

 モロクの言った通り、猿型獣人族の持つ身体能力は奇襲に適している。

 ジャンプ力や走力に加え、彼らは壁をよじ登る事も得意とする種族。

 さらにこの場には、木や民家――猿型獣人族達が用いるに適した物は、無数にある。


「あいつは……仕掛けて来ないのかな?」


 アルニカに問われ、ロアは彼女の視線の先を見やる。

 猿型獣人族を率いるリーダー、ゴリラ型獣人族のゴライアが葉巻に火を付け、立っていた。

 今の所、襲い掛かってくる様子は無い。


「高みの見物……でもするつもりかな」


「猿型獣人族は勿論、奴の動きにも注意したまえよ、君達」 


 ニーナに忠告され、ロアとアルニカは頷く。

 ゴライアはバラヌーン、つまり魔族の手先だ。

 どんな手で攻撃を仕掛けて来るか、どんな戦法を用いるのか――手の内が全く読めない以上、油断は禁物である。


「後ロハ、ワタシ二任セロ」


「うん。頼んだよ、ウォーロック」


 ロアは周囲に気を払いつつ、ウォーロックに返した。

 その次の瞬間――猿型獣人族が一斉に、ロア達へと切り掛かって来た。






「どうすりゃいい!?」


 地下へと続く空洞――停止した昇降機の上で、ルーノは切迫しつつ言う。

 その視線の先には、巨大な蜘蛛の魔物が居る。

 

「そうだな……とりあえず、近付いて来たらその剣を喰らわせてやれ。んん?」


「それまではどうすんだよ!?」


 ルーノが問い返すと、バドは化け物を見上げたまま銃を構えた。

 その口に銜えられた煙草から、緩やかに煙が昇っている。


「決まってんだろ、何の為の銃だと思ってんだ……」


 バドは、銃口をジェブロスへ向ける、そして。


「んん!?」


 その、彼の独特の語尾と共に――バドは引き金を引いた。

 火花で薄暗い空洞内が一瞬明るく照らされる、一瞬にも満たない時の後、バドの放った銃弾はジェブロスに着弾した。

 固い木の実を勢いよく潰すような音と共に、ジェブロスの外殻が少しだけ陥没する。

 しかし、弾丸は蜘蛛型の魔物を撃ち抜く事は無く、弾かれた。


「ジュルルルル……!!」


 ジェブロスの六つの赤い目が、バドとルーノを見下ろしている。

 その顎がウネウネと蠢き、不気味だった。


「チッ、なんて固い体してやがんだ、んん?」


 バドは次の弾丸を装填し、銃口を再び化け物へ向ける。

 その瞬間だった、ジェブロスの口から白い糸が伸び、バドの右腕に絡み付いた。


「!?」


 右腕を捕らえられた、バドがそれを理解した瞬間、ジェブロスはその巨体を大きく横へ振る。

 その勢いが糸を通じて、バドにも伝わった。

 まるで振り子のように、彼の体が横に引かれる。


「うおあっ!?」


 右腕に絡んだ糸を振りほどこうとするものの、バドにその猶予は与えられなかった。

 バドの背中が、昇降機の柵に打ち付けられる。


「んぐッ!!」


 その衝撃で、彼の銃がその手を離れ――昇降機と周囲の岩肌の隙間から落下していく。


(しまっ……!!)


 落としてしまった銃を惜しんでいる余裕など、与えられなかった。

 バドの右腕には、まだジェブロスの糸が絡み付いている。

 このままでは、彼はさらに痛手を負う可能性があるのだ。


「無理やり縛られて喜ぶ趣味はねえんだよ、んん……!!」


 軽口を叩きつつも、バドは必死に腕に絡んだ糸をほどこうとする。

 しかし、どれ程力を込めて引き千切ろうとしても、ジェブロスの糸はびくともしない。


「バド!!」


 ルーノは剣を振り上げて、バドへと走り寄る。

 兎型獣人族の脚力を発揮して大きく跳躍し、バドの右腕を捕らえている糸へ剣を振り上げる。


「レーデアル・エルダ!!」


 ルーノの持つ剣が、黄色い光を纏う。

 彼は勢い付いたまま、バドを捕らえているジェブロスの糸を両断した。

 糸から解放されたバドは、後方へよろける。彼は腕に絡み付いた糸を、憎々しげに取り払った。


「大丈夫か?」


 ルーノは、バドに歩み寄る。


「どうってこたねえ、だが銃を落としちまったな、んん?」


 バドは立ち上がる。

 視線をジェブロスへと向けると、怪物は身を縮めるようにしていた。

 その体がまるで、風船のように膨らみ始めているのが分かる、何かを吐き出そうとしている――。


「……まずいな、飛ぶぞ」


「は!?」


 返事をする事も無く、バドはルーノの小さな体を軽々と片腕で抱え上げた。

 バドの意図が分からず、ルーノは困惑する。


「ちょ、おい!?」


 バドの腕の中で、ルーノは足をばたつかせる。


「喋んな、舌噛むぞ。んん?」


 そう言い放ったと思った瞬間、バドはルーノをその腕に抱えたまま昇降機の柵へと走り寄る。

 そして彼は軽々と柵を飛び越え、柵と周囲の岩肌の隙間の部分へと飛び込む。

 詰まる所、彼は昇降機から自ら飛び降りたのだ。ルーノもろとも。

 直後、ジェブロスは吐き出した。何本もの毒針を。

 毒針が雨のように降り注ぎ、バドとルーノが立っていた昇降機に突き刺さる、毒針は鉄に突き刺さる程の硬度だった。

 もしも昇降機に立ったままで居ようものなら、あの毒針の餌食となっていただろう。


「う、うおわああああああああ!?」


 悲鳴にも似た、ルーノの叫び声が空洞を反響する。

 危機は脱したと言えども、現在も十分に危機的な状況だった。

 薄暗い空洞を落ちて行くのは、ルーノにはとてつもない恐怖感があった。


「あんま喚くな、うっとうしいぜ。んん?」


 ルーノの体を抱えたまま、バドも共に落ちて行っている。

 しかし彼はルーノと違い、冷静さを保っていた。


「喚くなってオマエ……!!」


 凄まじい風圧が、ルーノの毛並や長い耳を揺さぶる。


「心配するこたあねえよ。俺達蝙蝠型獣人族の目は、暗い中でもよく見えるんだからよ」


 バドは続ける。


「それにお前さん、俺の背中の翼が見かけ倒しとでも思ってんのか、んん?」


「……!!」


 改めて、ルーノは思い出す。バドが何の獣人族なのかを。

 彼はそう、蝙蝠型獣人族だ。


「さて、じゃあ少しの間黙ってろよ。んん?」


「……分かったよ」


 バドの腕に抱えられたまま、ルーノは頷く。

 その次の瞬間、バドは翼を広げた。その瞬間に降下する速度が落ち、ルーノの目にも地面が見えてくる。

 蝙蝠型獣人族の飛行能力を発揮し、バドはふわりと地面へ着地する。

 地下には別の明かりが灯されており、ルーノの目にも周囲の状況を確認する事が出来た。


「っと……」


 ルーノは、バドの腕の中から抜け出す。

 ふと、地下洞窟の片隅に落ちていた銃が目に留まった、バドが落とした物である。

 銃を拾い上げて、ルーノはバドへ手渡した。


「ホラよ」


「ん、悪いな」


 バドは銃を受け取ると、砂埃を払い落した。


「!!」


 はっとしたように、ルーノは視線を上げる。


「どうした?」


「……追って来てるみてえだ、あの化け物」


 ルーノの耳は、その音を捉えていた。

 八本の脚を持つ蜘蛛型の魔物、ジェブロスの独特の足音が近づいて来る音を。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ