第130章 ~ゴライア~
ジェブロスの赤い六つの目が、ゆらゆらと薄暗い空間に浮かんでいた。
黒い外殻を持つ蜘蛛型の魔物は、その巨大な脚を壁に突き立て、昇降機の上に居る二人を見下ろす。
不気味な鳴き声が反響し、バドとルーノの耳に届いて来る。
「おいおい、あんなヤツが出るなんて聞いてねえぞ……!?」
「……迂闊だったな、んん?」
狼狽えるルーノに対し、バドは冷静だった。
彼は銃に弾を込めつつ、
「易々とゴーレムを止めさせる気はねえって事だ、あの怪物は、いわばゴーレムの動力源を守る番犬ってとこか。んん?」
ルーノは理解する。
魔族は、彼らの勢力でもあるゴーレムを停止させられない為に策を打っていた。
この地下へと繋がる空洞に、あの怪物――ジェブロスを潜ませていたのだ。
バドの言う通り、ゴーレムの魔石を守る番犬として。
「どうすんだよ、昇降機は動きそうにねえぞ……!?」
ルーノは、自らが立つ昇降機に視線を降ろした。
バドとルーノを乗せた昇降機は、動く気配など無い。
「簡単な事だ、あの化け物を始末すりゃ済む話だろ。んん?」
ガシャン、とバドは銃を鳴らす。
ロア、アルニカ、ニーナ、モロク、ウォーロック。
彼らは、戦火の舞うヴァロアスタの街を駆けていた。
魔族や魔物達、さらにゴーレムが時に彼らを襲うが、ロア達は出来うる限り労力を割かず、先に進む事を第一に進行していく。
ロア達の目的は他でも無い――囚われた国王を助け出す事。
一刻の猶予も、残されてはいないのだ。
「ニーナ、腕は大丈夫なの?」
ロアは、自らの前方を走るニーナに問う。
薬で応急手当はしたものの、ニーナは腕を押さえながら走っていた。
その表情をしきりにしかめている事からも、痛みが完全に引いていない事は見て取れる。
「私の心配は要らない、今は自分の身、それから陛下を救う事を考えたまえよ」
ニーナは、レイピアを利き腕の右手では無く、左手で握っている。
「シャルトーンの言う通りだ小童、どうやら来たようだぞ」
モロクの言葉の直後に、敵が現れる。
魔族の策略によって、本来守る筈のヴァロアスタ王国に牙を剥けた一体の石人形。
ロア達は立ち止る。
「ゴーレム……!!」
そう発しつつ、ツインダガーを握るアルニカ。
「ワタシ二任セロ」
ウォーロックが先陣を切り、敵のゴーレムへと突っ込んだ。
石で出来た体に大柄な体格にも関わらず、その動きは素早い。
数秒という僅かな時間で敵のゴーレムとの間合いを詰め、ウォーロックは敵のゴーレムに仕掛ける。
巨大なゴーレムが、正面から衝突する。
敵のゴーレムがウォーロックに向けてパンチを繰り出す、ウォーロックはそれを片手で受け止め、もう片方の手で敵の腕を掴む。
次の瞬間に、ウォーロックは敵ゴーレムの腕を握り砕き、続けざまにその頭部分に一撃を加えた。
敵ゴーレムの頭部分は砕かれ、粉々になる。
「……」
今し方打ち倒したゴーレムの残骸を、ウォーロックは見下ろす。
その後ろ姿に、ロア達は駆け寄った。
「強いね、ウォーロック」
全く同じ外見にも関わらず、ウォーロックの一方的な勝利だった。
「……他ノゴーレム達ハ操ラレテイルガ、ワタシハ自分ノ意思デ戦ッテイル。当然ダ」
ロアを見下ろしつつ、ウォーロックは応じた。
石だけで造られたその顔には、二つの丸い緑色の目が付いているだけだ。
表情など読み取る事は出来ないが、どこか悲しげに見える。
「仲間だったの? このゴーレム……」
問うたのはアルニカ。彼女の視線の先には、先程ウォーロックが倒したゴーレムの残骸が。
「……」
ウォーロックは、小さく頷いた。
かつて、ヴァロアスタに仕えるという共通の志を持った友だったが、今は魔族に使役され敵となっている。
一体だけ、唯一魔族の策略から逃れられた、故に仲間を倒さなくてはならなくなってしまったウォーロック。
ゴーレムにも、人間のような心が在るのだろうか。
「君達、立ち止まっている場合では無いよ」
ニーナが、ロア達の背中へ促す。
ロア達が振り返ると、今度はモロクが紡いだ。
「こうしている間にも、尊い命が奪われている。ワシらが止めない限り」
「……うん」
ロアは頷く。
そして彼らは駆け出した。国王を、そしてヴァロアスタを戦火から救う為に。
魔族達やゴーレムの襲撃を掻い潜り、ロア達はその場所を視界に捉えた。
「見えてきた、あそこだよ」
ニーナが指差した先を、他の者達は視線で追った。
レンガで組み上げられた、巨大な時計塔が陽の光を受け、鎮座している。
「っ、止まりたまえ」
時計塔の入り口に向かっていたロア達、しかし先頭を切っていたニーナが、突然他の者達を制した。
彼女はロア達を背に、レイピアを構える。
何事か――後方のロア達は、ニーナの後ろから前方を見やる。
そこには、居た。
「……ヴァロアスタの飼い犬風情が、俺様達に敵うとでも思っているのか?」
時計塔の入り口を塞ぐように、その男は仁王立ちしている。
体中を覆う黒茶色の毛並、モロクに勝るとも劣らない巨大な体格。
さらには射抜くような鋭い視線といい、モロクを思わせる特徴を備えた、ゴリラ型獣人族の男だ。
その男――「ゴライア」は、口に銜えた葉巻を無造作に足元へ捨て、踏み潰した。
確かめるまでも無く、味方である筈など無い。
「バラヌーンか?」
剣を構えつつ、ロアは問う。
「……どんなネズミが来るかと思えば、餓鬼共ばかりじゃねえか。ヴァロアスタも人手不足か? くく、がっははははははは!!」
ゴライアはロア達を一瞥した後、吐き捨てるように紡いだ。
彼の高笑いが、響き渡る。
「ぐっ……!!」
ゴライアの侮辱に憤慨し、アルニカはツインダガーを構えようとする。
しかし、ニーナが彼女を制した。
動じる様子も見せず、ニーナはゴライアへ問う。
「君達の目的は何だ?」
するとゴライアは、笑うのを止める。
「決まっているだろう、我々にとって一番の脅威であるこの国を、叩き潰してやる事だ」
三大国最強のヴァロアスタ王国は、即ちアスヴァン最大にして、最強の国家だ。
魔族は一番の脅威であるこの国を落とす為、魔族の兵や魔物、そしてバラヌーンを送り込んだのである。
「我々にとって最大の脅威と言われていたが、いざ攻めてみればどうだ? ゴーレム共も乗っ取られ、俺様達の力の前に手も足も出てねえじゃねえか!!」
煽り立てるかのように、ゴライアは続けた。
「アスヴァン最強の国家が聞いて飽きれるぜ、こんな糞不甲斐ねえ国、俺様達の手で滅ぼしてやる……全く以ていい気味だ!!」
ゴライアは再び、高笑いを発し始める。
ヴァロアスタの者全てを卑下し、侮辱し尽くした笑い声を。
「……糞不甲斐ないのは、君達の方だ」
ゴライアに言い返したのは、ニーナでも無く、モロクでも無く、ウォーロックでも無かった。
発したのは、ロアだ。
「魔族の力に委ねなければ、何も出来ない臆病者のくせに……そんな事を言う資格は無い!!」
「何……!?」
ゴライアの表情から、笑みが消える。
「ロアの言う通りだね、魔族にすがらなければ大きな口を叩けない、見かけ倒しな臆病者と判断する」
「中々良い事を言うものだ、小童」
ニーナとモロクも、ロアに続いた。
ゴライアは怒る、自ら自身の手を握り潰しかねない力で、その拳を握っていた。
「手前ら……!!」
「さっきから偉そうなことばかり言っているけれど、多勢に無勢ですよ」
アルニカが言う、状況は確かに多勢に無勢だ。
ロア達に対して、相手はゴライアただ一人、ロア達にとって圧倒的有利な状況である。
するとゴライアは怒りを引かせ、
「そいつは俺様の台詞だ」
ゴライアの言葉を合図にするかのように、どこからともなく彼らが現れる。
独特の声を発しながら集結し、ロア達を取り囲んでいくのは、ゴライアの僕――短剣で武装した、猿型獣人族達だ。
ロア達は身構える。
「俺様達のテリトリーに入った時点で……手前らは終わりだ」
ロア達の人数を余裕で越える程の数の、猿型獣人族達――ゴライアの伏兵。
しかし、ロア達は誰一人として、恐れを浮かべる様子は無い。
彼らの選択肢はただ一つ、立ち向かう事のみ。