第11章 ~急襲~
翌朝、三人はラータ村へと続く森の中を歩いていた。木が風にざわめく音と、遠くから鳥の鳴く声も聞こえる。
この森をぬければ、ラータ村まではあともう少しだ。
このまま進んで行けば、今日中には村へと辿り着けるだろう。
「ルーノ、どうかしたの?」
今日のルーノはやけに静かだった。何か話しても、「ああ……」としか答えない。
彼は何かを観察しているように、じっと辺りを見回している。
「……ちょっとな……」
ロアの問いかけにそう一言だけ答えて、ルーノは再び辺りを見回す。
「どうしたんだろう、ルーノ?」
ロアがアルニカに耳打ちする。
「さあ……」
軽く首をかしげて、アルニカが答えた。
「うわっと!!」
不意に、ロアとアルニカの前を歩いていたルーノが立ち止まる。
ぼす、ルーノのしなやかで青い毛の生えた背中に、ロアはぶつかった。
「ちょ……ルーノ!? いきなり止ま……」
アルニカが言いかけたのを遮り、ルーノは人差し指を口元にあてながら、
「アルニカ、静かに……」
後ろにいたアルニカに静かにするよう促して、ルーノは二人に背を向けたまま立っている。
そのまま三人は一言も発せず、じっと立ち止っていた。沈黙の状況が数十秒続いて、しびれを切らしたアルニカが、
「……ねえ、ルー……」
「くっ!!」
呼ぼうとした瞬間、背を向けていたルーノがいきなり振り向く。
アルニカの方へ手を伸ばしたと思うと、ぐっと彼女の手首をつかんだ。そして力の限りに彼女の腕を引っ張って彼女に膝をつかせ、自らも姿勢を低くする。
次の瞬間、草がざわめく音と共に、巨大な影がアルニカの真上を飛び、そして草木が生い茂った森の中へと消えていった。
「っ!!」
脇にいたロアは、腰に下げていた剣を抜く。
そして影が消えた方を見るが、そこには何もいない。ひとまずロアは、アルニカの元へ駆け寄った。
「アルニカ、大丈夫!?」
「う、うん……ルーノのおかげで……でも今のは何……?」
ロアが手を貸して、アルニカは立ち上がった。ルーノも腰の鞘から剣を抜いて、
「ちっ、やはり気のせいじゃなかったか……!!」
周りの様子に気を配りながら、そう言った。ルーノはロアとアルニカの方へと振り向いて、
「ロア、アルニカ、走れ!! ここを離れるぞ!!」
二人に走るように促して、自らは駆けだす。ロアとアルニカもルーノに続いた。
走り続けて数分経っただろうか、気が付くと森を抜けていた。
そこは崖の上で、下には川が流れている。
「はぁ、はあ……ルーノ、あの化け物は……?」
息を切らせながら、ロアがルーノに聞いた。
兎型獣人族の少年は、
「ありゃ『グール』だな……」
「……グール……!?」
いつだっただろうか、ロアは書物でその名を目にした記憶があった。
アルニカが、
「でも、グールって山の奥深くにしかいないはずじゃ……」
「……理由を探ってる余裕はなさそうだ、追ってきてるぞ!!」
ルーノのその言葉に、ロアは身構えた。
アルニカは腰の鞘から二本のダガーを引き抜き、両手に逆手に構えた。
そして三人は、背を向けあう体制をとる。あの化け物はいつ、どこから来るかわからない。
しかしこれならば、少なくとも後ろから不意を突かれる心配はないだろう。
森の中から、そいつは現れた。四本の脚、狼と豚を足したような風貌、土色の体色。その体長はロア達よりもはるかに大きい。口の脇には、長く伸びた犬歯がはみ出していた。
この化け物は「グール」と呼ばれている。気性が荒い肉食動物だ。
三人を視認した瞬間、グールは巨体に似合わず、かなりの速さで突進してきた。
「避けて!!」
ロアがそう叫んだ、三人はそれぞれ別の方向へと飛びのき、突進をかわす。
三人のすぐ横を、グールが猛スピードで駆け抜けて行った。あの突進を一度でも喰らえば、それで終わりだろう。
目標を失ったグールは、突進を止めて辺りを見回し――そして、一番手近にいたアルニカへと狙いを定めた。
「っ……!!」
自分が狙われていることに気付いたアルニカは、地面から一握りの砂を掴む。次の瞬間、グールが砂埃を上げながら突進して来た。
アルニカは立ち上がると、突進してきたグールの顔に向かって思い切り砂を投げつけた。
投げつけた砂は、グールの顔面へと直撃した。
「ガアアアアァアァアア!!」
グールは突進を止めて、暴れ馬のように体を震わせている。
今あの怪物の両目には、かなりの痛みが走っていることだろう。
その隙を突いて、ロアがグールへと走り寄る。直にこいつの目は回復する、この化け物を沈黙させるには今しかない。彼はそう思った。
「だああぁああ!!」
グールの背中に、ロアは力の限りに剣を振り下ろした。
「……?」
剣がグールの背中に食い込んだ時、ロアは違和感を感じた。
手ごたえを感じない。この化け物は、厚い脂肪にでも覆われているのだろうか、そう思った瞬間だった。
「がッ!!」
ロアの腹部に凄まじい痛みが走った。まるで大木で殴られたような、激痛。
それは、グールのタックルによるものだった。視覚を奪われていても、おそらく今のロアの攻撃で場所を察知したのだろう。
「がはッ!!」
ロアは数メートル飛ばされて、砂埃を上げながら地面へと転げた。
「ロア!!」
アルニカとルーノがロアに駆け寄り、彼を助け起こす。「大丈夫か?」ルーノがそう言う。