第125章 ~追い迫るゴーレム~
何かが、起きている。
今この国で、このヴァロアスタ王国で、何かが起こっている。
ロア達がそれを理解するのには、さほどの時間を要しなかった。
「何が……!?」
モロクの家に居たロア達、そしてモロク。
彼らは外からの轟音と悲鳴を聞きつけ、飛び出した。
そして、間髪入れずに――彼らの瞳に飛び込んで来る。
ヴァロアスタ王国の、惨状が。
「何これ、何が起きてるの……!?」
言ったのはアルニカ。
彼女は、表情を驚愕と戦慄に染めていた。
否、彼女だけでは無い。
ロアとルーノも、眼前に広がる光景に言葉を失っている。
先程まで、人々が行き交っていたヴァロアスタ王国の街。
そこに、無数の悲鳴や轟音が響き渡っていた。
男性の悲鳴、女性の悲鳴、幼い子の悲鳴、老人の悲鳴――まるで合唱のように、辺りを覆い尽くしている。
逃げ惑う人々で、街内は混乱に陥っていた。
その人々を追っているのは、石人形――ロア達が地下で見た、ゴーレムだ。
全く動くことの無かったゴーレムが、その巨体と質量に見合わない速度で人々を追い、襲っている。
「止められなかったか……!!」
絞り出すようにして紡がれた、モロクの言葉。
険阻な面持ちと共に発せられたその言葉を、ルーノは聞き逃さなかった。
「どういう意味だよ!? 一体何が……」
「この状況を見て、説明している余裕があると思うか?」
一時、モロクはロア達と視線を合わせる。
すると彼は踵を返し、家の中へと戻って行った。
数秒――戻ってきたモロクは、ロア達に各々の武器を投げ渡す。
ロアとルーノには剣、アルニカにはツインダガーを。
「!! ちょ……」
驚きつつも、自身の剣を受け取ったロア。
モロクは自身の両手に金属製の籠手を嵌めつつ、三人に命じた。
「武器を持つがよい、戦争はもう始まっている」
モロクは、装備した金属製の籠手をガシャリと鳴らした。
直後、一人の少年がロア達へと走り寄って来た。
鎧を着ている事から、エンダルティオの者だと分かる。
「モロクさん大変です、街の至る所でゴーレムが暴れて、国民を襲っています!!」
ロア達には目もくれずに、鎧を着た少年はモロクへ言う。
モロクは、少年へ返した。
「シャルトーンは何処に居る!?」
「分かりません、ニーナ様は城には居ないようで……!!」
その時、少年の背後から一体のゴーレムが迫って来た。
ゴーレムが歩を進める度、地鳴りのような足音が響き渡る。
「危ない、後ろ!!」
ロアは、少年に向かって警告する。
エンダルティオの少年は、弾かれるように振り向く。
その時、ゴーレムは既に腕を振り上げていた。
「!! うああああああッ!!」
外見だけでも、岩で構成されたゴーレムの重量は相当なものだ。
例え腕だけであろうと、十分に凶器に値する。
ゴーレムの腕の直撃を受け、少年は弾き飛ばされる。
後方の壁に、少年は背中から叩きつけられた。
「ぐあッ!!」
その場にしゃがみ込む少年――モロクは駆け寄り、彼を助け起こした。
鎧を着ていた事が幸いし、致命傷は免れたようである。
「大丈夫か?」
「!! モロクさん……後ろ……!!」
少年は苦しげな声と共に、モロクに警告する。
先程、少年を弾き飛ばしたゴーレムがモロクへと迫っていたのだ。
後方から、ゴーレムはモロクに向けて腕を振り上げ――彼の頭を打とうとしていた。
「モロク、危ない!!」
ロアの声が響く。
モロクが振り返った時には、ゴーレムの腕が振り下ろされていた。
直撃すれば、石人形の腕はモロクの頭を打ち砕くだろう。獣人族と言えど、一溜まりもある筈は無い。
しかし、ゴーレムの腕がモロクを打つより先に――それが起きた。
籠手を装着したモロクの拳が、ゴーレムの腹部を打ち抜いたのだ。
硬度の高い石で出来たゴーレムが、崩れる。
「ちょ……!!」
「やば……!!」
ロアとアルニカは、ほぼ同時に漏らした。
飛散したゴーレムの残骸が、ロア達の側にまで転がって来る。
その一部を、ルーノは剣の鞘で突いた。
「これ、脆いって訳じゃねえみてえだぞ……」
ゴーレムを構成する石は、決して脆い材質では無い。
にも関わらず、モロクが繰り出した一撃はいとも簡単に、ゴーレムの体を打ち砕いてしまった。
熊型獣人族の腕力は、伊達では無い。
モロクは少年を助け起こし、彼に命じた。
「騎士団、及びエンダルティオ全員に出動命令を出すよう伝えてくれ。これは国家規模の非常事態だ……!!」
「っ、はい……!!」
少年はよろけつつ、走り去って行った。
彼を見送り、モロクはロア達を振り返る。
「ゴーレム共を止めねばならん、ヌシらにも力を貸して欲しい!!」
ロア達は一度、顔を見合わせる。
そして代表するように――ロアは力強く、モロクへ応じた。
「もちろん、僕達も……!!」
モロクは数度頷き、そして籠手を握る。
先程、彼が打ち砕いたゴーレムの破片が、バラバラと地面に落ちた。
「行くぞ!!」
モロクがそう言い、走り出す。
ロアとルーノは剣を、アルニカはツインダガーを抜き、モロクの背中に続いた。
無数のゴーレム達が、ヴァロアスタ王国で暴れていた。
数えるのも馬鹿らしくなるほどの石人形が街を破壊し、人々を襲っている。
騎士団や、エンダルティオの少年少女達。
国を守る役目を担う彼らは、果敢にも巨大なゴーレム達に応戦していた。
けれど、ゴーレムの力は人間とは比べようも無い、戦況はどう見てもゴーレム達が優勢である。
「反則だぜ、こんな奴ら……!!」
騎士団やエンダルティオの少年少女達、対するゴーレム。
戦場と化したヴァロアスタ王国。
ルーノは黄色い光を帯びた剣を片手に、ゴーレムに応戦していた。
「!!」
ゴーレムが持つ石製の剣が、ルーノに向けて振り下ろされる。
それを感じ取ったルーノは両足に力を込め、後方へ飛び退いた。
ルーノが立っていた場所にゴーレムの剣が振り下ろされ、轟音と同時に地面が陥没する。
(一撃喰らえば、ミンチになっちまう……!!)
ゴーレムは執拗だった。
攻撃を避けられても、さらにルーノに向かって攻撃を重ねてくる。
ルーノに向けて、ゴーレムは横に振り抜くように剣を振る抜く。
「っと!!」
ルーノは兎型獣人族の脚力を発揮し、跳んだ。
彼はそのまま、剣でゴーレムの体を一閃する。
ゴーレムの体が砕け、無力な石の欠片と化した。
魔法の力を宿した剣ならば、固い石の体を持つゴーレムをも倒せるようだった。
(アイツに感謝しねえとな……!!)
ゴーレムを撃破し、地面に着地したルーノ。
彼は自身が持つ剣の光を見つめつつ、心中で呟いた。
アイツとは、ニーナの事である。
ニーナが居なければ、ルーノは魔法を使いこなせるようにはならなかった。
魔法を使えていなければ、彼はゴーレムに相対出来なかっただろう。
「!! ルーノ、そっちに行った!!」
声の主は、ルーノの側で戦っているロアだ。
彼もルーノと同じく、黄色い光を纏った剣を振るい、ゴーレム達と交戦している。
「!! マジかよ……!!」
ルーノの耳が、二体のゴーレムの足音を捉えた。
一体では倒せないと考えたのか、ゴーレムは二体掛かりでルーノを叩き潰す気のようである。
(やべ、今度は二体か……!!)
一体でもかなりの破壊力を持つゴーレム、それを二体同時に相手に出来るか――ルーノは戸惑う。
けれど、ロアもアルニカも戦っており、彼らに助けを求める余裕は無さそうだった。
(けど、やるしかねえ!!)
ルーノは剣を構え直す。
二体のゴーレムが走り、迫って来る――その時、ルーノの前に突然、巨大な石の壁が出現した。
「!?」
その石の壁は、ルーノに迫っていた二体のゴーレムを止めてしまった。
よく観察すれば、その石の壁には足があり、腕があり、顔もある。
ルーノは理解した。
それは石の壁では無く、一体のゴーレムだ。
ルーノへ追い迫っていたゴーレムを、割って入った一体のゴーレムが食い止めたのである。
「何で……!?」
ルーノは、自身を庇ったゴーレムに向けて発する。
今、ヴァロアスタではゴーレムが暴れている筈だ。
ゴーレム達が街を破壊し、人を襲っている。
にも関わらず、このゴーレムだけは何故、ルーノを庇ったのか。
他のゴーレム達と違い、何故味方するのか。
「助ケニ来タ。貴様二手ヲ貸ソウ」
ルーノを庇ったゴーレムは、どこからか声を発した。
甲冑の兜を模した顔に口は無く、円形の緑色の目が二つ、付いている。
なお、街を襲っているゴーレム達の目は赤色だった。
「どういう事だよ、何でオマエだけ……!?」
このゴーレムに害意は無いようだったが、ルーノは信用できない。
と、ルーノは気付いた。
他のゴーレム達と違い、一体だけ自身に味方するゴーレム――その右足に刻み付けられた数字。
アスヴァンの数字の、「56」という文字に。
「あ!!」
ルーノは気付く。
そう、「56」番のゴーレムは、以前ニーナがロア達にゴーレムを見せた時、ルーノが悪戯した個体。
手の甲部分の魔石を、ルーノが紛失させてしまっていた個体だ。
(あの時の……!!)
ルーノの頭の中で、その推測は容易に立てられる。
この「56」番のゴーレムは、恐らく自身の悪戯で魔石を失い、それが原因となり、他のゴーレムと違って自身に味方しているのだろう、と。
「気ヲ抜イテイル余裕ハ無イゾ、青イ兎型獣人族ノ少年」
予期せぬ味方――「56」番のゴーレムは、ルーノに向かって紡いだ。
石人形が発したとは思えない程、頼りがいの感じられる声である。