第122章 ~陰謀の黒幕~
「……ええ、全ては手筈通りに進んでおります」
ヴァロアスタ王国最上階の廊下。
ドゥネス=オルビアスは、その手に持った水晶玉に向かって話していた。
「心配なさらずとも、誰にも気付かれる心配はありませぬ……」
もっさりとした質感の暗い紫色の髪に、細い目が印象的なドゥネス。
歳は20代半ば、彼はヴァロアスタ王国騎士団副団長を務める男である。
ドゥネスはその身を鎧に包み、背中には愛用する長剣が掛けられていた。
「全ては、ハードゥラス殿下の為に」
その時である。
一つの足音が、ドゥネスの下へと近づく。
「!!」
ドゥネスは慌てて、水晶玉を仕舞った。
直角に折れ曲がった廊下の陰から足音の主が現れたのは、その直後である。
「シャルトーン……」
ドゥネスの発する先には、ニーナ=シャルトーンが立っていた。
小柄で紫色の毛並が印象的な、猫型獣人族の少女。
可愛らしい容姿に反し、その瞳には凛とした雰囲気が湛えられている。
その腰には、彼女が愛用するレイピアが下げられていた。
「誰と話していたのだね? ドゥネス」
静かながらも、威圧感の込められた質問を発するニーナ。
するとドゥネスは、笑みを浮かべつつ応じる。
「何を言っている? 誰とも話など……」
ニーナには、あからさまに誤魔化しの笑みに見えた。
追い打つように、ニーナはドゥネスへ発する。
「私も半信半疑だったよ。だけど、ようやく確信が持てた」
「……!?」
ニーナは、小さな金属の欠片を取り出した。
彼女にとって、最大の武器である品を。
「先日、地下のゴーレム保管用の洞窟で見つけた物だ。これが何だか分かるかね?」
ドゥネスは返事を返さない。
しかし、その表情からは明らかに余裕が消え、動揺に染め上げられている。
止めの言葉を、ニーナが紡いだ。
「鉱物学者に調べさせて、先程ようやく結果が知らされた。これは……君の鎧の一部だ」
ごく小さな金属片だったが、ニーナは見逃さなかった。
さらに、彼女はドゥネスの鎧の肩部分にごく小さな破損があることも見抜いていた。
ドゥネスの鎧は特別製であり、独自の金属で生成されている。
十分に、証拠たりえるのだ。
もしもドゥネスがしらばっくれるなら、ニーナは欠片を破損部分に嵌めようと考えていた。
彼女は他にも幾つか証拠は準備していたが、もう必要無かった。
「ちいっ!!」
ドゥネスはその場で踵を返し、走り去った。
その行動の意味は、最早明白である。
「出たまえ!!」
ドゥネスが走る先へ、ニーナは澄んだ声を張り上げた。
声に応じ、五人の騎士が現れ、ドゥネスへと立ちはだかる。
「く……!!」
ドゥネスには、逃げ場は無かった。
前方には五人の人間の騎士、後方にはニーナ。
挟み撃ちの状態である。
「観念したまえ。君がとった『逃亡』という行動こそ、何にも勝る証拠だ」
ニーナは、ドゥネスに向かってゆっくりと歩み寄る。
「魔族と繋がり、ゴーレムの魔石に細工をし、この国を滅ぼそうとしたのは……陰謀の黒幕は君だったのだね、ドゥネス」
ドゥネスは、視線を下に向ける。
ため息を吐くように息を吹くと、彼は背中の長剣を掴んだ。
「!!」
ニーナと共にドゥネスに立ちはだかる五人の騎士たちは、身構える。
対し、ニーナは腰のレイピアを抜こうともせずに、ドゥネスを見ていた。
「……まさか、そんな証拠を残してしまっていたとは……ぬかったな」
吐き捨てるように言った後、ドゥネスは長剣を抜いた。
その呪文と共に。
「ボルヌアル・エルダ!!」“暗黒の刃よ!!”
その途端、ドゥネスが持つ長剣に、紫色の物体が渦巻き始める。
まるで竜巻を可視化し、紫色に着色した物体。
螺旋を描く形で、剣に渦巻いていた。
「これは!?」
「何だ!?」
怯む騎士達――ドゥネスは彼らに向かって、剣を振った。
同時に、紫色の竜巻が爆散し、騎士達を弾き飛ばす。
「うあああああッ!!」
ドゥネスの長剣は、騎士達には届いていなかった。
しかし、長剣から発せられた紫色の竜巻――魔力の力が、彼らを蹴散らしたのだ。
五人の騎士達は全員、廊下に倒れ伏す。
「う、ぐ……」
絶命した訳では無かったが、戦える状態には無かった。
彼らを見下ろし、ドゥネスはほくそ笑む。
「闇の魔力を操る力、か……そんなものまで入手していたとはね」
ただ一人残った、ドゥネスの邪魔者。
ドゥネスはニーナを振り返る。
「シャルトーン、俺と一緒に魔族に来ないか?」
片手には、魔力を帯びた長剣。
もう片方の手を、ドゥネスはニーナに向かって伸ばしていた。
この手を取れ、自分と共に来い、まるでそう告げているかのように。
「聡明なお前ならば分かるだろう、この力の素晴らしさ、強さを……!!」
しかし、ニーナはドゥネスの誘いを跳ね退けた。
一片の躊躇いも、僅かな葛藤も無く――ただその言葉で。
「愚問だな、答える時間も惜しくなる」
ドゥネスの表情から、笑みが消える。
長剣を握る手に、力が込められる。
誘いに乗らない以上、ドゥネスにとってニーナは、邪魔者以外の何者でも無かった。
だとするならば、ドゥネスが取るべき行動はただ一つ。
ニーナ=シャルトーンを、この場で永遠に消し去る事だ。
「くたばれ、このクソ猫娘!!」
魔力を帯びた長剣を振り上げたと思った瞬間、ドゥネスはニーナに向けて振り下ろした。
先程、騎士達に向けた攻撃とは段違いな強さだ。
ニーナの立っていた場所が、轟音と共に砂煙に包まれる。
――死んだか、騎士団団長と言えどもこの程度か。
心中で、ドゥネスは吐き捨てる。
「君はどうやら、青い兎型獣人族の彼よりも口が悪いようだね」
しかし、ニーナはドゥネスが思うように、簡単に片付けられる相手では無かった。
後方から発せられた彼女の声に振り向くと、ニーナが何事も無かったように立っている。
「そして君は愚かだな、同情すら覚える程に」
「何だと?」
ニーナは紡ぐ。
淡々としていつつも、ドゥネスを卑下する言葉を。
「魔族の力に魅入られ、邪悪な誘惑に屈したという事だろう。愚かで、それでいて弱い」
ドゥネスの鋭い目が、ニーナを捉える。
けれどもニーナは冷静さを崩す様子も無く、毅然とした面持ちでドゥネスと視線を合わせ続けていた。
「思い知らせてやろうかシャルトーン、貴様の身を以て……!!」
恐ろしいほどの形相を浮かべるドゥネス。
子供が見れば、たちまち泣き出しそうな程だった。
しかしニーナは怯むどころか、無邪気な笑みを浮かべる。
「ふっ、さっき尻尾を巻いて無様に逃げようとしたのは、何処の誰だね?」
ドゥネスの怒りが、爆発した。
ニーナに向け、男は長剣を横向きに振る。
長剣が届く直前に、ニーナは前方へと飛び退き、銀色の刃の一閃を飛び越えた。
後方に回り込んだニーナ。
ドゥネスが自身を振り返るのを確認し、彼女は発する。
「思い知らせてやろうか……か、それは私の台詞だね」
ニーナは、腰の鞘から抜いた。
彼女が愛用する、細身の剣身を持つ武器――紫の魔石がはめ込まれた、レイピアを。
陽の光を受け、その剣身が鏡のように反射する。
「君がしようとした事は、立派な反逆だ。この国を滅ぼそうとした罪……軽くはないよ」
もう、ニーナの表情から笑みは消えている。
猫型獣人族の少女が、魔族と通じて反逆を企てていた男に向けているのは、険阻な面持ちだ。
彼女は一度、レイピアを片手でくるりと回す。
「ドゥネス=オルビアス……これから私が、君に裁きを下す」
ニーナの持つレイピアに、紫色の光が纏う。
魔石からの魔力を使った光だ。
構えつつ、彼女は戦闘前の最後の一言を告げる。
「覚悟したまえ」