第120章 ~誓うニーナ~
ロア達はそれぞれ飲み物を頼み、会話を続けていた。
バドとミレンダは酒類であり、ロア達とニーナは酒類では無い飲み物。
店は「バー」の名を冠してはいるものの、扱うのは酒類に限っている訳では無かったらしい。
「……え、もう目星が付いてるの? ニーナ」
「まあね。私の考えに間違いが無ければ、だが……」
ロアに返しつつ、ニーナはタンブラーのミルクを口に流す。
人間が飲むものと多少成分の違う、猫型獣人族用のミルクだ。
「お前さんが今まで間違った事はねえだろシャルトーン、んん?」
言ったのは、背中に大きな翼を持つ蝙蝠型獣人族のバド。
ロア達が側に居る為か、彼は煙草に火を付けようとはしなかった。
「で、一体誰なんだよソイツ?」
青い毛並を持つ兎型獣人族、ルーノがニーナに問う。
ロア達が話しているのは、ヴァロアスタ王国で陰謀を企てている者について、である。
てっきり何も手掛かりが無い状態だとロア達は思っていたが、ニーナは陰謀を企てている者に関し、何かしらの情報を掴んでいたらしい。
「すまないが……今はまだ教えられない」
「あーら、どうしてニーナ?」
ミレンダがニーナに問う。
「確証が無くてね。けれど、必ず尻尾を掴んでみせるよ」
ニーナはミルクの入ったタンブラーを片手に、続けた。
「その黒幕は魔族と通じている可能性が高い。何時、どんな手でこの国を滅ぼそうとするか……皆目見当も付かない。皆くれぐれも用心してくれたまえ。どのような時でも、戦いの備えを怠らないように」
ロア達三人、そしてバドとミレンダ。
彼らは猫型獣人族の少女の顔を見つめつつ、頷いた。
その後。ロア達やバド、ミレンダと別れたニーナ。
彼女はヴァロアスタ王国の王都、ロヴュソールへ向かった。
行く先は、ヴァロアスタ王国の中心地とも言える、ヴァロアスタ城である。
ニーナが兵士やエンダルティオの少年少女とすれ違うと、皆頭を下げた。
背が小さく、可愛らしい容姿を持つニーナ。
しかし、彼女は紛れも無くヴァロアスタ王国の団長。
ヴァロアスタ王国国王から最も信頼を受ける、立派な「騎士」なのだ。
「戻ったか……ニーナ」
猫型獣人族が玉座の間に入ると同時に、玉座に腰かけた男性が声を掛ける。
ニーナは赤い絨毯の上を歩き、自身が忠誠を捧げる王に向かって膝を折った。
「只今戻りました。我が主、オスディン国王陛下」
玉座に腰かける男性は、ヴァロアスタ王国現君主、オスディン。
顎に豊かな髭を生やし、優しげで、知性的な雰囲気を持つ初老の男性である。
彼がヴァロアスタ王国の統治者であり、ニーナの主人だ。
「ああ、堅苦しい挨拶など必要ない。頭を上げよニーナ、その顔をよく見せてくれ」
オスディンは微笑みつつ、ニーナに促した。
ニーナは頭を上げる。
左右で色の違う瞳が、玉座の間に射す陽の光を受けた。
「ニーナよ、『世界の担い手』とはもう会ったか?」
王からの問いに、ニーナは頷いた。
ヴァロアスタ王国君主、オスディン国王――ニーナは彼の事を、実の父のように慕っていた。
ニーナの両親は、彼女が幼少の頃に殺されてしまった。
正確に伝えれば――銃による強盗事件に巻き込まれ、犯人に銃殺されてしまったのだ。
一人残ったニーナは、孤児院に預けられる筈だった。
しかし、オスディンが彼女を引き取り、育てたのである。
オスディンに引き取られたニーナは、幼少の頃より剣術の訓練を受け――今現在、17歳にしてヴァロアスタ王国騎士団団長を務めるまでになったのだ。
「はい。……ユリス女王の言葉通り、利発そうな面持ちの少年でした」
通常、ニーナはユリスを呼び捨てにしているが、この時は「ユリス女王」という呼称を用いた。
ニーナが言ったのは、ロアの事である。
「こんな老いぼれの身では、満足に戦う事すら出来ぬ。ニーナ、余に代わってどうか……この国を守ってくれ」
王とは本来、自身の国や民を守る為、誰よりも先だって戦わなければならない筈だった。
数十年前までは、オスディン国王も勇ましく剣を振るい、戦う事が出来た。
アスヴァン大戦時にも、彼はヴァロアスタの軍勢を率いて、魔族に果敢に立ち向かった物である。
しかし、どんな者でも老いには敵わない。
「御意に……陛下」
ニーナは応じる。
オスディンは、ニーナから視線を外した。
そして、ニーナの後方――入り口の側に立つ、二人の男性に視線を移す。
一人は、黄土色の毛並を持つ熊型獣人族のモロク。
もう一人は、髪を剃り落し、鎧を纏った人間の男だ。
その顔には生傷が刻まれ、幾度もの戦いを経験してきたことが伺える。
「そなた達にも頼む……モロク、ドゥネス」
ドゥネスと呼ばれた男――。
彼は、ヴァロアスタ王国騎士団、副団長だ。
つまり、ニーナに次ぐ立場にある者である。
「仰せのままに……」
頭を低く下げつつ――ドゥネスはオスディンへ応じる。
彼が纏った鎧が擦れ合い、小さな金属音を発する。
モロクも無言のまま、隣のドゥネスと同じように頭を低めた。
ニーナは、ヴァロアスタ城のある一室に居た。
見渡してみれば、水色の石材で壁を覆われた部屋。
調度品も何も置かれていない――殺風景な場所である。
しかし、部屋の中央に一つ、小さな柱のような祭壇が設置されていた。
小柄な体格のニーナの背と同じか、或いはそれ以下の高さの祭壇。
その上には、水晶玉が置かれている。
何色でも無く、ただ透明な水晶玉である。
ニーナは水晶玉にその手をかざし、呟いた。
「レスオリア・ルーメリオ……アルカドール」
同時に、水晶玉の内部に水色の煙のような物が渦巻き始める。
まるで透き通った水の中に、水色の絵の具を溶いた水を流したように。
数秒――水色の煙が内部に拡がった。
透明だった水晶玉が、まるで一時に水色に染まったような感覚である。
《御用ですか? ニーナ》
水色に変わった水晶玉から、声が発せられる。
声の主は他でも無く――アルカドール王国君主、ユリスだ。
水晶玉の正体は、魔法道具である。
呪文を使って離れた場所にある玉と繋ぎ――そのもう一つの玉の側に居る相手と会話が出来る、という物だ。
アルカドールの城にも、この玉が置かれた部屋があるのだ。
ユリスは今アルカドールで、ニーナと同じように水晶玉に向いているのである。
「ユリス……君が選んだという、世界の担い手に会ったよ」
《……》
水晶玉から、微かに息を吐くような声が発せられる。
猫型獣人族の少女は、水晶玉の周囲を数歩歩きつつ、続けた。
「単刀直入に訊くが……ユリス、君は何故、世界の担い手にロアを選んだのだね? 剣術の強さなら、他にも強い者は沢山居るだろうに」
ニーナは、水晶玉を通じてユリスに問う。
数秒待ったものの、ユリスから返事は無かった。
「答えられない、か?」
《……》
やはり、ユリスから返事は無かった。
ニーナは話題を変える。
「そちらでは、何かあったかね?」
この問いには、ユリスは応じた。
《魔族に襲撃を受けました。騎士団やエンダルティオ達のお蔭で、被害は最小限に留める事が出来ましたが……》
「……!? ユリス、ロア達にはその事を?」
《伏せておいて下さい。こちらの問題は、こちらで片付けます。ロア達に余計な気を煩わせたくはありません》
ニーナは水晶玉から視線を外し、独り言のように呟く。
「そんな最中でも、ロア達を第一に考える、か……」
ニーナは再び、水晶玉へ視線を戻す。
「変わらないねユリス、君の他者への慈悲深さは」
《え? ニーナ、私は別に……》
ユリスの言葉を遮り、ニーナは言う。
彼女は微かに、口元に笑みを浮かべていた。
「真に優しい者は、自分が慈悲深いという自覚を持っていないのだよ」
ニーナは、自身の耳に軽く触れた。
再び水晶玉に向き直る頃、ニーナの面持ちは再び、毅然とした物に戻されていた。
「では……私はロア達三人と共に、この国で起ころうとしている陰謀を食い止める。それで良いね?」
《はい。……それとニーナ》
「何だね?」
水晶玉を通じ、ユリスの言葉が発せられる。
《ロアも、ルーノも、アルニカも……自身を守れるだけの力は持っています。だけど、もしもの事があったら、その時は……》
「……分かっている。彼ら三人の身は、私が責任を持って守るよ。ヴァロアスタ王国騎士団団長の名を賭けてもいい」
左右で色の違う瞳で、ニーナは水晶玉を見つめる。
そこにユリスの顔は映っていないが、ニーナには見える気がした。
慈悲深く心優しいユリス――彼女がロア達の身を案ずるが故に浮かべる、心配げな面持ちが。
《お願いします》
ニーナは、力強く応じた。
「私に任せたまえ」
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