第119章 ~バドとミレンダ~
「そうか、お前さん方が世界の担い手だったのか」
琥珀色の毛並を持つ蝙蝠型獣人族の男は、バーのテーブル席で足を組みつつ、タンブラーの中の液体を少量口に含む。
その向かいの席には、ロア達三人に加えてニーナが腰掛けていた。
さらに、蝙蝠型獣人族の男の隣には、銀髪抜群スタイルの人間の女性。
つまり、合計六人で一つのテーブルに向いている。
「意外だよな。そう思うだろミレンダ、んん?」
蝙蝠型獣人族の男は、自身の隣に腰かける彼女――ミレンダに話を振る。
彼女は、背中まで伸ばしたウェーブのかかった銀髪をかきあげた。
冷たげな銀色の髪が、ふわりと浮く。
「本当よね……坊やたち、アルカドールから来たんでしょ?」
落ち着いた物腰に加え、色っぽさ、そして妖艶な雰囲気を持つミレンダ。
彼女がロア達三人に問うと、ロア達は一度顔を見合わせた。
向かって中央に腰掛けたロアが、彼らを代表するように答えた。
こくり、と小さく頷いた後で。
「そう。……汽車で」
「歳は幾つ?」
ミレンダは質問を重ねる。
再び、ロアが応じた。
「14歳」
すると、ミレンダは注視するかのようにロアの顔を見つめる。
不意に彼女は身を乗り出して、茶髪の少年に顔を近づけた。
「!?」
ロアは驚く。
否、ロアだけでなく、その両端に座ったアルニカとルーノも同様だ。
ニーナと蝙蝠型獣人族の男は、まるで傍観するようにその様子を見つめている。
数センチの位置までロアに顔を近づけ、ミレンダはロアの頬に触れた。
そして、自身に視線を向かせるようにロアの顔を軽く引く。
「え、え!? ちょ……!!」
最早どうしていいのか分からないロア。
彼が出来たのは、顔を赤らめつつ意味の無い言葉を発する事のみ。
「ちょ、オマエいきなり何して……!!」
ルーノが、ミレンダに言った。
対面して間もないと言うのに、早くもミレンダを「オマエ」呼ばわりである。
アルニカも赤面していた。
「アンタ……なかなか可愛い顔してるじゃない」
ミレンダがロアに紡ぐ。
彼女からは、まるで花のような香りがした。
「ど~お? アタシと今夜……」
「え、えええ!? あ……!!」
ロアの視線が、そこに向いた。
ミレンダの胸元。露出の多い服装故、彼女のその部分もロアから見えた。
まるで果物のように実った、ミレンダの乳房。
「あ、や、ちょ……!!」
一層、ロアの顔が赤く染まる。
ミレンダは少年が自身の何処に視線を向けているのかを気付き、
「あ~ら、アタシの胸に興味があるの? 触りたい?」
「い、いや……!! その……!!」
ロアは必死で、ミレンダの妖艶な誘惑を必死に跳ねのけようとする。
その瞬間、彼の腕に痛みが走った。
「!? い、痛い痛い痛い!!」
視線を腕に移す――そしてロアは気付いた。
誰かが、自分の腕をつねっている事に。
肌色の手だから毛の生えた獣人族のルーノやニーナでは無く、人間の手だと分かる。
ロアは、自身の腕をつねっている人物に視線を向けた。
「ア、アルニカ!?」
何と、ロアの隣に座っているアルニカだった。
彼女は視線をロアには向けずに、衣服ごと彼の腕をつねっている。
その横顔は、どこか不機嫌な色を帯びていた。
「ちょ、いきなり何を……!?」
アルニカはロアの腕から手を放す。
そしてそっぽを向きつつ、
「……別に」
表情だけでなく、アルニカの声までが不機嫌だった。
「え? ちょ、え……?」
困惑しつつも、ロアはミレンダに向き直る。
するとミレンダは、ロアの耳元で囁いた。
「……可愛いお嬢さんね、オレンジの髪の彼女」
「え……」
ミレンダは色っぽい笑みをロアに見せた後、席に戻る。
蝙蝠型獣人族の男が、呆れ交じりに彼女に言う。
「そんぐらいにしとけよミレンダ。純粋な少年を下品な誘惑で困らせて楽しいか、んん?」
「ちょっとバド、下品て何よ?」
ミレンダの標的が、ロアから蝙蝠型獣人族の男――バドに移る。
ロアは一先ず、安堵した。
彼の隣でアルニカが、
「ばーか……」
ロアの横顔を見つめつつ、そう呟いた。
しかし小声だったので、ロアには聞こえていない。
「ミレンダ、バド。そのくらいにしておきたまえ、他の客に迷惑だろう」
ニーナがため息交じりに、ミレンダとバドをたしなめる。
ロアは一先ず安堵する。
「ロア達は名を名乗った。君達も名乗ったらどうだい」
猫型獣人族の少女が促す。
バドはタンブラーを置きつつ、「そうだな」と漏らした。
彼の背中に付いた大きな翼が軽く揺れる。
バドはロア達に、
「『バド=アモヌードゥ』だ、職は『グローディア』。銃は国に認められるくらいには扱えるぜ。んん?」
そう名乗った。
蝙蝠型獣人族のバドは、ヴァロアスタ王国に属する銃使いで、賞金稼ぎ。
けれど人を殺して小金を稼ぐ輩とは違い、彼は国の為に動く。
騎士団では無いが国の為に貢献し、国から正式な報酬を得ている賞金稼ぎ――ヴァロアスタでは、彼らのような者を総称して、「グローディア」と呼ばれる。
バドは腰の皮製ホルスターから銃を抜き、くるくると回して見せた。
続いて、ミレンダが自己紹介をする。
「アタシはミレンダ、『ミレンダ=アルグラア』。職はバドと同じね」
彼女は両腰から両手で二丁の銃を抜き、両方をバドと同じように回す。
その銃はバドの物と同じ形状に見えるが、所々簡略化された形状をしている。
「まあ、銃の腕は多分アタシの方が上だけど」
勝ち誇るような笑みと共に、ミレンダは横目でバドを見る。
「それは連射力に限っての事だろ、お前は両手が器用過ぎんだよ。んん?」
バドが返した。
ミレンダもバドと同じ、グローディア。
といっても彼女はバドと違って、二丁拳銃使いである。
ミレンダとバドがロア達に自己紹介を終えると、ニーナが椅子から立ち、
「この二人は頼りになる、私が保障しよう」
と、ロア達に。
バドは煙草を取出し、マッチで火を付けようとする。
「バド、坊やたちの前で煙草は遠慮したら?」
「……だな」
マッチの火を吹き消し、バドは煙草を箱に戻した。
バドとミレンダ、彼らは共に喫煙者だ。
特にバドにおいては、かなりの愛煙家。
その煙草の消費量たるや、一日に30本以上吸わなければ禁断症状が出る程である。
「そういやアイツ、始めて会った時も……」
ルーノがロアとアルニカに小声で。
ロア達は思い出した。
初めてロア達がバドと会った時、バドは煙草を切らしており、ミレンダから譲り受けようとしていた。
「バドさん、本当に煙草好きなんだね。ちょっと私には理解出来ないかな……」
と、アルニカ。
「んん? そこの青坊主、何か言ったか?」
バドが言った。
青坊主、という呼称はルーノの毛並が青い事に由来しているようである。
兎型獣人族の少年は憤慨した。
「あ、青坊主じゃねえ!! オレはルーノだ!!」
年上の者が相手だと言うのに、ルーノは構わず食って掛かった。
バドは鼻で笑みを漏らすと、
「お前さん面白い奴だな、少しばかり気に入ったぜ、んん?」
バドはルーノを見つめつつ、
「一杯奢ってやろうか、んん?」
蝙蝠型獣人族が提案すると、ニーナが口を開く。
「バド、ロア達はまだ未成年だよ。酒は飲めない」