第118章 ~結託~
ゴーレムが整列する空間。
ヴァロアスタ王国の地下深くに位置するその場所で、ニーナはロア達に告げ始めた。
「ここに居るゴーレム達は、一体だけでもそれなりに戦闘力を備えている」
猫型獣人族の少女に、ルーノは応じる。
「見りゃ分かる、てかそれさっきも聞いたし」
「肝心なのはこの先だ。余計な口は挟まず、黙って聞いていたまえ」
強い口調で返された、ニーナからの返事。
ルーノは気圧され、黙り込むしかなかった。
そして、ニーナは発する。
「実は……このゴーレム達を悪用しようとする動きが起こっている」
ニーナは、ロア達を一瞥した。
ロア達三人の表情が、微かに驚きを帯びる。
「それも、このヴァロアスタ王国に居る、何者によってね」
茶髪の少年、ロアがニーナに疑問を発した。
「悪用するって、ここに居るゴーレムを使って何をする気なの?」
ニーナは即答する。
「このヴァロアスタ王国に、攻撃を仕掛けるつもりのようだ」
恐ろしい説を、ニーナはしれっとした表情で言ってのけた。
これ程多数のゴーレムが、王国を襲っている光景――想像しただけでも、ロア達は身が凍るような感覚を覚える。
「そんな動き……絶対に止めないと……!!」
アルニカが、限りなく的を射た意見を放つ。
ニーナはまたしても即答した。
「その通り、しかし……現状では止めることは出来ない」
ロア達が言葉を返す暇を与えず、ニーナは続けた。
「ゴーレムを悪用しようとしている者……それが誰なのか、分からないのだから」
ニーナは踵を返し、三人に背を向けた。
彼女は息を大きく吸い、続ける。
「数日前の事だ、ゴーレム達の魔石に込められた命令が、何者かに書き換えられていたのだよ」
ゴーレムに嵌められた魔石、それには動力源としての他にも役割があった。
石の人形達に、どのような行動を取らせるのか決定する事。
ゴーレム達の魔石には、本来「ヴァロアスタ王国を守る為に戦え」と命令が込められていた。
しかしニーナが言うように、数日前に書き換えられているのが見つかったのだ。
「その書き換えられた内容ってのは……!?」
ルーノが問う。
「……」
数秒の沈黙の後、ニーナは重々しげに口を開いた。
「ヴァロアスタ王国に対する無差別な攻撃、だったよ」
ロア達は絶句した。
ゴーレム達に上書きされた命令――それは、最も恐るべき内容だったのだ。
魔導石兵達に命令を上書きした者は、ゴーレム達に国を滅ぼさせるつもりなのである。
「勿論、今は命令を修正してあるがね」
一応の安心材料と成り得る言葉を、ニーナは提示する。
それでも、ロア達の動揺した表情は消えない。
「ゴーレムの命令を上書きした……その誰かが、魔族と通じている可能性は……!?」
「極めて高いよ」
ロアが問うと、ニーナはやはり即答した。
「ユリスへの暗殺未遂の際、使われたのはヴァロアスタでしか作れない魔弾だったのだろう?」
ロア達は振り返る。
確かに、ニーナの言う通り――ユリスに向かって放たれた弾丸は、魔石を加工して作られた魔弾だった。
さらにユリスは、ヴァロアスタと魔族の間には繋がりが感じられるとも言っていた。
「ヴァロアスタの中に魔族の内通者が存在し、魔弾を魔族に横流しして、さらにこの国を滅ぼすべく、ゴーレム達の命令を上書きした……私達はそう考えている」
余りにも落ち着いた口調で、ニーナは語る。
口調とその話している内容の落差が、ロア達には余りにも大きく感じられた。
「そっか……魔族にとってこのヴァロアスタはきっと、一番邪魔な国だから……!!」
アルニカは察する。
そう、ヴァロアスタ王国はアスヴァン三大国で最も大きく、強い力を持つ国家。
魔族にとっては最も警戒すべき国家であり、最優先で滅ぼすべき敵なのだ。
「関係ねえ国民まで、ゴーレムで襲おうってのか……!!」
ルーノが続ける。
ゴーレムに上書きされた命令は、「ヴァロアスタに対する無差別攻撃」。
勿論の事、一般民もその対象なのだ。
「私達はそれを止めようとしているんだ。だから、君達にも協力してほしい」
ニーナは、オッドアイの瞳でロア達を見つめる。
小柄で可愛らしい外見に反し、凛とした瞳で。
「この国で起こりつつある陰謀を止める為に……私達に力を貸してはくれないか?」
ロア達は顔を見合わせた。
ヴァロアスタ王国で起こりつつある陰謀――その裏には、魔族の影が潜んでいる。
この国に居る何者かが魔族と共謀し、罪の無い多くの者を、傷付けようとしている――。
答えを出すのに、議論は必要無かった。
「勿論協力する。僕達も魔族のしている事は許せないから」
ロアが応じた。
彼の瞳には真意が満ちており、その決意の固さがニーナにも感じ取れる。
アルニカとルーノもまた、ロアと同様。
三人共――濁りの無い真意を、ニーナに向けていた。
「ありがとう。ヴァロアスタ王国騎士団団長として、感謝の意を捧げるよ」
ニーナはロアに手を差し出す。
ロアは、猫型獣人族の少女の手を取った。
その後、ニーナはロア達を別の場所へと案内した。
昇降機で地上へ戻り、近代的な雰囲気に満ちるヴァロアスタの街を歩く。
ニーナはロア達に、「会わせたい者が居る」とだけ説明した。
「着いたよ」
猫型獣人族の少女が足を止めた場所――そこは、ロア達も訪れた事のある場所だった。
レンガ造りで、入り口の木製扉の脇に幾つもの大きな樽が積まれた建物。
「ここって……」
アルニカが呟く。
そう、ニーナがロア達を連れてきたのは、三人が昨日も訪れたバーである。
当初は喫茶店かと思ったが、バーだった。
蝙蝠型獣人族の男と、銀髪抜群スタイルの女性に引き留められた場所。
「行くよ、君達」
ニーナはロア達の様子を意に介さず、木製の扉を押し開けた。
「ちょ、ここは未成年者出入り禁止だろ!?」
蝙蝠型獣人族の男が言った言葉を、ルーノはニーナにそのまま放つ。
ニーナはロア達を振り返り、
「私が居れば大丈夫だ、さあ早く来たまえ」
そう言い残して、バーの中へ入って行ってしまった。
ロア達は戸惑う。
「……ニーナさんの会わせたい人って、こんな朝からバーでお酒飲んでるような人なのかな?」
「多分……」
アルニカが言うと、ルーノがぽつりと応じた。
ロアは二人を見つめ、促す。
「行こう、大丈夫だよ」
アルニカとルーノは一度顔を見合わせ、ロアに向かって頷いた。
ニーナを追うように、ロア達も木製の扉を押し開け、バーへと入って行く。
「う、煙草のにおい……」
アルニカが漏らす。
店内は、ロア達がアルカドール王国で訪れた喫茶店、「モノリス」と似た雰囲気であった。
薄暗い店内に、板張りの床。
落ち着いた雰囲気を纏う店内。あえてモノリスとの違いを挙げるなら、煙草の臭いがする事、それから柄の悪そうな客の姿が多く見受けられる事だろうか。
ロア達は出来うる限り、他の客達と目を合わせないよう注意を払いつつ、ニーナを探す。
程なく、見付けることが出来た。
が、ニーナの側には、他にも人物が居た。
ロア達も見覚えのある、その二人が。
「んん? お前さん方……!?」
「……!? 昨日の坊や達……?」
ニーナの側に居た二人は、ロア達を視認するや否や、驚き交じりに言う。
ロア達もまた、その二人を見て驚愕する。
「あ……!!」
無意識に、ロアの口から一文字が漏れた。
ニーナの側に居たのは、昨日もロア達と会った二人。
琥珀色の毛並を持つ蝙蝠型獣人族の男と、銀髪抜群スタイルの人間の女性である。
「おや? 面識があったのかね?」
事情を知らないニーナは、意外そうに言った。