第10章 ~夜会~
「……アルニカ、これすごくおいしいよ!!」
ロアが言う。彼の左手には器、右手にはスプーン。器には、アルニカが作ったシチューが入っていた。
人参に香草にジャガイモ、それに鶏肉が入れられている。
「ありがとうロア、そう言ってくれるとうれしい」
そう言いながら、アルニカはもう一つの器を取り、それにシチューを注ぐ。
「はいルーノ、熱いから気をつけてね」
アルニカはシチューを注いだ器をルーノに手渡した。
「ん、どうも……」
ルーノは器を受け取り、じーっと中のシチューを見つめている。
彼の顔には「変な物は入ってないだろうな?」と言わんばかりの疑い混じりの表情が浮かんでいた。
「どうしたルーノ、食べないのか? お腹減ってないのか?」
そんなルーノを見て、ロアが声をかけた。
「いや、腹は減ってるんだけどな……」
とルーノは答える。
「心配しなくても、獣人族が食べられない物は材料に使ってないよ?」
自分の分のシチューを注ぎながら、アルニカがルーノに言った。
ルーノは、
「……なあ、アルニカ」
「何?」
視線を目の前のシチューから、アルニカの顔に向けて。
「このシチューには……芋虫は入ってないよな?」
「…………は?」
たった一言だけ間抜けた返事を発して、アルニカは固まっていた。
聞き違いでなければ、ルーノは「芋虫は入ってないよな?」と言った。普通に考えて、そんな物が入ってるはずがない。
「な、何言ってんのルーノ?」
ロアがそう聞く。ルーノは今度はロアに視線を向けて、
「小さい頃だったんだけど、オレ、アルニカが作ったスープ飲んだんだよ……」
何年前の話かは定かではないが、アルニカはルーノを食事に招待した。そしてアルニカは彼に自分が作ったスープをもてなした。
そのスープは見た目はおいしそうで、食欲をそそられた。具材の野菜と一緒に一口口に入れて、ルーノは何かこりこりとした食感のものが入っていることに気づく。
スープに混ざって味はよくわからなかったが、かすかに苦い味がしたのを覚えている。
スープに入っていた、その「苦くてこりこりした何か」を不快に感じたルーノは、洗面場を借りてそれを吐き出した。それは緑色の液体に混ざった、何かの残骸だった。
その残骸が芋虫だと理解した瞬間、ルーノはアルニカの家中に響き渡る声で絶叫した。
「……っていうことがあってな……」
「なっ……!! ちょ、ルーノ!!」
自らの失態を暴露されたアルニカは赤面して、手足をばたつかせる。先ほどまでおいしそうに食べていたロアは、「まさか……これにも!?」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「し、しょうがないでしょ!? あの頃はまだ料理なんてしたこともなかったし……!! ていうか、そんなの何年も前の話じゃない!!」
まさか故意に芋虫を入れたわけではないだろうが、あの出来事はルーノにはトラウマものだったらしい。
「ロア、変な味とかしなかったか……?」
「あ、ああ。僕はおいしいと思うけど……」
「だーかーらー、大丈夫だって言ってるでしょ!!」
恐る恐る、ルーノはシチューを一口。口の中に、シチューの味や香草の味が広がる。
苦い味は……ないようだ。
「どうルーノ? 芋虫なんか入ってないでしょ?」
むっとした表情で、アルニカが言う。
「ああ……てか、本当にうまいな……」
数秒前までの疑いはどこに行ったのか、ルーノはアルニカのシチューを普通に食べている。人参や鶏肉はやわらかく、ルーの味も最高だった。
「ねえルーノ、私に何か言うことがあるんじゃないのぉ?」
「あ、ああ……疑って悪かったな……」
数分後、夕食を終えた三人は寝入っていた。護身のために、武器は各々の側に置いてある。
アルニカとルーノは横になり、ロアは剣を抱えた姿勢で木の幹に寄り掛かっていた。
この付近には獣が出ると聞いていたので、たき火は消していない。
獣と獣人族は違う。獣にしてみれば、人間や獣人族は食欲の対象、つまり獲物なのだ。
獣人族と違い、獣は一切の感情を持っていないのである。
三人は気づいていなかった。彼らの側の木の上に、一匹の獣がいることに。その獣が、三人に狙いを定めていることに……。
火を消さずに眠りについたことは賢明だった。
もしも火を消していれば、この獣は夜の暗闇に乗じてすぐにでも襲い掛かり、三人のうちの誰かが、いや、もしかしたらロア達三人全員が、この獣の餌食になっていたかも知れない。