第117章 ~ゴーレム~
地下洞窟内と扉で仕切られた、開けた場所。
数える事も馬鹿らしくなる程の数が並んだ魔導石兵、『ゴーレム』。
ニーナは整然と並ぶ石人形の側を歩きながら、自身の後ろに着いて歩くルーノに語る。
「ここに居るゴーレム達は、今は『眠っている状態』だが……有事の場合には魔法の力で動かし、立派な兵士となる」
ルーノは無言のまま、周囲に立つ無数のゴーレムに視線を泳がせる。
言われてみれば確かに、ルーノは石人形達に只ならぬ雰囲気を感じた。
それは単なる作り物と区分するには遠く――今にも動き出しそうな雰囲気を醸していた。
ニーナが続ける。
「ゴーレム達は皆、私達と変わらない知能や感情を有している。頼もしい味方なのだよ」
歩を進めつつ、猫型獣人族の少女は得意げに言う。
「動きは多少鈍いが……その一撃の重さはお墨付きだ」
「……見りゃあ分かるよ」
自身の身長の何倍もの大きさもあるゴーレムを見つめ、ルーノは返す。
彼の見た所、ゴーレム一体辺りの身長はルーノの数倍もあるが、ならば重量は一体何倍なのだろう。
考えようの無い数字に違いなかった。
(こんなんに殴られたら……一発であの世行きだろ)
極大な質量から繰り出される攻撃は、相応の破壊力を兼ね備えているに違いない。
このゴーレム達が動き、戦い――相手を破壊する場面を想像すると、ルーノは内心恐ろしくなった。
「ところでよ、この石人形をオレに見せる必要があんのか?」
ふとルーノは気付き、ニーナに疑問を発する。
態々昇降機を使って地下まで降り、下手をすれば剣や銃よりも恐ろしいかもしれない兵器を見せた理由――。
相応の理由があっての事だと、ルーノは思った。
「それは――」
ニーナが応じようとした瞬間。数人の足音が、洞窟の方から響き始めた。
「!!」
ルーノに向かって返そうとした言葉を止め、ニーナは振り返る。
開け放されていた巨大な扉から、数人がゴーレムの整列する部屋へと入って来ていた。
「来たようだね、ロア達も」
入って来た人物は、ロアとアルニカ。
そしてもう一人――熊型獣人族のモロクだった。
彼らを視認した後、ニーナはルーノに告げた。
「ここに連れてきた理由を説明しよう、君も来たまえ」
ニーナはすたすたとロア達の下へと歩み寄って行く。
彼女が歩を進める度、その尻尾が揺れる。
紫の毛並を持つ小さな後ろ姿に、ルーノは続いた。
「さて……では早速説明に入るとしようか」
ロア、アルニカ、ルーノ、彼ら三人に向かって口を開くニーナ。
因みにモロクはロアとアルニカをこの場所へ送り届けた後、どこかへ行ってしまった。
去り際に、彼は「行く所がある」と残していた。
「まずは君達二人にも説明しなければならないな、ここに並ぶゴーレム達の事を」
ニーナは、先程ルーノに説明した内容をロアとアルニカにも伝えた。
この部屋に無数に並ぶ石人形、ゴーレムの事を。
「これが……本当に動くの?」
説明を聞き終えるや否や、ロアが疑問を発する。
彼の視線は、側に立つ一体のゴーレムに向けられていた。
ロアの身長の数倍もの大きさを持つ石人形は、まるで眠るようにその場に佇んでいる。
「当然だ。動かなければ、重くて邪魔な石の塊に過ぎないだろう?」
ニーナの言う通りだった。
「ゴーレムって聞いたことはあったけど……本当にあったんですね」
オレンジの髪の少女、アルニカもまたゴーレムに目を奪われていた。
ニーナが、ロア達三人に告げる。
「ゴーレムの動力源は体中にはめ込まれた数個の魔石でね。そこから供給される魔力で動く」
ニーナの説明を聞き、ルーノは一体のゴーレムの正面へと回った。
そして、その腹部へと視線を向ける。
(これか……?)
ゴーレムの腹部や腰部分、手の甲部分には数個の赤い魔石がはめ込まれていた。
ごく小さな物で、ニーナに言われるまでは気付かなかった程の大きさである。
「……」
好奇心から、ルーノは手を伸ばし――自身の側の位置に安置されたゴーレムの動力源、赤い魔石へと手を触れた。
因みに地面から最も近い位置、手の甲部分の魔石である。
(こんな小せえ石ころで、こんなデカい石の塊が……)
つんつんと、ルーノは赤い魔石を指先で数度つつく。
その次の瞬間だった。
ゴーレムの手の甲にはめ込まれていた魔石が外れ、落下した。
「わわっ!!」
無意識に発した驚愕の声が、ルーノ以外の三人の耳に届く。
三人がルーノを振り返る寸前に、兎型獣人族の少年は落下する赤い魔石を空中で掴み取った。
間一髪、もしも地面に落下していれば、魔石が地面を叩く音を聞かれていただろう。
「どうかしたかね? ルーノ」
表情を疑問に染めつつ、ニーナは問う。
ロアとアルニカもまたルーノに視線を向けていた。
「な、なななな何でもねえよ……!!」
ルーノは出来うる限り、平静を装って返事を返す。
その片手に握った魔石を、ロア達から見えないよう隠している。
「?」
ニーナは怪訝に思いつつも、再び視線を前方に戻す。
勿論彼女は、ルーノが今し方しでかした事には気付いていない。
(あっぶねえあぶねえ……危うくバレるかと……!!)
ルーノは胸を撫で下ろしつつ、自身の手の平に乗せた魔石を見つめる。
誤魔化す事には成功したらしい、あとはこれを気付かれないようにゴーレムの手の甲へはめ直せば――。
兎型獣人族の少年がそう考えていた瞬間だった。
「どうかしたの? ルーノ」
いきなり、アルニカがルーノの背後から声を掛けたのである。
「うおわっ!?」
突然投げかけられた言葉に、ルーノは心臓が跳ね上がる程に驚く。
跳び上がるように、全身を強張らせた瞬間――彼が片手に握っていた魔石が、落ちた。
ルーノの手から離れ――まるで吸い込まれるかのように、床の深い溝の部分に。
「あ、あああああ……!!」
取り出すことは、不可能だった。
「ちょ、ルーノ今落としたのってまさか……!?」
溝に落ちるまでの僅かな時間でも、アルニカは気付いた。
今、ルーノの手から離れて溝に落ちた赤い石――それが、魔石だという事に。
少女は、側の一体のゴーレムへと視線を映す、手の甲部分の魔石が無かった。
アルニカは、状況を一瞬で察した。
「な、何してるの!?」
「しーっ!! バカ静かにしろ!!」
事の顛末を理解したアルニカを、ルーノは制する。
続いて彼は魔石が落下した溝を見つめ、
(や、ヤベ……)
最早、ルーノに手立ては無かった。
もしも今落とした魔石が重要な物であれば、このゴーレムに何か影響が出るかも知れない。
「どうしたルーノ、アルニカ。何かあったのかね?」
ニーナが二人に問いかける。
続いてロアも、
「どうかしたの?」
ロアとニーナは、ルーノの行いを理解していなかったのだ。
「な、なんでもねえって!!」
ルーノは、事実を隠ぺいする事に決めた。
それ以外には成す術は無かったのだ。
「そうか。では説明を始めるから、此方に来てくれたまえ」
幸い、ニーナはそれ以上はルーノに言及する事は無かった。
アルニカはルーノに耳打ちする。
「知らないよ? どうなっても……」
オレンジの髪の少女は、ニーナに歩み寄って行く。
ルーノは、自身の悪戯で手の甲部分の魔石を外してしまったゴーレムに視線を向けた。
気が付くと、そのゴーレムには右足の部分に数字が刻み付けられている。
アスヴァンの数字で、「56」と。
外見も全て同じのゴーレムを識別するための番号、とルーノは思った。
「……」
ルーノは、「56」番のゴーレムの顔部分を見つめる。
甲冑の兜のような形状の頭部分、微動だにしない巨大な石人形。
他の無数のゴーレムとは違い、手の甲部分の魔石が一つ抜け落ちている。
(大丈夫……だよな?)
根拠も無い言葉を自身に言い聞かせ、ルーノは踵を返す。
そして彼は、ロア達の下へと駆けて行った。
青い毛並を持つ兎型獣人族の少年を見つめるかのように――手の甲部分の魔石を失った「56」番のゴーレムは、その場所に佇んでいた。
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