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第116章 ~モロクという男~


「認めてやろう、ヌシの言葉は出まかせでは無かったようだの、小童」


 場所はヴァロアスタ王国の修練場。

 モロクはロアに向かって言葉を紡ぐ。

 相変わらず上からの目線での物言いに、茶髪の少年はむっとした表情を浮かべた。

 

「最初からそう言ってる。それと……」


 ロアはさらに言葉を続けた。

 真正面からしっかりと、モロクと目を合わせつつ。


「僕は『小童』って名前じゃない、僕はロア、アルカドール王国のロアだよ」


 少年の隣に居る少女――アルニカが、その後に続ける。


「私はアルニカ、アルカドール王国のアルニカです」


 普段は礼儀正しいアルニカだが、モロクに名乗る彼女の様子はどこかふてぶてしい。

 熊型獣人族の粗暴気味な性格への反発が、彼女の態度を変えているのだろう。

 アルニカの左前髪に付いた髪留めが、陽の光を反射する。


「……ワシは認めた相手しか名前では呼ばん。名で呼ばれたいのなら、認めさせてみせるがよい」


 モロクは踵を返し、ロアとアルニカに背を向けた。


「小童、小娘、ヌシらが本当にこの世界を担う覚悟と意思があるのなら……この先何があろうとも、その役割を全うしろ」


 ロア達に背中を向けたまま、山のような体格を持つ熊型獣人族は語りかける。

 

「そして、今ここでワシに誓え」


 修練場に、一筋の風が吹いた。

 砂煙が舞い、木の葉が空を踊るように舞い散る。


「何を?」


 ロアが問い返すと、数秒の間を挟んでモロクは言い放った。

 たった一言――それでも重く、固い気持ちの込められた、その言葉を。

 

「絶対に死ぬな。絶対に……ワシの孫と同じ道を行くな」


 厳つさの裏に、哀願するような気持ちが込められたモロクの言葉。


「……!!」


 熊型獣人族の言葉を受けたロアは、衝撃が突き抜けるような感覚を覚えた。

 モロクが発した言葉は、ロア達を気遣っての言葉にも思えるが、違う。

 彼の言葉は、ロア達に対する「命令」なのだ。

 黄土色の毛並を持つ熊型獣人族、モロクにはジェイクと言う孫が居た。

 しかし、彼は既に戦死している。

 孫と同じ志を持つロアを、モロクはジェイクと重ねているのだ。


「ワシがヌシらに願うのは……ただ、それだけだ」


 粗暴な雰囲気しか醸していなかったモロクの姿。

 しかしロアには、今の彼がどこか――哀愁を感じさせるように思えた。

 僅かな沈黙の後、


「……誓うさ。絶対に死んだりなんかしない」


「私だって、絶対に……!!」


 少年と少女は、熊型獣人族に返事を返した。

 込められるだけの意思と気持ちを、言葉に秘めて。


「よくぞ言った。ヌシら二人とも、今の言葉を忘れるでないぞ」


 モロクは続ける。


「……絶対にな」


 絞り出すようにそう付け加えると、モロクは歩を進め始めた。

 その大きな背中が、ロアとアルニカにはどこか寂しげに見える。


「そんなに悪い人じゃ無かったんだね、あの人」


「……」


 ロアが呟き、アルニカは何も言わずに首を縦に振る。

 どうして、モロクが自分達に厳しく接してきたのか。

 どうして、あれほどの無茶な事をしてまで、自分達を試したのか。

 ロア達はようやく、その答えを見つける事が出来た。


 行き過ぎた面はあれども、モロクはロアとアルニカを信じていたのだ。

 彼はロア達を信じ――そして、気遣っていた。


「着いて来るがよい、ヌシら二人とも」


 モロクはロア達を促し、彼らに背を向けたまま修練場の入口へと向かう。

 歩を進める傍ら、ポケットからジェイクの写真を取出し、見つめた。


(ジェイク……どうやらワシはまだ、ヌシのような馬鹿な若造に対して、希望を捨てられないらしい)


 厳ついモロクの表情が、悲しげに染まっていた。

 けれど――そんな彼の面持ちを見る者は、そこには誰一人として居なかった。






 同刻、ルーノはニーナに連れられて、街外れに位置する昇降機に乗っていた。

 金属製の、錆びの目立つ昇降機。

 その荒廃具合から、相当以前から建造され、使用されてきた昇降機なのだと分かる。

 動力源は蒸気機関。

 ヴァロアスタ王国の地上と地下を繋ぐ、唯一の道とも言える物だ。


「一体どこ行くんだよ? こんな鉄くせえもん乗って……」


 ルーノは、眼前で昇降機の動作スイッチを操作するニーナの背中に問う。

 周りには昇降機を支える金属製の支柱が立っていて、ルーノはまるで檻の中に居るような気分になった。

 

「まあ、黙って一緒に来たまえよ」


 紫の毛並の猫型獣人族の少女は、大きなレバーを引いた。

 ガコン、と重々しげな音が響く。

 次の瞬間、どこからともなく蒸気が噴き出す音が聞こえ、昇降機全体が大きく揺れた。


「おわっ!?」


 昇降機に乗った経験の無いルーノにとっては、不意の出来事である。


「喧しいよ青い君、静かにしてくれたまえ」


 対し、ニーナは昇降機に乗り慣れている様子だった。

 昇降機の振動に、彼女は僅かたりとも狼狽える様子を見せない。


 やがて昇降機は降下し始め、徐々に地下へと降りて行く。

 陽の光が届かなくなる位置まで降りる、昇降機と周囲の壁の隙間部分(数メートル程)から、ルーノは下を見てみた。

 地下空洞の果てに、小さな光が見えた。


「何だありゃ……!?」


「じきに着くよ」


 それから数分程、ルーノとニーナを乗せた昇降機が停止した。

 位置は、地下空洞最深部。

 昇降機の扉が開き、ニーナが降りる。

 剥き出しになった岩肌に置かれた小さな燭台に、小さな炎が灯されていた。

 とはいえ、この地下空間では余りにも心細い光である。


「来たまえ、出っ張った岩に毛躓かないよう気を払う事だね」


 少女に続き、ルーノも昇降機から降りる。

 そして彼は辺りを見回した。


 昇降機で降りたその場所は、ヴァロアスタの地下を切り拓いて作られた地下空洞。

 周囲はゴツゴツとした質感の岩肌が剥き出しになっており、非常に薄暗い。

 所々に置かれた燭台には、誰が点けたかも分からない申し分程度の炎が揺らめいていた。

 

「こっちだ君。ここは通路が入り組んでいるから、下手に動くと迷子になるよ」


 洞窟内に、ニーナの声が反響した。

 音が反響しやすいこの場所では、兎型獣人族のルーノにはニーナの声でさえもうるさく感じる。


「分かったよ」


 表情を僅かにしかめつつ、ルーノは自らの意思で耳の鼓膜を限界まで閉じた。

 その後、入り組んだ地下空洞をニーナは何の躊躇も無く進んでいく。

 どうやら彼女は何処かを目指して進んでおり、その目的地への道順を暗記しているようだった。

 薄暗い地下世界で、どれ程の歩を進めたのか――。


 ニーナは、その大きな扉の前で止まった。


「着いたよ、ここだ」


 その場所の周囲にはより大きな燭台が置かれていて、とても明るかった。

 ルーノは、眼前の岩壁にはめ込まれたその扉を見つめる。


「でけえ扉……!! 何があんだよここ……!?」


 その扉は、壁一面にも及ぶ大きさだった。

 鉄製の巨大な扉――幾つもの大きな鍵が掛けられている事から、その先に重大な物が隠されている事が見て取れる。

 ニーナは鍵を一つずつ外しながら、ルーノに告げる。


「君に……いや、君達に見せたい物がある」


 猫型獣人族の少女が言った途端、巨大な扉が唸るような音を上げながら、開き始めた。

 扉の向こうは、狭苦しさを感じさせる洞窟内とは一変し、開けた場所である。

 その場所は非常に明るかった。

 ルーノが天井を見上げると、岩肌に伝えるように据え付けられた鉄柱から多くの電球が下げられている。

 ガス灯か、或いは蒸気機関による電灯なのかは――ルーノには分からない。


 しかし。それよりも何よりも、ルーノが目を奪われる物がそこにはあった。


「な、な、なんだよこれ!?」


 巨大な扉で仕切られた、開けた場所にあった物。

 それは数える事も馬鹿らしくなるほどの、「石の人形」だった。

 一体の大きさは数メートルほどもあり、どれも寸分違わず同じ形状。

 灰色の石材を組み合わせて作られ、完全な人の形をしていた。

 顔部分は、甲冑の顔部分を思わせる形状である。

 手には石で造られた巨大な剣や槍や盾。


 それが単なる巨大な石の人形などではない事は、ルーノにも容易に想像が付く。

 整列するように並ぶ、石人形。それらは明らかに、一つの目的を持って作られた物だった。


 ――戦う、という目的のために。


「どうだ、壮観だろう?」


 はやし立てるように、ニーナがルーノへ問う。

 説明してくれ、というルーノの意思を感じ取ったのか、ニーナはそのまま言葉を繋げた。


「ここにあるのは『魔導石兵』……通称、『ゴーレム』。魔族の侵攻に備えてヴァロアスタが作り出した、兵器だよ」






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