第115章 ~進展~
自らに向かって追い迫る大木。
回避する余裕など、ロアには残されてはいなかった。
彼に残された選択肢はただ一つ、自身が握る魔法の力を持つ剣で、大木を切り裂く事。
それ以外に、この窮地から這い出る手段は無い。
(お願いだ……言う事を聞いてくれ!!)
自らが握る剣に、ロアは心中で語りかける。
もしもここで失敗すれば、もしもこれまでと同じく剣が吹き飛んでしまったら――もう手段は無い。
自身だけでは無く、アルニカまで巻き添えを喰らってしまうのだ。
(アルニカを守りたい……!! そして、証明したい!!)
両手で、ロアは黄色い光を纏う剣を握りしめた。
固く、強く――まるで自身の意思を注ぎ込むかのように。
(僕が、出まかせなんて言ってない事を!!)
上辺だけを取り繕っている、ロアはモロクが自身をそう思っている事が我慢できなかった。
だから、彼の目に焼き付けさせたかった。
彼が抱いている考えを、覆させたかったのだ。
「おおおお!!」
自らに向かって飛んでくる大木に向かって、ロアは剣を振り上げる。
自身よりもずっと質量のある物体に、茶髪の少年は臆する様子も見せない。
「ロア……!?」
隣で、アルニカが自身を呼んだ気がした。
しかし、茶髪の少年は応じない。
モロクが投げつけた大木との距離が、数メートルにまで縮まる。
ロアは剣を振り下ろした。
(!! ……剣が、飛んでいかない!?)
少年の様子を見ていたアルニカが、心中で呟く。
そう、黄色い光が纏っているにも関わらず、ロアの手から剣が離れない。
それどころか、剣が震える様子も無かった。
「だああああっ!!」
剣が振り下ろされる間も、剣がロアに抗う様子は無かった。
ロアが剣を振り下ろすと――まるで三日月のような光の刃が作り出される。
大木が、直撃した。
魔法の力で作られた光の刃を支点に、大木が真っ二つに折れた。
太い幹が小枝のように折れたが、折れた時に発せられた音は轟音そのものだった。
同じくらいの長さに二等分された大木が地面に落ち、地震のような振動と砂煙が舞う。
「っ!!」
巻き上がった砂煙に、アルニカは両腕で顔を覆った。
飛び散った木の破片が、腕に当たるのを感じる。
およそ数秒、
「はあ……はあ……」
黄色い光を纏った剣を両手で握り、ロアは荒く息をしていた。
彼の呼吸に連動するように、少年の肩が上下している。
「……!?」
ロアは自身の左右を見渡す。
右、アルニカが立っていて、その向こうに両断された大木が落ちていた。
左、同じく両断された大木が落ちていた。
そして彼は、自身の握っている剣が黄色い光を纏っている事に改めて気付く。
剣が、手から離れていない。
それどころか、剣が少しも振動していなかった。
「ロア……魔法を使えてる……!?」
「……!!」
アルニカが呟いた言葉で、ロアは我に返る。
「出来た……!?」
半信半疑になりつつ、ロアは呟く。
大木が落下した際に巻き上がった砂煙は、収まりつつあった。
「やったね、ロア!!」
「だけど、どうして……? 今まで一度も出来なかったのに……」
まるで、自身の事のように嬉々とするオレンジ色の髪の少女。
対し、初めて魔法を扱えたロアは未だに困惑していた。
これまでは一度たりともも使いこなせなかった魔法。
しかし、今回は使いこなす事が出来たのだ。
「……合格だ、小童」
ロアとアルニカは、モロクを向く。
(まさか、本当に使いこなしてしまうとはの……)
熊型獣人族の男性は、両腕を組んでいた。
アルニカが、食って掛かる。
「何の説明も無しにいきなりあんな事するなんて……もしもの事があったら、どうするつもりだったんですか!?」
その意見は最もだった。
もしもロアが魔法を使えなかったら、ロアとアルニカの身は保証できなかっただろう。
モロクの行動は、常識を遥かに逸していた。
「それに……!!」
「待って、アルニカ」
言葉を続けようとしたアルニカを遮り、ロアが前に出る。
彼はモロクと向き合った。
「教えて、どうして僕は今……魔法を使いこなせたの?」
モロクの非常識な行動を糾弾するより先に、ロアは熊型獣人族の男性から聞きたい事があった。
「……これまでのヌシらには、決定的に足りない物があった。魔法を使いこなすには必要不可欠な、ある物がな」
「ある物? それって……?」
間髪入れずにロアは問い返す。
ロアと目線を合わせつつ、熊型獣人族は再び口を開いた。
「それは……」
「『想い』? ……そんなモンが魔法と関係あんのか?」
ルーノは両手で剣を握りつつ、ニーナに問う。
彼の剣には、黄色い光が宿っていた。
「大有りだよ。魔法は術者の想いに応えて力を発揮するからね」
紫の毛並を風に靡かせつつ、ニーナ=シャルトーンは言葉を返す。
「ただ使いこなしたいと言うだけでは、ダメなのだよ」
「……なあ、もしかしてさっきあんな事を聞いたのはこの為か?」
兎型獣人族の少年は、ニーナに問う。
先程のニーナからの質問とは、何故ルーノがロア達と共に世界を担う役割を持つ事に決めたのか、という事。
ルーノの答えは、ロアとアルニカには大きな借りがあるから、という事だった。
「まあ、それもあるが……一番の理由は個人的な興味だよ」
とニーナは言うものの、ルーノにはどこか釈然としない回答だった。
「その感覚、きちんと覚えておきたまえよ」
青い毛並の兎型獣人族の少年は、剣から魔法の光を解いた。
黄色の光の下から、眩い銀色の刃が姿を見せる。
ルーノは、剣を鞘へと納めた。
「……ああ」
彼が応じると、ニーナはルーノに言った。
「しかし、そうやって魔法を使いこなせたという事は……さっきの話、嘘では無かったという事だね」
「な……!! 嘘な訳ねえだろ!!」
「分かっているよ」
ロアとルーノが魔法を使いこなせたのは、理由があった。
ニーナの言った通り、魔法は術者の想いに応えて力を発揮する。
魔法を扱うには、「動機」が必要なのだ。
ロアの場合は、「アルニカを守りたい」という事と、「モロクに自身の決意を証明したい」という事。
ルーノの場合は、「大切な友達を守る力が欲しい」という事。
彼らの想いが生半可な物では無く、かつ偽りの無い物だった為、魔法は答えてくれたのだ。
「鍛錬を積んで行けば、魔法をもっとスムーズに扱えるようになるよ」
ニーナの言葉を聞いて、ルーノはイワンの事を思い出す。
アルカドール王国の修練場で彼は、いとも簡単に魔法を扱って見せた。
(オレがここまで来るだけでこんなに掛かった。イワンは相当修行したんだろうな……)
ニーナが踵を返した。
「では、感覚も掴めた事だし……今日はここまでとしようか」
小さな猫型獣人族の少女は、歩を進め始める。
「どこ行くんだ?」
ルーノが問うと、ニーナは振り返った。
左右で色の違う彼女の瞳が、青い毛並の兎型獣人族の少年を捉える。
「ついてきたまえ。これから行く場所で、ロア達とも合流する予定だよ」