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第114章 ~試すモロク~


「……ワシが言う事はそれだけだ」


 黄土色の毛並を持つモロクは、ロアとアルニカに言う。

 そして彼はその場で踵を返した。二人に背を向け、修練場の入口へと歩を進め始める。

 そのまま修練場を後にすると思いきや、モロクは今一度ロアとアルニカを振り返り、言い残す。


「ヌシらは、あの馬鹿者と同じには見えんぞ?」


 モロクの口にした「あの馬鹿者」とは、彼の息子を指していた。

 アスヴァン大戦で戦死した、モロクの実の息子――ジェイク=ガザン。

 戦争でみすみす命を投げ捨ててしまった自らの息子は、モロクにとっては愚か者と呼ぶに他ならなかった。

 自身の将来を、これからの人生を自ら閉ざしたジェイク。


(……)


 今一度、モロクは生前の息子の写真を見つめる。

 彼とそう変わらない年頃で、また彼と同じく命を捨てようとしているロア達、モロクはかつての息子を見ているような感覚だった。


「……じゃあの」


 再び踵を返し、モロクは修練場の入り口へと向かい始める。

 彼は最早、ロア達に少しの望みも抱いてはいなかった。

 世界の担い手として選ばれた彼ら、けれどモロクにとっては青二才の少年達。

 自身の息子と同じく、自ら命を捨てようとしている愚か者だった。

 

 しかし、モロクはロア達が愚か者に見えても、馬鹿な者だとは思わなかった。

 ロアもアルニカも、利発そうで聡明な少年と少女に見えたのだ。

 だから彼らは自身の言葉を理解し、正しい道に戻ってくれると思っていた。

 自身の半分にも満たない時間しか生きられなかった、ジェイクと違って。


「待って」


 突然、後ろから声を掛けられ、熊型獣人族は修練場を出ようとする足を止める。

 振り返ると、茶髪の少年が真意に迫る瞳でモロクを映していた。


「……何だ? 小童」


 少しの間、ロアは無言だった。

 けれど、少年はモロクの厳つく鋭い目線を向けられても、決して逸らそうとはしない。 

 ロアの瞳は少しの濁りも無く、意思に満ちていた。


(……この小童、あの馬鹿者と同じ目を……)


 ロアの瞳は、モロクにとってどこか見覚えのある瞳だった。

 そう、ロアは今はもう亡き彼の息子、ジェイクを思わせる瞳をしていたのだ。


「ロア?」


 アルニカが茶髪の少年を呼ぶが、彼は応じなかった。

 ロアはモロクを見つめ、言葉を紡ぐ。


「僕は、自分の役目を捨てる気は無いんだ」


「……!?」


 モロクの表情に、怪訝さが浮かぶ。


「確かに最初はユリスからの貰い物の役目だった。だけど今は違う、僕は僕の意思で魔族とかバラヌーンと戦うって決めたんだ」


 アルニカは隣で、ロアの横顔を見つめていた。


「魔族がどれだけ酷い事をしてるか、僕は自分の目で見て来た。だから僕は……どれだけ苦しくても、この役目を捨てたくない」


 モロクは訊き返した。

 否、訊き返すと言うよりも、言い返すと言った方が正しい口調だった。


「ワシの言った事を聞いていなかったのか?」


「……」


 ロアは無言だった。けれどその瞳は、モロクを見つめたままである。

 

「聞いてた。だけど僕はもう……決めたんだ」


 彼は続ける。


「この世界の為に、僕の大切な人達の為に……魔族と戦い抜くって」


「私だって同じです……!!」


 アルニカが続ける。

 今度は、モロクが無言になった。

 一度言えば、この二人は理解できると思っていた。

 けれど二人は、モロクが望んだ答えを発しなかったのだ。


 ロアとアルニカ、この二人は決して自身の意思を曲げようとはしない。

 モロクの忠告を一片の迷いも無く、跳ねのけたのだ。


「……出まかせを言っているのか、小童共」


「僕達が出まかせを言っているように見えるの?」


 ロアは即答する。

 熊型獣人族の男性は、茶髪のロアの瞳を見つめた。

 そして次に、オレンジの髪のアルニカの瞳を。


(……)


 確固たる意思を宿した少年と少女の瞳。

 モロクには、ロアとアルニカが出まかせを言っているようにはとても思えなかった。

 しかし、だからこそ彼は思い出してしまう。彼らと同じ瞳を持っていたジェイクの事を。


「……見えるな。言葉など所詮、どうとでも取り繕う事が出来る」


 モロクはロア達に背を向け、歩を進め始めた。

 しかし、彼が歩み寄る先は修練場の入り口では無く、修練場の傍らに生えた大きな木がある。


「このワシが見定めてやろう、小童」


「……?」


 モロクの言葉の意味を、ロアは理解出来なかった。


「剣を構えておくがよい、死にたくなければな」


 続けて発せられる、意味を理解出来ない モロクの言葉。

 疑問を浮かべつつも、ロアはその両手で剣を構えた。

 

「ヌシの覚悟か本物か、ヌシに世界を担うだけの力があるのか……」


 その言葉と共に、モロクは修練場に生えた木の太い幹に両手を掛ける。

 ロアとアルニカが度肝を抜かれる出来事が起きたのは、そのすぐ後だった。


 地に深く根を張った巨大な木を、何とモロクは土から引き抜き始めたのだ。


「え、えええええ!?」


「ちょ、嘘っ……!?」


 驚愕するロアとアルニカ、彼らが驚きの声を漏らす間にも、大木は土から引き抜かれていく。

 ベキベキと枝が折れる音に、枝に青々と付いた木の葉がざわめく音、ボロボロと土が落ちる音――。

 ゴツゴツした木の幹は地面から引き抜かれ、幾つにも分かれた根の部分が露わになる。


「ぬおおおおッ!!」


 凄まじい掛け声と共に、モロクは木を引き抜き続ける。

 やがて地面に大穴を残し、大木はモロクによって完全に地面から引き抜かれてしまった。


「ふう……!!」


 今し方引き抜いた大木を両手で持ち上げ、モロクはロアを振り返った。

 熊型獣人族の男性が持ち上げている大木によって陽の光が遮られ、ロアとアルニカの居る場所が日陰になる。


「あ、ええええ……!?」


 呆気にとられるロア、熊型獣人族の腕力とはこれ程の物なのか、と彼は思う。

 地面に深く根を張った木を引き抜いた上に持ち上げるなど、尋常の沙汰では無かった。

 その両手で大木を持ち上げつつ、モロクはロアを視線に捉えた。

 そしてモロクは、先程の言葉から続く言葉を、少年へ紡ぐ。


「今この場で、証明してみせろ!!」


 その言葉と共にモロクは――。

 両手で持ち上げた大木を、ロアとアルニカに向けて勢い良く投げつけた。


「!!」


 ロアは声を出す暇すら無かった。

 ものの数秒ですら猶予は無い、このままではモロクが放った大木によって、自身の体など容易く潰されてしまう。


(いや、このままだとアルニカまで……!!)


 モロクが投げつけた大木の幅はロアだけに留まらず、アルニカの立つ位置にまで及んでいた。

 直ぐにロアは剣を握り、呪文を唱えた。


「レーデアル・エルダ!!」


 自身とアルニカの身が危ういのは勿論の事。

 けれどロアには、これはモロクが自身に課した試練のようにも思えた。

 ここで身を守れないような者では、魔族に相対する事は出来ない。

 アスヴァンの為に戦い抜く事など、到底出来る筈は無いのだ。


(やってやる……!! 証明してみせる!!)


 黄色い光を纏い始めた剣を握り、ロアは自身に追い迫る大木を見つめた。






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