第113章 ~モロクの宣告~
「……どういう事?」
ロアはモロクに問いかけた。
先程の熊型獣人族が発した言葉の意味を。
アルニカも茶髪少年の隣で、不機嫌な面持ちを浮かべつつモロクを見つめている。
「……」
山のような体格を持つモロクは、無言のままため息を吐く。
数秒の後、彼は二人の人間の子供に向かって、
「ユリス女王が選んだ世界の担い手が、どれ程頼もしい者かと思っていた」
モロクの視線は相変わらず厳つかった。
が、その声にはどこか嘆息が混じるかのような、落胆するような気持ちが伺える。
「まさかヌシらのような……魔法も満足に扱えん、非力な小童共だとは思ってもいなかった」
「非力……!?」
ロアが、モロクを睨んだ。
「違うのか?」
モロクもまた、少年を厳つい視線で捉えた。
一時の沈黙が流れる、修練場が静けさに包まれた。
ロアとモロクの間には、火花も散らしそうな緊迫感が漂っている。
自身よりも遥かに大きな体格のモロクに向きつつも、ロアの表情は毅然としていた。
茶髪少年の表情に、恐れは無い。
「私はともかく、ロアは非力なんかじゃありません」
沈黙を解いたのは、アルニカだった。
彼女の真意の込められた瞳が、モロクを映す。
熊型獣人族は、言葉を返さなかった。
モロクの無言が、「続けろ」と言っているようにアルニカには思える。
「彼、剣術は大人顔負けって呼ばれるほど強くて……大人でも習得が難しい剣術だって会得しています……!!」
アルニカの言葉に、嘘偽りは無い。
「今までだって、魔族やバラヌーンと渡り合って来ているんです」
ラータ村での魔族の兵達や、魔族の将軍のドルーグ。
ベイルークの塔で遭遇した魔卿五人衆のヴィアーシェ。
イシュアーナでのバラヌーンの少年少女達。
これまでロアは何度も戦いを重ねてきたが、アルニカの言う通り、完全に敗北したことは一度も無い(但し、ヴィアーシェには一度気絶に追い込まれた事はあるが)。
「ならば訊くが」
モロクは、ロアに視線を向け直した。
「ヌシは魔族やバラヌーン共と戦ったこれまで、一度たりとも命の危機を感じたことは無いのか?」
「……!!」
微かに、ロアの表情に動揺が浮かぶ。
確かに完全に敗北したことは無かった、しかしながら――命の危機を覚えた記憶はあったのだ。
例を挙げれば、ベイルークの塔でのヴィアーシェ戦など。
「ヌシはどうだ? 小娘」
それ以上のロアの言葉を聞かずとも、モロクには彼の答えが理解出来た。
モロクはアルニカへ問う。
「!! ……私は……」
アルニカは思い出す。
ラータ村で彼女は、魔族の将軍ドルーグの毒剣によって一度死の窮地に立たされた。
狼型獣人族のガルーフの尽力のお蔭で最悪の結末は回避出来たが、「命の危機」と言って差し支えないだろう。
「……ヌシら若造が、分不相応な重い荷物を背負うな」
口籠るアルニカから視線を外し、モロクはロアとアルニカに言う。
静かな口調には、威圧的な雰囲気が漂っていた。
「剣を持てば勇敢なつもりか、ヌシらは自ら死の道へ進んでいることに、気付きもしないのか」
まるで吐き捨てるように、モロクは言う。
その言葉は質問しているというより、独り言を呟いているかのようだった。
「意味が分からない、一体何を……!!」
ロアが反論した途端、モロクは少年を睨みつけた。
「!!」
熊型獣人族の厳つい視線に捕らえられたロアは、凄まじい威圧感を感じた。
まるで、幾つもの眼球に見つめられているかのような錯覚さえ覚えた。
「ヌシらのような小童が、世界の為に戦い抜けるとでも思っているのか?」
モロクは、その後直ぐに怒声の如き声を上げた。
「思い上がるな!!」
ロアとアルニカは、ビクッと身を震わせた。
厳つい外見を持つモロクから発せられる怒声は、相応の威圧感を帯びていた。
少年と少女を驚かせるには十分だったのである。
「ヌシらがしている事は命を捨てる愚行だ。将来ある若造が、大切な命を無駄にするでない」
ロア達を気遣う言葉に思えたが、命令するような言葉の重さがあった。
熊型獣人族は続ける。
「勇敢さと無謀さを取り違えるのは……馬鹿者の証拠だ」
モロクは言い放った。
「馬鹿って……!! そんな言い方あるんですか!?」
アルニカがモロクに反論する。
彼女はロアがこれまで、魔族との戦いにどれほど身を捧げて来たかを知っていた。
自身の事は別にいい。しかしアルニカは、ロアを馬鹿者呼ばわりしたモロクに反論せずには居られなかった。
「ニーナさんとは大違いです……!!」
小さな声で、アルニカは呟いた。
ニーナ=シャルトーンも、ルーノに何度も蹴りを入たり、どこか上から見上げるような振る舞いはあったが、それでも嫌味は感じさせなかった。
しかし、ニーナの友人だというモロクは粗暴で、見下すような態度しか醸していなかった。
出会ったばかりのロアとアルニカを卑下するような物言いに、アルニカは我慢できなかった。
「……ワシの孫も、馬鹿者だった」
モロクが呟く。
これまでと変わって、どこか沈むような声だった。
「え……?」
ロアが問い返す。
熊型獣人族は一枚の写真を取り出し、ロアとアルニカに見せた。
写真には一人の熊型獣人族が映っていた。
はっきりとは分からないが、歳は恐らく10代中半あたりだろうか。
「この人は……?」
ロアが呟く。
アルニカは、モロクに問いかけた。
「誰なんですか?」
モロクは大きくため息を吐いた。
その厳つい表情が、今はどこか悲しげな雰囲気を帯びていた。
「ジェイク=ガザン、ワシの孫だ。もうこの世には居ないがの」
「え……」
モロクは続ける。
「こ奴も、今のヌシらと同じだった。青二才の分際で、世界の為に戦うなどと馬鹿を言って戦争に赴き、あっけなく殺されよった……」
「……戦争ってまさか、アスヴァン大戦?」
ロアが問う。
戦争という言葉を聞き、茶髪少年は真っ先に数十年前のアスヴァン大戦を頭に浮かべたのだ。
アルニカは視線を外した。
モロクはロアの質問に答えず、続けた。
「命をみすみす捨てようとしてる若造を見ると、ワシは我慢が出来なくなる。こんなジジイより先に、将来ある若者が逝くなど……!!」
「……っ」
アルニカが口を噤む。
何故、モロクが自身やロアに否定的な言葉ばかりを紡ぐのか――。
その理由を、オレンジの髪の少女は分かった気がした。
「悪い事は言わん、ヌシらはジェイクと同じ道を行くな。死んでからでは後悔する事も出来んぞ」
モロクは続ける。
「背負う事の無い荷など背負う必要は無い。ユリス女王から与えられた役割など放棄しろ、そして故郷に戻れ」
ロアとアルニカは何も言わなかった。
「若造が居るべきは血みどろの戦場などでは無い。もっとふさわしい場所が、ヌシらにはあるはずじゃろう」
モロクの言葉は、ロアとアルニカを気遣っての事だった。
粗暴に見えつつも、モロクは二人の行く先を案じていたのかも知れない。
戦争で失った孫の姿を、彼はロアとアルニカに重ねていたのだ。
「っ……」
ロアは、右手の拳を握りしめた。
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【キャラクター紹介 22】“モロク”
【種族】獣人族
【種別】熊
【性別】男
【年齢】64歳
【毛色】イエローオーカー
本名は「モロク=ガザン」ヴァロアスタ王国騎士団所属の熊型獣人族の男性。
その体格は三メートル近く、非常に大柄。
熊型獣人族の特性として強靭な腕力を持ち、ロア程度の体重の少年ならば片手で軽々と持ち上げてしまう。
歳を重ねているものの、その腕力は衰えていないようだ。
武器は金属製の籠手を使い、相手と接近しての肉弾戦を得意とする。
大柄な体格に合わせ、彼愛用の籠手もかなりの大型。