第111章 ~修練~
「では早速、ヌシらの特訓を始めるとしようかの……」
ニーナがルーノを連れて行った後、修練場にはロアとアルニカ。
そして、まるで山のような体格の熊型獣人族、モロク=ガザン。
「ホラ何しとる、さっさとやって見せろ」
ロアとアルニカに命じるモロク。
彼の口調はどこか素っ気なく、気怠そうな声だった。
先程までの厳つい視線は嘘のように消え去り、まるで欠伸でも漏らしそうな様子である。
(……何か、やな感じ……)
心中で呟きつつ、ロアは剣を鞘から抜く。
黄色の魔石がはめ込まれた剣、ユリスからの授かりものである。
ロアは剣を構え、一呼吸置いた後で、
「レーデアル・エルダ……!!」
彼の呪文に呼応するかのように、黄色い魔石が光を放ち始める。
ロアが持つ剣の刃も同じく、黄色の光を纏い始めた。
アルニカは彼の隣で、ロアの剣を見つめていた。
(集中……!!)
ロアは自身が持つ剣に神経を集中させ、自身が魔石から引き出している力――魔法の力を制御しようとする。
しかし、黄色の光の強さが増した瞬間だった。
「っ!?」
魔法の力が作り出す力場により、剣がまるで命を持つかのように暴れはじめる。
「うわっ!!」
そしてロアの手から弾け飛び、剣は宙を舞い――修練場の土の上に、落下した。
黄色い光は既に失われ、銀色の刃が陽の光を反射していた。
「やっぱり、まただ……」
ぽつりと呟き、ロアは地面に落ちた剣を拾い上げる。
白銀の剣身が、まるで鏡のように茶髪少年の落胆した表情を映した。
傍らでその様子を見つめるモロクは、小さくため息を吐いた。
「……」
熊型獣人族の男性は、視線をロアからもう一人の少女――アルニカへと移す。
彼の巨木のような腕は、組んだままだった。
「次はヌシだ、小娘」
「こ、小娘って……!!」
アルニカは一時、むっとした表情を浮かべる。
しかし、モロクの視線が痛く感じた彼女は、黙って魔法を使って見せることに決めた。
(何だかこの人、嫌い……!!)
心中でロアと同じような事を呟きつつ、アルニカは両手で二本のダガーを鞘から抜いた。
そして彼女もロアと同じように呪文を唱え、ツインダガーに黄色の光を宿す。
が、結果は同様だった。
アルニカのツインダガーもまた、少女の手から弾けるように離れ――修練場の地面に虚しく落下する。
因みに、二本の内の一本は地面に突き刺さった。
「……ヌシら二人とも、全然ダメじゃの」
モロクは今度は大きなため息を吐く。
背中を掻きつつ、彼はロアに向かって言った。
まるで投げ捨てるかのような、投げやりな口調で。
「ヌシらのような、魔法も扱えん小童を『世界の担い手』に選ぶとは……アルカドールのユリス女王も、一体何を考えとるのやら……」
「!!」
モロクの言葉に、ロアとアルニカは彼を見る。
身長の差が大きすぎるので、自然とロアとアルニカがモロクを見上げる形になっていた。
「メイリーア女王程の聡明さは、ユリス女王は持ち合わせていないと言うことかの……」
ロアとアルニカは、モロクが口にした女性を知っていた。
メイリーア女王、ユリスの実母であり、アルカドール王国の前君主の女性である。
「……!! ユリスを悪く言うな!!」
茶髪の少年は、モロクに向かって怒声の混じった声を投げつける。
黄土色の毛並を持つ熊型獣人族の男性は、即答した。
「悪く言ったつもりは無い、だが、ワシの言った事は間違っているか?」
「どういう事ですか……!?」
応じたのはアルニカ。
彼女の声にもまた、ロアと同じく険阻さが垣間見えている。
モロクの態度が、彼女の癇に障ったのだ。
「まさか、ヌシらごときがこの世界を背負えるとでも思っているのか?」
モロクは、修練場に設置されたベンチに腰かけた。
そしてロアとアルニカに向き直り、
「無駄を省いて、はっきり言おうかの」
少年と少女を厳つい視線で捉え――モロクは、言い放った。
「正直、世界の担い手がヌシらだと知った時……ワシは、心底失望した」
同じ頃、ヴァロアスタ王国内の別の修練場には、獣人族の少年と少女の姿があった。
青色の毛並を持つ兎型獣人族の少年と、紫色の毛並を持つ猫型獣人族の少女。
ルーノ=ロビットと、ニーナ=シャルトーンである。
「なっていない!!」
可憐さを帯びた、猫型獣人族の少女の声。
と同時に、ルーノの腹部目がけて蹴りが放たれる。
一回転を加えた動作の、ローリングソバット。
「ぶっ!!」
直撃、クリーンヒットだった。
蹴られた箇所を支点に、ルーノは体を二つに折り曲げる。
「いちいち……蹴り……入れんじゃねえよ……!!」
腹部の痛みに悶えつつ発せられる兎型獣人族の少年の声は、途切れ途切れだった。
一方ニーナは悪びれる様子も無く、自身のレイピアを抜く。
「まったく……どうしてこんな簡単な事も出来ないのだね?」
その言葉と同時に、ニーナは自身のレイピアに紫の光を宿した。
「簡単に言うんじゃねえよ、難しいだろこれ!!」
ルーノは、自身が持つ剣にはめ込まれた黄色い魔石を指で指す。
彼もまたロアとアルニカ同様、中々魔法を使いこなす事が出来ずにいたのだ。
ニーナはレイピアから紫の光を解きつつ、ため息交じりに呟く。
「そんな弱音を吐いていては、あの二人に置いて行かれてしまうだろう」
「……!!」
ルーノの耳が、ぴくりと反応する。
「ここからは私の想像だが……君はアルニカとロアの力になりたくて、旅に同行したのではないのかね?」
「何でオマエ、その事を……!?」
ニーナはレイピアを鞘に納め、代わりに一枚の封筒を取り出した。
そこまで大きい物では無く、便箋一枚が入るくらいの大きさである。
「アルカドール王国女王、ユリスからの手紙に書いてあった」
猫型獣人族の少女は、続ける。
「ユリスの手紙には、世界の担い手はロアであると書いてあった。だとしたら、君とアルニカはどうしてロアと共にこのヴァロアスタに赴いたのか……考えれば、直ぐに分かる事だよ」
ニーナは封筒を仕舞った。
ルーノは剣を片手に持ったまま、猫型獣人族の少女の言葉に耳を傾ける。
「危険だと分かっていて、何故ロアやアルニカと共に世界を担う道を選んだのか……私としてはルーノ、是非とも君に尋ねておきたいのだが」
「……」
ルーノは、目の前の猫型獣人族の少女を見つめる。
すると彼女――ニーナもまた、オッドアイの瞳でルーノを見つめた。
ヴァロアスタ王国騎士団団長、ニーナ=シャルトーン。
兎型獣人族の少年には、彼女がどこか不思議な存在に思えた。
出会ってから間もないし、気に喰わないと言う理由で自身に何度も蹴りを入れるような彼女。
けれども言う事は間違っていなくて、的確にルーノの心中を探る言葉を紡いでくるのだ。
彼女になら、明かしても構わない――そう思わせるような雰囲気が、ニーナにはあった。
「ふー、あの二人には言うんじゃねえぞ?」
ニーナから視線を外し、ルーノは剣を収める。
彼は両手を背中で組みつつ、修練場に設置されていたベンチに腰掛ける。
「ロアとアルニカ……あの二人が居なかったら、今のオレは多分……居なかったと思う」
ベンチに腰かけたまま、兎型獣人族の少年は空を見上げた。
自らの毛並と同じ、青色の空。
「……?」
ニーナは何も言わずに、少年の話に耳を貸す。
「…………」
ルーノは暫く、言葉を続けなかった。
無言のまま、じっと空を見上げていた。
二人の獣人族以外の誰も居ない、ヴァロアスタ王国の修練場。
静けさが包む中、風が吹いた。
風は木の葉や小さな砂埃を舞わせ――ルーノやニーナの毛並を、揺れさせる。
「こんな風にベンチに座って空見てたっけな、あの二人と初めて会った日も」
その長い耳を風に揺らせつつ、ルーノは呟いた。
彼の言葉を聞くのは、側に居るニーナ。彼女一人だけである。