第110章 ~ニーナの宣告~
「んっ……少し寝たりねえな……」
「ん? ルーノ、昨日の夜僕より先に寝入ってたよね?」
「もしかして、夜中に起きてどこか行ったの?」
順番に、ルーノ、ロア、アルニカ。
場所はアルカドールからヴァロアスタ王国へ移り、時は朝の頃。
ロア達三人が、汽車でヴァロアスタ王国へと赴いた日の翌日。
ヴァロアスタ王国の宿で一夜を過ごしたロア達は、各々の武器と共に修練場へ赴いていた。
昨日、ルーノがニーナと一騎打ちを演じた場所である。
「いや別に……てかニーナのヤツ、こんな朝から一体何をさせようってんだ?」
眠気を振り払えないのか、片目を擦りつつルーノは呟く。
ロア達がここへ赴いたのは、昨日のニーナからの言い付け故である。
「さあ……でも、僕たちにとってとても重要な事だって言ってたよね」
ロアの隣で、アルニカは頷いた。
「何なんだろ? 重要な事って……」
空に浮かぶ太陽の光を受け、アルニカのオレンジ色の髪が輝く。
彼女の両腰には、皮製の鞘に納められたツインダガーが下げられていた。
ロアとルーノもまた革製の鞘に納められた剣を、それぞれ腰に下げている。
「遅刻しないで来てくれたようだね、君達」
後方から届いた聞き覚えのある声、ロア達はほぼ同時に振り返った。
声の主は、ロア達が良く知る猫型獣人族の少女、ニーナ=シャルトーンである。
そして、ロア達に歩み寄る彼女の隣には、もう一人居た。
「あ……!!」
驚愕の声を漏らしたのは、茶髪のロアである。
その原因は、ニーナの隣に居たもう一人の人物。
「あの人って……!!」
「昨日の……」
次にアルニカ、ルーノ。
「まさか、ヌシらが『世界の担い手』だったとはの」
ニーナの隣に居たのは、ロア達が見上げなければ視線を合わせることの出来ない程の、大柄な体格を持っていた。
彼の体で太陽の光が遮られ、ロア達の立つ場所は日陰になっている。
厳つい視線でロア達を見下ろす、黄土色の毛並を持つ熊型獣人族。
モロクである。
「早速だが、本題に入るとしよう」
ニーナが告げると、ロア達は彼女へと視線を移す。
山のような体格を持つモロクの隣に立つ猫型獣人族の少女は、一層に小さく見えた。
「君達にはまず、魔法を完璧に使いこなせるようになってもらわなければならない」
「え、魔法を?」
ロアが問い返すと、ニーナは小さく頷いた。
「魔法を使いこなせるようになっていれば、君達の身を守る大きな助けになるからね」
猫型獣人族の少女は、腰の鞘からレイピアを引き抜いた。
細身な刃で、柄の部分にまるで植物の蔓のような装飾が施された武器。
紫色の、魔石がはめ込まれていた。
「汽車での事は、君達も見ていただろう?」
レイピアにはめ込まれた魔石を指で軽く叩きつつ、ニーナは問う。
アルニカが答えた。
「はい。ニーナさん、魔法の壁で銃の弾を防いでましたね……」
汽車で強盗の男達を退けたニーナの事を、アルニカは思い出していた。
そう。ニーナは自身に向けて放たれた弾丸を、魔法の壁を作り出して防いだのだ。
「普通、銃を持った相手に剣では敵わないとは思わないかね?」
ニーナがロア達に問う。
「そりゃ、銃は剣と違って相手に近づく必要なんか無いからな」
応じたのは兎型獣人族のルーノ、彼の言う通りだった。
剣と銃はどちらが強いか、その答えはまず間違いなく銃である。
剣で相手を殺傷する際、その射程まで距離を詰めなければならないが、対する銃はその必要が無い。
銃は狙いを定めて引き金を引くだけで、相手に致命傷を与えられる。
「けれど私は昨日、銃を持った相手にこのレイピアで勝利できた。何故だと思う?」
ニーナは、自身が持つレイピアの剣身を指で撫でる。
「それは……魔法で銃の弾を防いだから?」
「ご名答、ロア」
ニーナは続ける。
「剣だけで銃に相対するのは厳しくとも、魔法の力を駆使すれば、不可能では無いのだよ」
ロア達は、猫型獣人族の少女の言葉に耳を傾ける。
「それに、魔法の力を宿らせた剣ならば、強さも段違いでね」
ニーナは、まるで芸術品のようなレイピアを鞘へ納めた。
彼女のしなやかな紫色の毛並が、風を受けて靡く。
「君達の身の安全のためにも、魔法を使いこなせるようになってもらわなければならない」
猫型獣人族の少女は、自身の隣に立つ、熊型獣人族の男性を見上げる。
「そこで今日は、モロクにも来てもらった」
ニーナが告げると、黄土色の毛並を持つ熊型獣人族は一歩前に出た。
たった一歩の前進だと言うのに、ロア達にはまるで山が動くように思える。
「シャルトーンから事情は聞いている。ワシがヌシら二人に無理やりにでも魔法の使い方を叩き込むから、そのつもりでの」
シャルトーンとは、ニーナの事である。
厳つい外見に違わず、モロクの声は太く響くような雰囲気で、有無を言わせない威圧感を帯びていた。
ロア達は何も言葉を返せず、頷くだけである。
「……ん、二人?」
ふと、モロクの言葉の矛盾点に気付いたロアが呟いた。
熊型獣人族の男性は、「ヌシら二人」と言った。
ロア、アルニカ、ルーノ、彼らは三人居る筈なのにである。
「あの、私達は三人ですけど……?」
アルニカがモロクへ問いかける。
するとモロクでは無く、ニーナが答えた。
「モロクにはロアとアルニカへの指導を行ってもらう、という意味だよ」
猫型獣人族の少女は、視線を横へ移す。
彼女のオッドアイの瞳が、今度はルーノを映した。
「ルーノ、君の指導はこの私が行う」
「……は!? 何でオレだけオマエと……」
ルーノが異議の言葉を言い終える間もなく、ニーナの飛び蹴りが彼の腹部を直撃した。
「ごほっ!?」
兎型獣人族の少年は、地面に倒れ伏した。
ルーノがニーナの蹴りを喰らった回数、通算で四発目である。
「長幼の序は守りたまえ。年上に向かって『オマエ』呼ばわりなど言語道断」
地面に伏すルーノの片腕を掴み、ニーナはロア達に向き直る。
そして彼女はロア達へと言葉を紡いだ。
「今、このヴァロアスタでは不穏な動きがあってね。それを止める為にも、君達には強くなってもらう必要があるのだよ」
「それってまさか……魔族絡みの事?」
間髪入れずに、ロアが問い返した。
「話せば長くなる、時が来たら君達にも話そう」
ロアに返すと、ニーナは腹部を押さえて呻き声を上げているルーノを、ずりずりと引きずり始めた。
猫型獣人族の少女は、ロア達の側に立つモロクを見上げた。
「ではモロク、その二人を頼む」
「……うむ」
モロクは小さく頷いた。
猫型獣人族の少女は、ルーノを引きずったままどこかへ去っていく。
恐らくは、他の修練場へ場所を移すつもりなのだろう。
「ニーナさん……何でルーノだけ?」
「さあ……」
何故、ニーナはルーノだけを個別に指導することにしたのだろうか。
ロアとアルニカには、その理由は皆目見当も付かなかった。
「あ……」
ロアが気付く。
自身と、自身の隣に立つアルニカを見下ろす――モロクの視線に。
まるで巨大な山のような体格を持つ熊型獣人族。
彼は自身の前に立つロアとアルニカを見下ろしつつ、腕を組み、そして心中で呟いた。
(こんな小童共を、世界の担い手にするとは……)