第109章 ~事の後~
その後、ロディアスは城門前をイワン達に任せ、ユリスの下へと向かった。
ザフェーラの術に操られていたエンダルティオの少年少女達は、正気を取り戻していた。
ある程度離れれば術は無効化するのか、或いはザフェーラが術を解いたのかは分からない。
しかし、皆いずれも心身に異常は無い様子だった。
「ユリス様のお見立て通りでした。まさか、この国に本当に魔族が……」
アルカドール城内、ユリスの寝室で重々しげに言葉を発したのはロディアス。
ロディアスの言葉の先には、三人の者が居た。
騎士団副団長の犬型獣人族、ヴルーム。
エンダルティオ団員であり、イワンの妹である少女、リオ。
そして、アルカドール王国君主の少女、ユリス。
「それと、バラヌーンもね……」
付け加えたのは、リオ。
紫がかったピンクのショートヘアを持つ少女は、包帯を巻いた片手を摩っていた。
口布を巻いたバラヌーンの少年、ジェドによって踏みつけられた箇所である。
(……)
無言で、ヴルームがリオの片手を見つめていた。
「さらに、魔卿五人衆のザフェーラの姿もありました」
ロディアスは補足する。
ベッドに腰掛けたユリスは、三人から視線を外す。
流れを作るような彼女の金髪が、窓からの月光を反射して神々しく煌めいていた。
「……恐れていた事態のようです」
歳若き女王の言葉が、夜闇に包まれた寝室を小さく泳ぐ。
「ユリス様、魔族がこの国に現れた以上、当面の間は……警戒を強める必要があるかと」
進言したのは、ヴルームである。
彼の空色の毛並みもまた、月光を淡く反射していた。
「同感です、ヴルーム……」
ユリスは小さく頷く。
「……!!」
何かを思い出したかのような面持ちを浮かべ、ロディアスはポケットを探った。
彼以外の三人は、同時に騎士団団長の男性に視線を向ける。
「そういえば……」
呟いてから数秒、ロディアスは一つの水晶玉を取り出した。
「ザフェーラ=ゾニルからです、ユリス様にこれを渡せと……」
ロディアスが魔卿五人衆のザフェーラから預かった、言伝の水晶玉。
単なる水晶玉では無く、自身の言葉を込め、相手に伝えることが可能な魔法道具である。
「それ、ひょっとして罠とかじゃないの? 魔族が残してったものなんでしょ?」
リオの言葉も、決して有り得ない仮説では無かった。
以外にも、彼女はこういう配慮が働くようである。
ユリスはどこか躊躇いつつも、ロディアスの手の平に乗せられた水晶玉に手を伸ばす。
「……」
一呼吸置いた後、金髪を持つ美しい少女は思い切って水晶玉を手に取った。
暫し親指と人差し指で玉を摘まむように持っていたユリスは、やがて手のひらの上に乗せるように水晶玉を持つ。
(特に、罠のような物は……)
心中で呟くと、ユリスは手の平に乗せた水晶玉を自身の額に押し当てた。
彼女は玉を額に押し当てたまま目を閉じ、囁くかのように呪文を呟く。
この行動は、言伝の水晶玉に込められた言葉を聞く方法である。
「サーレアラ・イライツ……」“汝の言葉を我に示せ”
瞬間、玉がまるでユリスの呪文に呼応するかのように淡い光を帯びる。
そして、言伝の水晶玉に込められていた言伝が、ユリスの頭の中に浮かんだ。
魔族達の君主が、アルカドール王国女王のユリスに向けて紡いだ言葉が。
「……!!」
その言葉を受けたユリスは、玉を額に押し当てたまま目を開く。
清廉で美しい女王は、驚愕に表情を染めていた。
言伝の水晶玉に込められていた言葉は、彼女を驚愕させるに値する内容だったのだ。
「女王様?」
リオが声を掛ける。
途端、ユリスが持っていた言伝の水晶玉が砕け散った。
ガラスが割れるような透き通った音と共に、玉の破片がユリスの手の周囲に散らばる。
大小様々な形状の破片は、空気に溶け入るかのように消え去った。
言伝の水晶玉も、使用回数が一度限り。即ち、使い捨ての魔法道具なのである。
「何を……聞いたのです?」
ロディアスが問うが、ユリスは応じなかった。
「……っ」
先程まで水晶玉を持っていた手を、ユリスは固く握りしめる。
思い詰めるかのような様子で、彼女は握った手を自らの胸元へ押し当てた。
(まさか……魔族はあの事に気付いて……!?)
声には出さずに、ユリスは心中で呟く。
窓から差す月光が、歳若き君主の金色の髪を淡く照らしていた。
ユリスの事を気遣い、ロディアスとヴルームは寝室を後にした。
女王の警護は、引き続きリオに一任している。
騎士団団長のロディアスと、副団長のヴルーム。
彼らは月光の差す廊下で、互いに向かい合っていた。
「先程のユリス様の様子……どう思う? ロディアス」
犬型獣人族のヴルームが、人間のロディアスに問う。
「分からない。だが、あまり深く問い詰めるとユリス様のお気に障るだろう」
「……そうだな」
ユリスの教育係を務めていたロディアスは、彼女の心境を第一に考えていた。
「では、私は警護に戻る。後を頼む、ヴルーム」
「ロディアス、伝えておきたい事がある」
立ち去ろうとしたロディアスを、ヴルームは引き留めた。
人間の男性は、振り返る。
やがて、ヴルームはどこか重々しげに口を開いた。
「信じられないかもしれないが、襲撃者の中にレインが居た」
「……!?」
驚愕に表情を染めるロディアス、ヴルームは続ける。
「それもバラヌーンに下っていて、ユリス様を殺そうと」
「レインがバラヌーンに……!? 確かなのか……!?」
ヴルームは、首を縦に振った。
「お前とレインにしか話したことの無かった、子供の頃の俺の夢を知っていたんだ」
先程交戦した、口布を巻いた鎖鎌少年の姿を思い浮かべつつ、ヴルームは応じる。
「以前との様子はまるで違ったが……間違いは無い」
ヴルームが続けると、ロディアスは視線を外した。
廊下の床の方を向きながら、人間の男性は小さく息を吐く。
「何故、レインが……」
レインと言う少年は、かつてロディアスとヴルームの良き友人で、親友と言っても間違いは無かった。
その彼がバラヌーンに下り、しかもユリスを殺害しようとした等――ロディアスには受け入れ難い事実である。
ヴルームも同様だったが、彼自身の目で見た以上、真実と受け入れざるを得なかった。
「分からない。もしかしたら……俺達と会わなくなった後に何かあったのかも知れない」
ヴルームは、一つの仮説を提示した。
「……!! そういえば……」
犬型獣人族の男性が、何かを思い返すように呟く。
ロディアスは、彼の様子を見逃さなかった。
「どうした?」
ヴルームは視線を上げた。
「ジェド……いや、レイン。さっき俺が戦った時、あいつは15~16くらいの少年の姿だった」
犬型獣人族の男性の言葉に、ロディアスは疑問に表情を染める。
「ヴルーム。私達と同い年なら、レインも35歳になっている筈だろう?」
何故今まで気付かなかったのか、ヴルームは自身が情けなく感じる。
そう。レインはヴルームとロディアスと同い年だった。
自分達と同じだけの時を生きて来たのならば、彼も35歳を迎えている筈なのだ。
(あいつはやはり、レインではないのか……だが、それでは何故、俺がロディアスとレインにしか話さなかった事を……!?)
ヴルームは思考を巡らせる。
しかし、どう考えようとも事実が噛み合わなかった。
「どういう事だ、一体……」
呟いたのは、ロディアス。
かつての友人がバラヌーンに下っていたという事。
そして、その友人が歳を取っていないという事実。
ヴルームから告げられた二つの事が、彼にはとても理解出来なかった。
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【キャラクター紹介 21】“ジェド/レイン”
【種族】人間
【性別】男
【年齢】-Unknown-
【髪色】マーブルグレー
イシュアーナ戦にてロアと交戦し、後日に他の魔族と共にアルカドールを襲撃したバラヌーンの少年。
口布と、不規則に跳ねた髪型、そして凄まじい殺意を感じさせる冷酷な瞳が特徴。
鎖鎌を武器として使い、リオを打ち負かすまるで悪魔の如き強さを見せ付けた。
自身が敵意を抱く相手は、例え女性であろうとも容赦なく殺害しようとし、一切の慈悲をかけない危険人物。
ユリスを始め、アルカドールの者に強い憎しみを抱いているが、真意は不明。
ロディアスとヴルームに縁があるようだが……?