第107章 ~驚愕するヴルーム~
「……分からないか、俺が誰なのか」
ヴルームの剣を自身の鎌で受けつつ、ジェドは呟く。
そこには特に落胆した様子も無く、単なる独り言のような口調だった。
(ハッタリか? いや、ならば何故俺の名を……!!)
犬型獣人族の男性は記憶を辿る。
ジェドの言葉は単なるハッタリとも思えたが、それでは鎖鎌少年がヴルームの名を知っていた理由の説明がつかない。
故にヴルームは、彼が自分に縁のある人間なのだと思った。
しかし、口布で顔を覆い、無骨な鎖鎌を振り回す知り合いなど、ヴルームには全く覚えが無い。
「フン、分からなくても無理は無い……」
ジェドはヴルームの剣を弾き返し、鎌の柄尻と鉄球を繋ぐ鎖を握る。
彼は、鉄球による攻撃を繰り出すつもりなのだ。
「!!」
ヴルームは一歩後ずさり、青い光を纏う剣を構え直す。
ジェドが鉄球を振ったのは、その僅か数秒後。
足を踏み込み、全身の力を込めて振られた鉄球は空気を裂くような音を立て、横向きにヴルームへと向かう。
(俺の知り合いに、こんな奴など……!!)
ヴルームは、鉄球を受け止めようとはしなかった。
先程の一撃で、彼は学習していたのだ。
鉄球を剣で防ぐことは出来る、しかしその行為は、腕への負担が大きすぎるという事を。
犬型獣人族の男性は、横から迫る鉄球に向かって剣を水平に構えた。
「!!」
刹那、ヴルームに向けて振られた鉄球がヴルームの剣に着弾する。
ジェドが振った鉄球は、まるで滑るかのように垂直に構えられた剣の表面を通過した。
鉄球と擦れ合うと、ヴルームの剣に纏った青い光が粒となり、周囲に散る。
(なるほど、そう避けるか……)
ジェドは、耳障りな金属音を周囲に響かせる鎖を片手に巻き取り、鉄球を自身の側へ戻す。
「行くぞ!!」
宣言するように、ヴルームはジェドに言葉を投げつける。
同時に彼は中庭の地面を勢いよく蹴り、ジェドへと迫った。
(……!!)
犬型獣人族のヴルームが剣の射程内に入るには、さほどの時を要しなかった。
ジェドの冷酷な瞳が、ヴルームの顔を映す。
ヴルームが振り下ろした剣を、ジェドは鎖で受け止める。
すぐさま弾き、立て続けに犬型獣人族の男性は右から左へ、続いて左から右へ払うように剣を振る。
しかし、その二つの剣撃を――鎖鎌少年は容易く避けてしまった。
彼が軽く姿勢を低めただけで、ヴルームの剣は目標を失い、空を裂く。
(かなりの身のこなしだな……!!)
ジェドの動きは、洗練された無駄の無い身のこなしだった。
ヴルームが思わず、関心の念を抱いてしまう程である。
一時、ヴルームは攻撃の手を止めた。
そして、相対する位置に立つジェドに向く。
(俺の攻撃を容易くあしらう程の餓鬼が、ロアやイワンの他にも居たとは……)
夜空に浮かぶ月の光が、中庭を照らしていた。
ジェドの持つ鎖鎌と、ヴルームの剣が鈍く煌めいている。
否、鈍い煌めきを持っているのは、両者の武器だけでは無かった。
――ジェドの瞳。
ヴルームを見つめる彼の冷たく冷酷な瞳もまた、月光を反射していた。
(一体何者だ、こいつ……)
ヴルームが心中で呟くと、ジェドは言葉を発した。
「……終わりか?」
四文字の言葉に、凄まじい威圧感が込められていた。
まるでその言葉自体が重量を持つかのように、ヴルームへ圧し掛かる。
「まだ、始まったばかりだろう」
しかし、ヴルームはジェドの威圧感を物ともせず、即答する。
剣を構え直し、犬型獣人族の男性は言葉を繋ぐ。
「どうあれ、直ぐにカタを付けるつもりだがな」
ヴルームは、青い光を纏う剣身を指で撫でた。
「…………」
相対するジェドも、鎖鎌を握り直した。
二人が地面を蹴ったのは、ほぼ同時だった。
ヴルームとジェド、彼らは再び剣と鎖鎌の応酬を繰り広げる。
鎌、鎖、鉄球。三つの凶器を併せ持つ武器――鎖鎌を扱うジェドの強さは、ヴルームに劣っていなかった。
アルカドール騎士団の副団長であるヴルームと一対一で互角に渡り合うジェド。
(何だ、まるで俺の手の内を知っているような……!?)
ヴルームは思った。
彼が用いている攻撃形式は、アルヴァ・イーレ特有の物である。
相手の攻撃を受け流し、その隙を突く剣術。
しかし、隙を突いたヴルームの攻撃を全て、ジェドは防いでしまう。
まるで、アルヴァ・イーレという剣術を知っているかのようだった。
再び、剣と鎌が正面から打ち付け合い、ヴルームとジェドは間近で相手の顔を見つめる。
「何故、防がれるのか……不思議に思っている顔だな?」
言葉を紡いだのは、ジェドである。
彼の冷酷の瞳が、ヴルームの顔を映していた。
「……!!」
ヴルームは無言。
彼は、両腕に力を込め続け、剣をジェドに向けて押し出そうとしている。
剣と鎌の刃が擦れ合い、小さな金属音を立てていた。
「まだ思い出せないようだな、俺が誰なのか……」
口布越しに、ジェドはヴルームに言葉を紡いだ。
抽象的ながらも、犬型獣人族の男性にとって驚くべき――正しく驚愕に値する言葉を。
「教師になる夢は……叶えたのか?」
そのジェドの言葉で、ヴルームの様子が変わった。
険阻な戦闘中の表情が消え去り、犬型獣人族の男性は、表情を驚きに染め上げる。
「……!!」
ヴルームは理解した。
理解せざるを得なかった。
少年時代から、ヴルームは教師になると言う夢を抱いていた。
彼には二人の親友が居た。
一緒に剣術の修行をし、時には励まし合い、将来の夢を語り合える最良の友が。
「まさか……!?」
ヴルームの少年時代の二人の親友。
その一人は、現在のアルカドール王国騎士団団長、ロディアスである。
教師になりたい、ヴルームは少年時代、その夢をロディアスともう一人の親友にしか話した事は無かった。
何故、眼前に居る鎖鎌少年が、ロディアスともう一人の親友にしか語ったことの無い、自身の少年時代に抱いていた将来の夢を知っているのか。
その疑問を解消する答えは、ヴルームにはただ一つ。
今、目の前にいる冷酷な瞳を持つ少年が、自身の親友だという事……である。
「お前、『レイン』なのか……!?」
驚愕の余り、ヴルームの声は微かに震えていた。
レインと呼ばれた鎖鎌少年は、小さく舌打ちをする。
「その名は、とうの昔に捨てた……!!」
静かながらも怒りの籠った言葉。
ジェドは武器を押し上げ、ヴルームの腹部に蹴りを入れた。
驚愕に気を奪われていたヴルームは、反応する余裕が無かった。
「ぐっ!!」
ヴルームの体が蹴りによって押し出され、二人の間に数メートルの距離が生まれる。
ジェドは、鉄球を石造りの地面に叩きつけた。
鉄球は地面を穿ち、深々とめり込む。
「今の俺は『ジェド』……『ジェド=ザグレフ』だ……」
数メートル先で腹部を押さえるヴルームを冷酷な瞳で見つめつつ、ジェドは言葉を紡いだ。
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