第106章 ~ジェド対ヴルーム~
アルカドール城の中庭で、獣人族の男性と人間の少年が対峙していた。
空色の毛並を持つヴルームと、バラヌーンの鎖鎌少年、ジェド。
剣身に青い光を纏う剣を振りかざし、ヴルームはジェドへと切り込んだ。
彼が振った青の剣を、ジェドは紫の光を纏った鎖鎌の刃で受ける。
(鎖鎌使いか……今まで戦ったことの無い相手だな)
ジェドがヴルームに向けて、まるで撃ち出すかのように鉄球を跳ね飛ばした。
ほぼ零距離からの攻撃である。
鎖が立てる音と共に、鉄球が空気を裂く風切り音が辺りに響き渡る。
「!!」
即座に反応したヴルームは、すぐさま膝を折り曲げ――姿勢を低める。
彼の顔があった場所を、ジェドの鉄球が通過した。
もしも当たっていたら、ヴルームは即死していただろう。
(鉄球をあんな距離まで飛ばすとは……!!)
標的を失った鉄球はヴルームの後方の壁に直撃し、轟音と共に壁を深く穿つ。
ジェドの持つ鎖鎌の柄尻と、壁にめり込んだ鉄球。
その間には、長い鎖が張られていた。
「そこだ!!」
ヴルームは剣を握り直し、再びジェドへ斬りかかった。
鉄球は鎖鎌少年の手を離れ、彼が手にしている武器は鎖鎌のみ。
犬型獣人族の男性は、好機だと感じたのだ。
「…………」
ヴルームが斬りかかってくる間、ジェドは右手で鎌を握った。
左手は、壁にめり込んだ鉄球と繋がった鎖を握っている。
「ふッ!!」
空色の毛並を持つ犬型獣人族の剣撃を、ジェドは暗い紫色の光を纏う鎌の刃で止める。
すぐさま、ジェドはヴルームの剣を弾く。
そして彼はヴルームの腕を蹴り上げた。
(くっ!!)
人間の身体能力の域を逸した、とてつもない速度の蹴り。
当たる直前にヴルームは僅かに身を引いた物の、避けきる事は出来なかった。
ジェドの蹴りによってヴルームの両腕が上に払われ、隙が生じた。
「そこだ」
冷淡な口調で、ジェドは一言。
どうやら、先程のヴルームの言葉を取ったらしい。
同時に彼は勢いよく地面を蹴り、ヴルームに向けて突っ込む。
「!!」
ジェドは、鎖鎌の一撃をヴルームに喰らわせるつもりなのだ。
彼の意思を察したヴルームは、
「……甘いぞ!!」
青い光を纏った剣を、ジェドが振った鎌の延長線上の位置へ移動させる。
刹那、二人の武器が――ヴルームの剣とジェドの鎖鎌が、正面から打ち付けられる。
「!?」
驚愕を浮かべたのは、ジェドだった。
彼が振った鎌が、まるで氷の上を滑らせるかのように、ヴルームの剣の表面を移動していた。
ヴルームの剣によって、ジェドの鎌が受け流されているのだ。
(この剣術は……)
相手の剣の動きを見切り、防ぐのではなく「受け流す」剣術。
アルカドール王国の高等剣術、アルヴァ・イーレ。
(なるほど、やはりこいつ……)
間近でヴルームの顔を見つめつつ、ジェドは心中で呟く。
ジェドの鎌を受け流し、ヴルームはそのまま鎖鎌少年の背後へと回り込んだ。
アルカドール王国騎士団副団長の犬型獣人族、ヴルーム=レドンド。
彼は、アルヴァ・イーレの達人なのだ。
ロアにこの高等剣術を教えたのも、他ならぬヴルームである。
ジェドの背後を取ったヴルームは、鎖鎌少年の背中に回し蹴りを喰らわせた。
「っ!!」
背中からの衝撃に、ジェドは体制を崩す。
彼は体を一回転させ、崩れた体制を立て直した。
そして紫の光を纏った鎖鎌を握り直し、ヴルームへ向き直る。
「後ろを取られるようでは、まだまだだな」
一時の間、中庭に静寂が戻る。
「……貴様もな」
鎖鎌少年は、そう答えた。
そして彼は柄尻と鉄球を繋ぐ鎖を、強く掴む。
ガシャン、と重たげな金属音が響き渡った。
(……?)
ジェドの言葉の意味は、ヴルームには理解出来なかった。
しかし、次の鎖鎌少年の行動で、否応なしに理解させられる事となる。
冷酷な瞳を持つ少年は、鎌の柄尻と鉄球を繋ぐ鎖を力の限りに引いた。
その瞬間、先程彼が跳ね飛ばし、壁にめり込んでいた鉄球が勢いよく引かれる。
瓦礫と砂煙、そして轟音を辺りにばら撒きながら、鉄球が壁から抜けたのだ。
「何っ!?」
そして鉄球は、後方から猛スピードでヴルームへと迫っていた。
ジェドは恐らく、これを狙っていたのだろう。
不意を突かれたヴルームには、回避する余裕は残されていなかった。
(油断していた、まさかこんな使い方が……!!)
回避する余裕が無いのならば、ヴルームに残された選択肢は一つ。
鉄球を防ぐことだ。
もしもあの鉄球を喰らおうものなら、死は免れない。
犬型獣人族の男性は、すぐさま鉄球と自身の間に剣を構えた。
一秒にも満たない時の後、夜闇に包まれた中庭に大きな金属音が響き渡る。
ジェドが引き飛ばした鉄球が、まるで弾丸のようにヴルームの剣を直撃したのだ。
「ぐっ……!!」
間一髪、ヴルームは直接的な外傷を受ける事は避けた。
だが、彼の両腕に大きな衝撃が走る。
凄まじい速度で放たれた鉄球の衝撃を受け止めたヴルームの両腕には、かなりの負担が掛かっていた。
しかし、腕の事を気にかける余裕は残されていない。
弾かれた鉄球をその手に掴んだジェドが、ヴルームに迫っていたのだ。
「死ね!!」
ジェドが振りかざす鎖鎌に、ヴルームは剣で応戦する。
状況は、小細工無しの戦いとなった。
ヴルームの持つ剣の青い光と、ジェドが持つ鎖鎌の紫の光。
二色の魔法の光が、中庭の暗闇に迸り続ける。
(厄介な相手だな、どう打って来るか見当が付かない)
ジェドが用いている鉄球付の鎖鎌は、ヴルームが相手にした経験の無い武器。
鎌の刃、鎌と鉄球を繋ぐ鎖、そして鉄球。
口布で顔を覆った少年は、その全てを極限まで活用し、ヴルームに襲い掛かって来る。
(戦いながら、糸口を見つけ出すしかないか……!!)
持ち前の高等剣術を用い、ヴルームは応戦する。
相手にした経験の無い武器と言えども、空色の毛並の男性は防ぎ切っていた。
騎士団副団長の戦闘経験量の多さと、獣人族の反射神経が活かされていたのだ。
ヴルームとジェドが武器を同時に振り、同時にぶつかる。正面同士から押し合いの形になる。
両者の顔が、目と鼻の先まで接近した。
「アルヴァ・イーレを完成させていたのか、流石だな」
「……?」
突然のジェドの言葉、ヴルームは返事を返さなかった。
しかし。ジェドは、鎖鎌の少年は――次に、驚くべき言葉を発する。
「久方ぶりだな……ヴルーム」
「!?」
剣をジェドの鎌と交差させながら、ヴルームは表情を驚愕に染めた。
聞き違いでは無かった。今、確かにこのバラヌーンの少年は、自身の名前を言ったのだ。
勿論ヴルームは、眼前に居る鎖鎌少年の事など知らなかった。
「……何故、俺の名を知っている……!?」