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第104章 ~ジェド~


 寝室から飛び出した先は、城の中庭だった。

 石造りの通路や、人口の水路が流れ、小さなせせらぎの音が満たしている。


「……!!」


 ジェドを追って窓から飛び出して間も無く、リオはその姿を見つけた。

 ユリスを殺害する為に送り込まれた刺客、鎖鎌使いのジェドを。

 彼もまた、自身を阻むリオの姿を捉えた。


「火傷しない内に、帰った方が得だよ?」


 リオは、槍の炎を大きく増幅させる。

 室内では無くなった上に、この中庭には他の誰の姿も見受けられなかった。

 故に彼女はもう、炎の大きさを制限する必要も、他の者に気を遣う必要も無い。

 ショートヘア少女が槍に纏わせた炎は、たちまちリオの体をも越える大きさまで増幅し、周囲に熱気とオレンジ色の光を瞬かせる。

 夜闇に包まれていた中庭が、まるで昼間のように明るくなった。

 

「…………」


 リオと向き合う位置に立つジェドは、無言のまま立ち尽くしていた。

 炎の熱気に怯む様子も無く、ただその冷たい瞳で、リオを見つめ返している。


(引いてくれる気は、無いみたいだね……!!)


 炎の槍を握るリオが心の中で呟く。

 するとジェドは、手にした無骨極まりない鎖鎌を構える。

 柄尻から伸びた鎖の先に付いた鉄球が、まるで振り子のように左右に揺れていた。


「だったら……手加減はしないよ」


 鎖鎌少年を止めなければ、彼はユリスを殺害しようとするだろう。

 肌が白くない事から、リオは彼が人間であると判断出来た。

 恐らくは、魔族に下った人間――バラヌーンだろう。

 ならばリオには、手加減する理由は無かった。


「……さっさと来い、捻り潰してやる」


 口布越しに発せられたジェドの声が、リオの耳に届く。

 彼の言葉通り、リオは石造りの地面を蹴り、ジェドへ駆け寄る。

 

「なら、望み通りに!!」


 射程に入った瞬間、リオは炎を纏った槍を勢いよく振り上げ、ジェドへ振り下ろした。

 ジェドは、鎌の柄と鉄球を繋ぐ鎖の部分を使い、受け止める。


(溶けない……!! この鎖鎌、熱に耐性を持つ金属か……)


 もしも炎の熱で鎖鎌を溶かす事が出来れば、即座にリオの勝利は決したも同然。

 が、ジェドはそう簡単では無かった。

 けれども、勝負はリオが優位に立っている。

 何故なら彼女には、生まれながらに授かった炎の魔法の力があるからだ。

 

 ジェドが鎖鎌でリオの槍を受け止めている間にも、炎は瞬き続けている。

 熱気に耐性を持つリオは平気だが、ジェドには耐えられなかった。


(チッ、忌々しい……!!)


 熱気に耐えかねたジェドは、リオの槍を弾いて距離を取る。

 ジェドが後退する瞬間に、リオは彼に向けて炎を纏った槍を振り下ろす。


「!!」


 刃は届かなかった、しかし代わりに、槍に纏った炎がまるで意志を持つかのようにジェドへ発せられた。

 辺りの空気を熱気で満たしつつ、まるでうねりを上げるかのように――リオの炎が、飛んでいく。


(捉えた!! 避けられる大きさじゃない……!!)


 リオがジェドに向けて発した炎は、ジェドの身長などゆうに超えていた。

 縦にも横にも、逃げ道は無い。

 彼女が思った通り、ジェドに回避する手立ては無いだろう。

 

 だが、しかし。


「!? 嘘っ!?」


 リオは驚愕した。

 驚愕せざるを得なかった。

 その原因は、眼前の状況だった。


(まさかあいつ、人間じゃない!?)


 リオにそう言わせた状況は、ジェドが炎を避けたという事。

 そう、彼は避けたのだ。

 的確な表現を用いるならば、炎を避けたのではなく、飛び越えた。

 到底人間業とは思えない、跳躍力を発揮して。


「はっ!!」


 ジェドの身体能力は、驚愕に値する物があった。

 しかし、リオには驚いている猶予など残されていない。

 炎をジャンプで避け、そのままジェドは空中からリオに向けて鎖鎌の刃を振り下ろしてきたから。


「!!」


 一瞬ほど気を抜いていたリオには、もう一度炎の魔法を展開する猶予も無かった。

 ジェドの鎖鎌の刃を、リオは槍の柄の部分を使い、受け止める。


「ぐっ!!」


 鎌の刃を受け止めた途端――槍を握っているリオの両手に衝撃が走る。

 少年の力だけで無く、降下の勢いまで合わさった一撃。

 その衝撃を全て受け止める事は、リオには不可能だった。


(油断してた……!!)


 ジェドの鎌を弾き返し、リオは隙を作る。

 彼女は再び、槍を構えた。


(だけど、魔法で押し切れば……!!)


 先程は避けられたと言えども、一度でも炎を喰らわせれば勝負は決するだろう。

 ジェドは炎を避ける事は出来ても、防ぐ事は出来ない。

 リオはそう考えた。


「アノーレア・デ・フレイヴィネア!!」


 彼女の呪文が、暗い中庭に響き渡る。

 ほぼ同時に、リオの槍から炎が巻き起こり、数秒前まで闇に包まれていた中庭が、オレンジ色に照らされた。


(今度は逃がさない、これで決める!!)


 炎を灯した槍を、リオはジェドに向けて振った。

 鎖鎌少年は、避けようとはせずに彼女の槍を受け止める。

 今度は鎖では無く、鉄球の部分で受け止めた。


「もらった!!」


 受け止められたにも関わらず、リオは勝利を確信した。

 槍の攻撃は通らなかったものの、彼女には炎がある。

 このまま距離を取る隙を与えずに、炎を浴びせてしまえば、勝負は決するのだ。


「……」


 鎖鎌の少年は、殺意と憎しみに満ちた瞳でリオを見つめていた。

 炎の熱気から身を守ろうとする様子も無い。


(何だってのこいつ、まるで殺意と憎しみの塊みたい……)


 リオは思わず、背筋が凍るような感覚を覚えた。

 ジェドの周りに無数の眼球が浮かんでいて、自身に殺意や憎しみを向けているような感覚を。


「……燃え上がれ!!」


 リオは、槍に瞬く炎を全てジェドに向けて放とうとする。

 この鎖鎌を持つ少年は危険だと、彼女は感じていた。

 今この場で倒しておかなければ、後から取り返しのつかない事になると。

 だが、その時。


「……えっ……!?」


 リオの槍に瞬いていた炎が、ジェドの鎖鎌に付いた鉄球に吸い込まれ始めたのだ。

 炎が鉄球に吸収され、まるで飲み込まれるかのように消えていく。

 中庭を照らしていたオレンジの光も、弱まって行く。


(何これ、まるで魔法の力が喰われていくような……!!)


 予想外の事態に、リオは戸惑う。

 魔法の力を喰う能力を持つ相手など、リオは初めてだったのだ。

 瞬く間に、リオの炎はジェドの鉄球に吸収され――炎も、オレンジの魔法も、消え去る。


「所詮は……こんな物か」


「!!」


 ジェドが呟いた言葉で、リオは我に返った。

 そう、今は戦闘中だ。考えている時では無い、ましてや敵はすぐ目の前に居るのだ。


「遊びは、終わりだ」


 ジェドの言葉と同時に、リオは自身の槍が持ち上げられる感覚を覚えた。

 鉄球越しに、ジェドが上方向に持ち上げたのだ。

 次の瞬間、鎖鎌少年の蹴りがリオの腹部を捉える。


「がっ!!」


 不意の一撃に、リオは体を思わず折り曲げた。

 しかし、腹部に手を当てる猶予すら残させずに――ジェドは続けざまに、リオの頬目がけ、拳を突き立てる。


「っ……!!」


 手加減など、微塵にもされていなかった。

 相手が少女のリオと言えども、ジェドには全く関係無かったのだ。

 全身の力が込められたジェドのパンチを受け、リオは地面に倒れ伏す。

 槍が自身の手から離れるのを感じ、彼女の口の中に鉄のような血の味が充満した。


「うぐっ……!!」


 リオが立ち上がろうとした瞬間――ジェドは彼女の側頭部を、紫がかったピンクの髪越しに踏み付けた。

 地面に打ち付けられた反対側の側頭部に、リオは強い痛みを感じる。

 まるでゴミでも見下ろすかのような冷たい視線をリオに向けつつ、ジェドは足に力を込め続けていた。


「っ……!! 女の子の頭踏みつけるなんて、男として恥ずかしいと思わないの……!?」


 強気に見せつつ、リオはジェドに言う。


「アルカドールの奴に向ける情など……俺は持っていない」


 口布で顔を覆った鎖鎌少年は、冷淡に即答した。

 その瞳は依然として冷酷を極めており、氷のような冷たさを帯びている。


「だからお前は……ここで死ね」


 リオの頭を踏み躙り、彼女を見下ろしながら、ジェドは鎖鎌を構えた。






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