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第102章 ~招かれざる訪問者~


 自らの剣でクラウンを貫いた時、イルトは勝利を確信していた。

 魔族は不老不死、すなわち永遠の命を持つ種族である。しかし、不老不死と言えども彼らは決して「不死身」では無い。

 歳を重ねる事によって死を迎えることは無くとも、致命的な攻撃を受ければ、人間や獣人族同様に死する。

 剣で貫かれたり、銃で撃たれたり、炎の魔法で焼き尽くされたりしようものなら、生命活動は停止するのだ。


 イルトが砂煙に紛れてクラウンの背後に接近する時、魔族の少年は何も対抗手段を取らなかった。

 否、砂煙で視界を奪われている為、彼はイルトが接近している事に気付けなかったのだ。

 だが、イルトは兎型獣人族。彼は生まれ持った聴力を駆使し、クラウンが立つ噴水の水が落ちる音を掴んだ。

 視覚に頼らずとも、彼はクラウンの居場所を察知出来たのである。


(……)


 緑の光を纏った剣でクラウンの背中を貫いたイルト。

 彼は険阻な面持ちを浮かべ、クラウンの後ろ姿を見つめている。

 勝利を確信してはいた、しかし油断は出来ない。

 相手は魔族、それも魔卿五人衆の一人だ。


 万が一にも、隠し玉を持っている可能性だって十分に考えられた。

 そして、やはり予想は当たっていた。

 砂煙が晴れ始めた瞬間――クラウンの後ろ姿が突然、溶け始めたのだ。


「!?」


 クラウンの体がまるで土のような色に変色したと思った途端だった。

 まるで泥のようにクラウンの体が液体と化し、氷のように溶けて行く。

 突然の出来事に、イルトは困惑していた。


(何だ、これは……?)


 イルトは一瞬、魔族はこのように死を迎えるのか、と思った。

 だが、次に聴こえた言葉で、彼は全てを悟る。


「流石、ユリス女王の側近を任されているだけの事はあるネ、イルト」


 倒したと思っていた魔族の少年の声が、イルトの背後から発せられた。

 兎型獣人族の少年は、振り返る。


「!!」


 イルトは驚愕した。

 彼の背後には、クラウンが立っていたのだ。まるで何ごとも無かったかのように、無傷で。


「大して魔力を込めて無いと言えド、ボクの分身を一人で倒すなんてネ」


 そう。イルトが今まで相手にしていたのは、クラウンが作り出した「分身」だった。

 クラウンが持つ異名は、「傀儡の創造者」。

 自身の偽物、すなわち分身体を作り出す能力を有しているのだ。


(今まで僕は、奴の偽物を相手にさせられていた訳か……)


 イルトは剣を構え直し、クラウンに向きなおす。

 

「おっと、ボクはもう戦う気は無いヨ」


 両手を上げつつ、クラウンはイルトに言った。


「イルト、ボクはキミにとても興味があるのサ」


「……」


 緑の光を纏った剣を、イルトは納めようとはしなかった。

 夜闇の静寂の中、クラウンは言葉を続ける。


「キミをここで潰してしまうのハ、余りにも勿体無イ」


「随分と自信があるようだな、僕に勝てるつもりか?」


 冷淡な口調で、イルトは返す。

 

「言っておくけド、ボクはまだ本気の力の半分も使っていないヨ?」


 魔族の中でも特に強い力を持つ五人の魔族、魔卿五人衆。

 クラウンはその一人だ。

 イルトには、彼の言葉が嘘やハッタリだとは考えられなかった。


「キミもそうだろ? イルト……」


 クラウンは、イルトの両腕の金色の腕輪を指差した。


「それを二つとも外した時のキミの力……見られる時が楽しみだヨ」


 クラウンの体が、まるで空気に溶け入るように消え始めた。

 無詠唱での、転位系統の魔法だろうか。


「よく考える事だねイルト、下等種族共と傷の舐め合いを続けるのカ、ボク達と一緒にこの世界に報いを成すのカ……」


 魔族の少年はイルトの心につけ入り、彼を誘惑する。

 

「キミがもしも魔族へ来ることを望むなラ、ボク達は喜んで迎え入れるヨ……」


 イルトは、何も言葉を返さなかった。

 彼の心の内は、クラウンには読む事が出来ない。

 けれど、クラウンは知っていた。悲しみや憎しみにつけ込めば、他者の心を惑わせる事など容易いという事を。


「また会おうヨ、イルト」


 クラウンは、空気に溶け入るように消え去った。

 一人広場に残されたイルトは無言のままその場に立ち、数秒前にクラウンに言われた言葉を思い返す。


“キミがもしも魔族へ来ることを望むなラ、ボク達は喜んで迎え入れるヨ……”


 イルトは、剣に纏った緑の光を解いた。

 銀色の刃が現れ、まるで鏡のようにイルトの顔が映る。


「……」


 何も言葉を発せず、兎型獣人族の少年はまるで俯くかのように、視線を下に向けた。






「ふあ、あ……」


 夜闇に包まれたアルカドール城の寝室で、リオは欠伸を漏らした。

 眠気に起因する欠伸ではなく、退屈さに起因する欠伸である。


(こう何も起こらないと、ホントに暇になって来るよね……)


 ユリスの警護開始から、どれ程の時間が経ったのか。

 リオにはそれすらも分からなかった。


(けどまあ、何も起こらないに越した事はないか……)


 ショートヘアの快活少女は、槍に灯した小さな炎で部屋を見渡す。

 寝室に居る人間は、リオを入れて二人。

 もう一人は、アルカドール王国現君主の歳若き女王、ユリスだ。

 彼女を警護することが、リオが受けた命である。


(ていうか、こうして見ると本当に綺麗だよね……女王様)


 天蓋付のベッドで眠るユリスを見たリオは、思った。

 白いシーツに金髪の流れを作り、眠りに堕ちているユリス。

 彼女の横顔は、同性のリオから見ても、思わずどきりとする程に美しかった。


(あたしと1歳しか違わないのに、この国や国民の事を背負って頑張ってる。立派だよね)


 国を統治する女王という立場は、生半可な気持ちでは到底就けない。

 女王としての仕事は勿論、国民の期待や視線を一手で受け持つ事となるのだから。

 それでもリオは、未だにユリスの嫌事など聞いた事が無かった。

 アルカドールでも名の知れた貴族の娘であり、加えてエンダルティオの一員であるリオは、何度かユリスと顔を合わせる機会があった。

 リオが会った時、ユリスは常に女王としての使命感を胸に抱き、強い志の下、国を良き方向へ導こうと努めていた。

 正しく、リオにとって彼女は尊敬に値する人物だった。


 リオは、槍をぐっと握った。

 今、自身が彼女にしてあげられることは、彼女の束の間の安息の時を守る事。

 

(女王様が背負ってる物の重みは、あたしには想像も付かないけど、せめて……)


 たとえ小さな事だとしても、少しでもユリスの助けになるのなら。

 紫がかったピンクのショートヘアを持つ少女は、僅かな努力も惜しむつもりは無かった。






「…………」


 口布で顔の下半分を覆った少年、ジェド。

 彼はガジュロスの背中の上で、窓ガラス越しにユリスの顔を見つめていた。

 眠りに堕ちる彼女の横顔を見つめるジェドの瞳は、憎しみに満ちている。

 冷酷で、残忍で、とても冷たい瞳だった。


(見つけたぞ……!!)


 無骨極まりない鎖鎌を握る手に、ジェドは力を込めた。

 バラヌーンに属する彼は、本来ならば敵対国であるアルカドールに居てはならない筈。

 

 ジェドは、招かれざる訪問者は――アルカドール王国現君主、ユリス女王に狙いを定めていた。






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