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第101章 ~クラウン~

 

 イルトとクラウン――二人は数秒間、睨み合っていた。

 夜闇に支配された広場に風が吹き、微かに砂煙が舞い起こる。

 まるで、その風を合図とするかのように、沈黙は破られた。


「行けッ!! 僕達!!」


 噴水の上で、クラウンはその右手を勢いよく振り下ろし、叫んだ。

 

『ゲゲゲゲゲゲゲ!!』


 同時に、クラウンの後方に滞空していた大量の魔物。

 玉に羽が生えたような形状の無数の魔物達が、一斉にイルトへと飛んで行く。

 まるで、小さな蝙蝠の群れを思わせる光景だった。


「!!」


 イルトは一瞬で足に力を込め、後方へ飛び退いた。

 無数の魔物達は、数秒前まで彼が立っていた場所に次々と着弾し、小さな爆発と共に消滅していく。

 

「流石は兎型獣人族、中々の脚力だねエ……」


 攻撃の一手を避けられたにも関わらず、クラウンは狼狽える様子も無い。

 彼は再び天を仰ぐように腕を広げる。

 すると、先程と同じように空中に無数の紫色の玉が現れ、羽が生え、裂けた口が現れ――魔物へと、変貌していく。


「しかシ、何時まで避けられるかナ?」


 再び、クラウンは腕をイルトに向けて振り下ろした。

 空中に出現させた魔物の約半数程が、イルトへと飛んでいく。

 数秒――魔物達は着弾し、爆発音と共に、イルトが立っているであろう場所が、砂煙に包まれる。


「……これくらいでハ、仕留められてはくれないカ」


 クラウンが呟いた途端、砂煙の中から何かが飛び出した。

 白い物体――イルトである。

 数秒の差で、クラウンが放った魔物達の体当たりを避けたのだ。


(それでこそ……楽しみ甲斐があル)


 遠目でイルトの姿を確認すると、クラウンは右手の人差し指を立て、虚空に大きく円を描くように――右腕を回す。


「これを避けられるかイ、イルト!!」


 彼が叫ぶと、残りの魔物達が一瞬で消え去る。

 イルトは遠目で、それを確認した。


(!?)


 ほぼ同時に――クラウンの後方から消えた魔物達が、現れた。

 イルトを中心に、彼を取り囲む位置に。


『ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ……!!』


 右、左、前、後ろ、頭上。

 周りから発せられる、耳障りで不快極まりない鳴き声。


「っ……!!」


 耳を塞ぎたくなったが、イルトにそんな暇は残されてはいなかった。

 自分を取り囲むように出現した魔物達、その中心にいる自分自身。

 クラウンが何をする気なのか、イルトには容易に想像がついた。


「行ケ!!」


 クラウンが腕を振り下ろす。

 同時に、イルトを取り囲むように滞空していた魔物達が、一斉にイルトへと襲い掛かる。

 爆発が、巻き起こる。


(並外れた魔力を持つと言えド、結局は下等種族。この程度かイ……)


 爆発を遠目で見つめるクラウンは、噴水の上で思う。

 イルトを取り囲むように魔物を配置した以上、逃げ場は無かったし、逃げる時間も無かった。

 爆心地の中心に居た以上、助かる筈は無い。


「……?」


 爆風が晴れると同時に、緑色の球状の物体が姿を見せる。


「あれは……」


 クラウンが漏らす。

 イルトに逃げ場は無かった。逃げる暇も無かった。

 

「レーデアル・ボルグ……防護魔法かイ」


 しかし。防護魔法を張るだけの時間ならば、残されていたのである。

 爆風が晴れると同時に現れた緑色の球状物体は、イルトの防護魔法による光の壁なのだ。

 爆発で抉られた地面の中心部分に、イルトは立っていた。


「……」


 無言のまま、イルトは光の壁を解く。

 そして彼は右手を剣にかざし、唱えた。


「レーデアル・エルダ……」


 刃に光で覆う呪文を。

 すると、イルトが持つ剣の銀色の刃が、光で覆われていく。

 光の色は、鮮やかなエメラルドグリーンだ。

 因みに、彼が使っている魔法はロア達のような魔石に頼る物では無い。

 イワンやリオの炎の魔法のように、身に宿る魔力による物だ。


「……」


 緑色の光を宿した剣を一振りし、イルトは両足に力を込める。

 そして地面を勢いよく蹴り、噴水の上に居る敵――クラウンへと駆け出す。


(腕輪で封じている状態でモ、魔法を使えるとはネ……)


 自身に向かって駆けるイルトに向け、クラウンは魔物達をイルトへ突進させる。

 一度に大量に飛ばさずに、少量を飛ばしていた。

 

「!!」


 イルトは一事、足を止めた。

 そして彼は剣を握る手に力を込める。


「っ!!」


 自らに向かって突っ込んでくる魔物を、イルトは剣で真っ二つに切り裂く。

 切り裂かれた魔物は爆発せずに、消滅して行った。

 一匹、二匹、三匹――緑の光を帯びた剣を振るい、イルトは次々と切り裂いていく。

 仮に直撃せずとも、至近距離で爆発させてしまうと危険だからだ。

 

「何匹倒そうト……無駄な事サ」


 魔物を切り裂き続けるイルトに対し、クラウンは魔物を従え、イルトに向けて放ち続ける。

 確かに、クラウンの言う通りだった。


(この魔物は恐らく無限に生み出される……元凶を叩かない事には勝ち目は無い)


 イルトは、魔物を生み出している元凶――噴水の上に居るクラウンに視線を向ける。

 だが、彼が放っている魔物の攻撃を掻い潜るのは、簡単では無かった。

 防いでいるだけでも、精いっぱいなのだから。

 クラウンの言った通り、何匹倒しても無駄な事だろう。


(ならば……)


 イルトは、一つの策を考え付いた。

 そして思考を一時中断し、再び自らに向けて飛んでくる魔物を切り、爆発を阻止する。


「キミは何時朽ち果てるかナ? イルト」


 クラウンが放つ小さな蝙蝠のような魔物を、ひたすらに切り続ける。

 戦術を変えて来ない所から見て、クラウンはイルトの体力を消耗させ、隙を突くつもりのようだった。

 どれほど経ったのか――クラウンは、出現させていた魔物を飛ばし尽くした。

 そして再度、魔族の少年は魔物を出現させるために、両腕を広げる。

 

(今だ!!)


 クラウンが両腕を広げた瞬間を見計らい、イルトは光を宿した剣を振る。

 その一振りは、何物を切り裂く訳でも無い、ただの素振りだった。

 そう。剣自体は何も切り裂いていない。


 代わりに、緑色の光刃が放たれたのだ。三日月のような形状を持つ光刃が。

 魔力によって形成された光の刃を飛ばす攻撃。

 訓練場にて、イワンがロア達に見せたのと同じ技である。


「!!」


 クラウンは一瞬、身構えた。

 しかし、イルトが放った光刃は、クラウンには向かわなかった。

 クラウンではなく、クラウンが立っている噴水の側の地面に着弾した。


「っ!? 一体、何をする気だイ?」


 光刃によって地面が激しく抉り取られ、砂煙が巻き起こる。

 クラウンは自らの腕で、顔を覆った。

 彼は腕に小さな物体が当たるのを感じる、おそらくは砂粒だろう。


(なるほド、これでボクの視界を奪っテ……)


 クラウンの仮面越しの視界には、砂煙しか映っていなかった。

 これではイルトの姿も見えず、魔物を放つ事は出来ない。

 しかし、同じように兎型獣人族の少年の方も、クラウンが見えなくなる筈だった。


「けド、これじゃあキミもボクの居場所を掴めな――」


 何処に居るのかも分からないイルトに向けて発せられた、クラウンの言葉。

 しかし、それは言い終える間もなく、中断させられる事となった。


「……エ?」


 砂煙が晴れた時――クラウンは何が起こったのかを悟った。

 何時から其処にいたのか、イルトが自身の背後に回っており、そして。


 彼の持つ緑色の光を放つ剣が、クラウンの体を真っ直ぐに貫いていた。


「……君の負けだ、クラウン」


 クラウンの後ろから、イルトは静かに呟いた。






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