第8章 ~旅路~
アルカドールの正門、両端には二人の衛兵が槍を片手に立っていた。
ロア達が門へ近づいて行くと、右にいた衛兵が「君達、通行許可証を見せたまえ」とロアに一言。
ロアはポケットから四つ折りにされた一枚の紙を取出し、衛兵に手渡す。
衛兵はそれを広げる、「通行許可証」という見出し、その下に「右の者達のアルカドール正門通行をここに許可する」とある。その右に、「ロア」、「アルニカ」、「ルーノ」と名がある。アルカドールの朱印も押されていた。
「……よかろう。君たち、通りなさい」
衛兵が三人へ告げた。
門をくぐると、三人の前には道があり、その脇に草原が広がっていた。花の側には蝶が飛び、水の流れる音も聞こえる。近くに小川でもあるのだろう。
「そういえば私……アルカドールの街の外に出るのっていつ以来かな……」
アルニカが言った。
ふと考えてみると、アルニカは小さい頃以来、城の外へ出た記憶がなかった。
「まあ、アルニカは僕やルーノと違って仕事で城の外へ出ることもないからね」
ロアが答えた。
ロアは果物屋、ルーノは父親と共に家の鍛冶屋で仕事をしている。
果物屋で働いているロアは果物の仕入れで、ルーノは鉱石や石炭の仕入れで街を出ることがあった。
「アルニカはレストランで仕事してるんだし、無理もねえだろうな」
とルーノ。
彼の言う通り、アルニカはとある小さなレストランで主に給仕の仕事をしていた。少なくとも、仕事で街の外へ出る機会はなかっただろう。
「さて、ここから暫く歩くことになりそうだよ」
地図を広げて、ロアは大体の現在地を指で差した。アルニカとルーノはそれを覗き込む。
「どれくらい歩くことになるの?」
アルニカがそう聞く。ロアは、
「今僕たちがいるのが、大体ここらへんだろ?」
そして指を動かして、今度はベイルークの塔を差した。
「ベイルークの塔、ここが目的地だ。そして途中に……」
ロアはまた指を動かす。指が止まったところには、ラータ村と書かれた小さな村があった。
「ラータ村……この村に、女王様の言っていた『イルト』って人がいるのね?」
「そう。まずはこの村へ行って、その人と合流する」
「はあ、獣人族の体力でもラータ村まで歩くのはさすがにこたえるな……」
ルーノがそうぼやいた。
草木を眺めたり、鳥の鳴く声を聴いたりしながら、三人はラータ村へと足を進めていた。
街からあまり出たことのないアルニカは、珍しげにあたりを見回している。
「わー、こんな花初めて見た……」道脇に咲いていた花を見たアルニカが小さくつぶやく。
歩き始めて数時間程経っただろうか、夕焼けの太陽が辺りをオレンジ色に映し出していた。
ロアとアルニカの表情には疲れが出始めていて、かすかに息切れしていた。
「どうした二人とも、もう疲れたのか?」
それに気づいたルーノが二人に問いかける。ルーノには全く疲れた様子はない。
「うん、少し……」
そう答えて、ロアは肩掛けカバンから水筒を取り出して、キャップをはずし、口をあてる。ロアの乾いた喉を、冷たい水が潤していく。
「ルーノ、私も……」
ロアに続いて、アルニカが言った。ルーノは腕を組んで、
「おいおい、オレはあと三時間は歩けそうだぞ?」
「……あたりまえでしょ? だってルーノは私達と違って『獣人族』だもの……」
額の汗をぬぐい、むっとした表情でアルニカが言った。
そう、ルーノは獣人族だ。獣人族は様々な動物の姿とその特性を持つ種族。ルーノは、「人間」のロアやアルニカより、遥かにスタミナがあるのである。
「やっぱうらやましいな、獣人族って」
ロアが言った。確かに獣人族の身体能力に憧れる人間は多い。
「だけど、いいことばっかりでもないんだぜ? ……身長とかな」
ルーノが言う。低い身長は彼の悩みの種でもあった。兎型の獣人族は、成長しても必要以上に身長が伸びないのである。
同じ14歳のロアとアルニカの身長が155センチ前後あるのに対し、ルーノは120センチ程しかない。
「正直、熊とか狼の獣人族に生まれてきたかったな……」
はあ、とルーノはため息をついた。
そんな会話を交わしたり、時に休みながら歩いて、また数時間程経った。
先ほどまでオレンジ色に輝いていた太陽は沈み、辺りは暗くなっている。
暗闇を歩き続けるのは危険だったので、三人は茂みの中で野宿をすることに決めた。
三人は落ちていた木の枝をかき集めて、火を燃やす。ルーノは寝袋を敷いて、横になった。
「……お腹すいてきたな」
そういえば、晩ごはんがまだだった。ロアは、持参したパンを取り出そうとカバンの中を探る。
「ロア、ちょっと待って」
と、それをアルニカが制した。
「何? アルニカ」とロアがアルニカに聞く。
側で横になっていたルーノも、アルニカへ視線を向ける。
アルニカはカバンの中からフライパンを取り出す。
そして彼女は、まかせて、と言わんばかりの表情を浮かべながら、
「晩ごはんなら私が作るから、ロアとルーノは休んでて」