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Episode24;発覚

 §ドイツ ザクセン フェルデン近郊 782年7月(到達年月)2369年4月(現在年月) 


 彼らが見下ろす光景は雄大であり一種爽快でもあった。人馬の群は十万近く、整然と隊列を組み進んで行く。吟遊詩人が好んで詠う英雄譚の正に一節。

「英明かつ剛毅な大王は粛々と軍を進めた」

 腰に手をやり眺める女が呟く。

「大王と謳われし王多けれど、シャルルマーニュに並ぶ者なし、ね」

 彼女はこの軍勢の末裔に当たるフランス出身。祖先の偉容を満足げに見遣る女に対し、フンと鼻息荒く一言掛かる。

「くだらねえ」

 大柄でどっしり構えた男は不満そうだった。

「征服者に洋の東西なんかないぜ。ペルシア、マケドニア、ローマ、フン。タタールにモンゴル。ナチスにソ連。みな同じだろ、ミシェル」

「あら、アパッチさん。お気に召さなくて?」

「歴史絵巻だか何だか知らんが、こういう軍が進めば人が死ぬんだ。何千、何万とな。彼らの後には荒廃と流血に事欠かない。愉快な訳がないぜ」

 実際、この後で起こる歴史上のエピソードを知っているアチソンは心底そう思った。目前でこの周辺に暮らす何の罪もない数千から数万のサクソン人がフランク人に虐殺される。分かっていても妨害すら許されない自分。歴史介入は負の歴史に対しても行なってはいけない。理解はしていても気が滅入ることは変わらない。

「戦い無くして歴史は創られない、ですよ」

 アチソンと同じく歴史を知っているミシェルは事も無げに言う。

「人類これ戦争の歴史?全く反吐が出るな」

「一人の殺害は悪漢を生み、百万の殺害は英雄を生む。数量は神聖化する†」

 今まで静かに見守っていた機動執行隊員の一人が神妙に呟く。

「ブラヴォー!チャップリン氏に神のお恵みを」

 アチソンは感慨深げに拍手の真似事をする。暴力に慣れ、自らも徒手格闘の権威であるアチソンは、意外にも反戦主義を標榜して止まない。ミシェルは肩を竦めると後は無言でシャルルマーニュの軍勢を惚れ惚れと眺めていた。

「どうやら、ここは大丈夫そうだね」

 離れた場所で同じ光景を見ていた女性士官が声を掛ける。

「そうだな。次、見に行くか?」

 アチソンはこれ幸いと離れようとする。

「しかし、行き当たりばったりでは巡回警備と変わらないのでは?」

 女性士官の声に賛同する数人が頷く。

「広範囲に予兆があり狙われていそうな保護対象は三十人以上。まずはアタリを付ける。そのためにざっと見て回る。最初にそう言ったはずよ」

 ミシェルがやんわりと反論する。

「他に手があるならそれに従うぜ。意見は?」

 アチソンも寛大にとりなす。その場にいた五人の機動執行隊員は一瞬顔を見合わせた。

「特に何かあるわけではないが……」

 一人が首を捻ると、その横の一人も、

「どうも何かがおかしい気がしてならない」

 期せずして深い吐息が数名から漏れる。アチソンは物憂げに、

「そもそも全体の構図がおかしいのさ。首謀とされたDRせんせいは自分の頭を吹き飛ばしちまった。一体どうやって不穏な種を蒔いたのか、それも不明だ。どちらにせよ事件はまだ終わっていない。相変らずTCの活動は活発。どうやら騒動の種は芽吹いて根を張ったらしい」

 ヒュー。ミシェルが感心して口笛を吹く。

「どうしたのかしらね、アチソンさん?随分と文学的ですこと」

 アチソンは一瞬鋭い目付きでミシェルを睨む。が、直ぐに大袈裟に両手を上向けると、

「こういうのは昔から苦手でね。相手がはっきりしていればそいつと力比べをすればいい。しかし、こうも相手が見えないと――」

「アパッチ!」

 ミシェルが叫びながら伏せるのと、皆が一斉に飛び退すさるのは同時だった。黒い人影のようなものが、そこかしこにニョキニョキと伸びる。それは動きを止めると胸の辺りから紛うことなきスティックのプラズマを発する。アチソンは、目の前に忽然と現れた揺らぐ影が放ったプラズマ弾を間一髪かわし、本能的に右ストレートを相手の顔面に叩き付ける。しかし空しく拳は空を切り、相手は漂う煙のように消散する。

「野郎!偽像か!」

 フェイクを相手にする間に、どうやら存在可能空間オリジナルを封鎖されたらしい。オリジナルは今まで映っていた『歴史』を消し去り、どこまでも続く亜空間を映し出している。

 アチソンはさっと辺りを伺う。他の隊員も身構えながら背中を同僚に預け、自然と円陣を組み相手の行動を待つ。すると。

「クッ!」

 張り詰めた空気が突然重い『粘液』になった。空間は一気に収縮し、強大な圧力に全身身動きがままならない。金縛りになったアチソンやミシェルは、歯を食いしばって動こうとするが、身体は枷を嵌められたように重く、一定方向へどんどんと引き摺られて行く。

(こいつはあの『アイスクリームスクープ』か!)

 アチソンは満身力を込めるが、身体は全く言うことを聞かない。

(このままじゃ俺たちは消し飛ぶぞ!)

 幼い頃から幾度となく自分の命が風前の灯となった経験を持つアチソンは、この時も恐怖や諦観を持たなかった。あるのはただ自分の身体に無理を強いる意思。鉛の拘束具を着けて糖蜜の海に放り込まれたようなものだ。アチソンは超人的な諦めの悪さで指を動かし首を数ミリ上向ける。しかし圧力は緩むことなく、身体は抵抗むなしく一定方向へ、今や真っ黒な口を開けて彼らを待つ虚数域へと引き摺られて行く。

(こいつは……やばいぞ……)

 さすがのアチソンも覚悟を固めるかと思い至った瞬間だった。


 ピキーン


 甲高くガラスか何かのワレモノにひびが入るような音。同時に圧の高い空気がどこかに放出される時のようなヒューっと言う音が始まる。と、悪戦苦闘していた身体が一気に軽くなり反動で倒れるものが続出する。アチソンは半身になったところで踏ん張り、さっと辺りを警戒する。と、彼の正面、十メートルほど向こうに……

 黄金色の裂け目。光が裂け目の中心から四方に広がり、それは入り口の形を採る。突如するりと光の人型が出たかと見るや、それは何かを思い切り中空に放り投げた。


 パーン!


 その何かは中空で破裂する。同時に霧が雄風の一吹きで消散したかのように、突然三人の姿が出現した。今までその姿を偽装空間に隠していた三人。白いバトルスーツが浮き上がり慌てて身構える姿が滑稽だった。最初に飛び出した人型はそこで実体化、光学迷彩バトルスーツのなんとも表現し辛いライトグレー色はまさしくTP仕様。続けて黄金色に輝くゲートから躍り出た人型が二名、最初の一名と共に白い三名へと飛び掛った。身体が自由になったアチソンたちも呆けたのは一瞬、直ちに白い影に向う。


 入り乱れての格闘は数に勝るTP側が一気に勝利する。

 白い姿のTCは組み伏せられ、スティックやら装備品を剥がされる。アチソンが名も知らぬ増援の一人に頷いて謝意を告げようと、改めて敬礼すると相手は、

「暫くです、教官」

 思わず目を丸くするアチソン。それは中堅の機動執行班員で、かつての彼の教え子だったからだ。

「おい、お前。こんなトコで何を?今はシンディのトコじゃないのか?」

 拘束したTCをピッカーに預けながら言うと、相手は笑みを浮べて一方を指し示す。少し離れたそこでは、小柄なバトルスーツ姿の女性士官がTCを組み伏せていた。


 最初に飛び出し『偽装空間潰しミラークラッシャー』を放った小柄な女性指揮官。彼女は馬乗りになってねじ伏せた相手に詰問する。

「お前を雇ったボスの名前は?」

「何も言わん。言わないからな!」

「もう一度聞く。首謀者の名前は?」

「知らん!黙秘権を行使する」

「では、死んで貰うがよいか?」

 組み伏せられた男は呆れて笑う。

国際協約コクレンの犬が何をほざきやがる。そんなことが出来る訳ないだろ」

 圧し掛かっていた女の動きは素早く、眺めていたアチソンですら何が起きたか分からなかった。女は何処からか細身のペーパーナイフのような短剣を取り出し、くるりと反転させるや組み伏せた男の首に突き立てた。

「グアッ!」

 男は鋭い痛みと気管にまで達した刃で息が詰まり、残酷な行動に出た女を驚愕の表情で見上げる。

「な……なにをする」

「聞くぞ。お前のボスの名は?」

「あぅ……いわない」

 女の顔に自然と笑みが浮かぶ。それは残酷に快楽を求める者の狂気の笑顔、ではなかった。もっと単純な何か、幼い子供がお気に入りの遊具を発見したときに浮べるであろう、あの無垢の微笑だった。

「いいのか?私がこいつを数ミリ左に捻る。するとお前の頚動脈は裂けてしまう。ここまで深く傷付けると自動救急医療帯パッチを当てても間に合わない。スティレットを抜けばものの数秒であの世行きだ。私はこのまま刺しっ放しにしておいて、気管に注がれる自分の血でゆっくり溺れ死ぬのを見ている方が好みだが。どうだい?」

 幼児の笑顔と正反対の淡々とした物言い。男の全身に震えが走る。恐怖は止め処もない。男は堕ちた。

「え、エリザベス……」

「フルネームだ!」

「エリザベス・コータ……」

「目的はなんだ」

「あの女はクスリをくれた。あんなものは今まで見たことがない」

「クスリ?」

「そうだ、向精神薬クスリだ。電脳を切らないで使える優れものだ……英雄を殺したい、と言った。あれは行ってしまっている。まるで狂人だが話す内容は真っ当だ、ああ――」

 男の顔に恍惚の表情が浮かぶ。

「あれをやると、リズと同化する。あれが望むことをすれば、更に効果が高い。リズの喜びはとびきりだ。あれの快感がそのまま強い熱として俺を包む……あんなものはほかにない」

 そこで男はごぼごぼと咳き込み、血を吐き出す。女は突然興味を失ったようだった。片手を腰にやりカーボンスティックの予備カートリッジを入れてあるポーチから医療パッチを取り出す。これも目に止まらぬ速さで刃を引き抜くと、勢い良くパッチを男の首筋に当てる。余りの速さに、傷口から血が一滴も零れなかったのではないだろうか?

「逮捕しろ」

 部下にそう命じると女は立ち上がった。


 その女性士官は二十代半ば。肩章から作戦部の大尉と知れる。左肩には既に逮捕件数百五十を示す金線と黄太線のスコアマークが光っている。

 しかしスコアマークを見るまでもなく、彼女が只者ではないことをその場の誰もが知っていた。彼女は常に作戦部注目の星だ。褐色の顔は引き締まり、何の色も浮べずに、ただ前を見据えていた。


「全く恐れ入るな」

 アチソンは無意識に額の汗を拭う。

「本気でやっちまうのかと思ったぞ」

 女は布で丁寧に拭ったスティレットを目の前に上げ、刃毀れがないか調べた後、左腰に吊った小さな鞘に収めた。

「元気そうね、シンディ」

 ミシェルが歩み寄り、数歩前まで来ると立ち止って腕を組む。

「さすがは『ブラックダイヤモンド』と称賛されるお方。随分とご立派な尋問をなさること」

 そして忌々しそうに首を振ると、

「野蛮で粗暴。やっぱりあなたとはお友達になれそうにないわね」

 シンディと呼ばれた大尉は表情を緩めると、

「安心しな、ミシェル。私も昔からあんたのことは大嫌いだ」

 ミシェルの肩が上がった瞬間、アチソンが空かさず間に入ると、

「まあまあ、いきなりそういう挨拶もないだろ?それにしても助かった。ありがとう、シンディ」

「礼は私ではなくこの世紀の巡回警備班に言うんだね、少佐。アチソン少佐殿の隊の周囲にTCの気配がある、手が足りず応援に行けないので、と近くに来ていた私たちに緊急要請して来たのさ。我々は数世紀前で仕事をしていてね、ピッカーの調子が悪かったので本部に帰るところだった。お陰で汗をかく破目になったがね」

「それはすまなかったな、シンディ・クロックフィールド大尉殿。『ブラックダイヤモンズ』の皆さんもすまなかったね」

 シンディの二人の部下も肩を竦めて首を振る。

「一体、コイツは何だ?『存在可能空間オリジナル』を封鎖して一気にどこかへ吸い出すかのようだったが」

「分からない。私たちはただこのオリジナルへマシンを突っ込ませただけだ。外からは特に異常は見られなかったが」

「分かった。そいつは後で考えよう。しかし、あの尋問。どうしてあんな事を聞いたんだ?」

「あんたがそこの『お澄ましフランス人形』と機動執行の仲間を引き抜いて何かやっている、と聞いていたからね」

 階級も経験も勝るアチソンをあんた呼ばわりし、自分は死ぬほど嫌う渾名を言われて憤慨したミシェルを、まあまあ、と宥めながらアチソンは、

「で、エリザベス・コータか……ライブラリに該当がおよそ四万あるな」

「さっきの尋問記録をそっちに送る」

「……ありがとうよ、届いた。でもこいつは証拠として使えん。逆にシンディ、訴えられかねんぞ」

 アチソンは電脳で先ほどのシンディの所業を再現しながら苦笑する。シンディは眉を上げただけで何のコメントもない。そして二人の部下の方を振り返ると、何か秘話で指示を送った。

「では、こっちは先に帰らせて貰う」

「なんだ、少しは手伝って貰えるのかと思ったのに」

 無表情のシンディは肩を竦め、

「悪いが今日は働き過ぎた。そちらは私とは出来と生まれの違うやんごとなき方々に任せる」

「そう皮肉ばかり言うなって。ジョーがあんたと仕事をしたいって言っていたよ」

「今言ったと思うが?やんごとなき方々に任すと」

 そして手を上げると時航マシンが現われる。先に二人の部下が乗り込むのを待ち、シンディもハッチに手を掛ける。

「シンディ!」

 ハッチに手を掛けたまま振り返るシンディにアチソンは、

「一つだけ。あんたの鋭い野生の勘とやらを聞きたい。この事件ケースことは聞いているだろう?で、あんたが聞き出したエリザベスとかいう女。どんな奴だと思う?」

 シンディはじっとアチソンを眺め、暫く考えると一言。

「狂人だ」

 そしてハッチを潜ると、ふと停まる。

「助太刀だけなら頼まれてもいいよ。またいつでもどうぞ、教官殿」

 ハッチが閉じると、マシンは音もなく宙に浮き、一瞬で消失した。


「粗野でチビのカリビアンが。どうしてあんなのが執行班ナンバーワンなんだ?」

 見送ったアチソンの横で、ミシェルが普段の麗々しい態度をかなぐり捨てて憤る。

「おいおい、お嬢がその言い草か?あんたの偉いひいじいさんが泣くぜ」

 それにお前も滅茶苦茶さでは五十歩百歩だろうが、とアチソンは思ったが、もちろん伝えはしなかった。

「それにしても、狂人か。厄介だな」

「いい加減に決ってる、あんな女の言うことなんか」

 アチソンは手当てを受けて護送車カーゴに収監されるTCを見遣りながら真顔で呟く。

「だといいがな」



† チャールズ・チャップリン 「殺人狂時代」

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