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Episode23;城塞の闇


 §北米同盟・アメリカ ジョージア州アトランタ郊外  2369年3月(2日後) 



 それはまるで要塞のような建物だった。要塞という言葉は二十四世紀では比喩的にしか使われていないが、正にこれは要塞と呼ぶに相応しい。築城術に熱中した十七世紀辺りの土木技師たちがのどを鳴らして寄って来そうな代物。

 高さ六メートルに及ぶ外壁は懐かしの強化ベトン。その外側に装甲板を張り巡らせている。塀の頂点には高電圧を流しているのだろう、二列の有刺鉄線が走る。その上に覗く建物がまた城塞だった。二十世紀あたりの砲台によく似た角面保塁と小さな狭間だけが見える装甲板を張り巡らせた化物。質の悪い娯楽施設のアトラクションに登場しそうな禍々しい魔王のお城といったところ。しかし、娯楽施設では虚像だが目前のこれは本物だ。

「中世期バイエルン辺りの精神を病んだ王様が作りそうなものね」

 キャシーが背伸びをしながら城を仰ぎ見て呟く。

「そろそろこの素敵なお城のご主人様を教えて貰えます?ジョー」

 幾分茶化してマリアが問うと、ジョーは煌々と照らされた城塞を見つめながら、

「時空間物理学者、DRダーアー・ノイエ・カチンスキー氏、四十五歳」

「聞いたことがありますね、確か『時空の壁』の存在を予言し的中させた御仁では?」

 調査課のマーチンが言うと、

「ご名答。他にも亜空間における距離の測定法や、実体化因子の研究で数々の賞を貰っている」

 リチャーズが顎を摘みながら応える。

「そんな学者先生ダーアーが何で容疑者に?」

 マリアの問いはそこにいた全員の問いでもあった。

「どうしてだろうね。世界警察機構インターポリスは消去法で彼を容疑者とした訳だけれど、彼は一切の任意取調べを拒絶してこの城に閉じ篭っている。こうなってからもう一ヶ月だ」

「ちゃんと時空間も監視しているのでしょうか?」

 と、マリア。

「その点抜かりはないよ。DR・カチンスキーは魔法でも使わない限り過去へは脱出出来ない。現在マシンを持っていないのは確認済みだ。現在時でも一歩外へ出たら直ぐに分かる。勝手口はちゃんと見張っているし寝室やトイレの窓にも監視がついている。インターポリスの連中は先生の屁の回数もカウントしているだろうよ」

 リチャーズは最後のくだりで笑い出すが、今夜は彼を叱責する者はいないだろう。彼の笑い声より大きな音が既に響き渡っていた。

 コンクリートベトンに鋼を巻いた外壁を大型土木機器が壊して行く。二十四世紀の一般的な武器である『カーボンスティック』にも応用されている振動エネルギー発生装置が、まるでバターに翳した熱いナイフのように外壁を切り刻む。蒸発し切れずに崩れ落ちる瓦礫を工作用ピッカーたちが手際よく運んで山にする。

「漸く公判を維持出来そうな量の証拠が揃ったそうだ。全て状況証拠に過ぎないが、国際検察庁が逮捕状を発行した。少なくともDRの身柄を確保することが出来る」

 ジョーが呟く。何故かその声は憂鬱そうだ。

「こんな大袈裟なモノを建てたって、こうして簡単に攻略されることぐらい、頭のいいDRには分かっただろうに」

 マーチンも静かに呟くと、

「それが分からない位におかしくなっていたのかも知れないな。これを建て始めたのは三年前で、昨年の暮れに完成している。建築費は一億二千万UNユニ。普通の家なら百軒、マシンなら十台は買えるんじゃないかな。いくら賞を総ナメって言ったってDRセンセイ、こいつに全財産を突っ込んだと違うか?実にいい趣味をしてらっしゃる」

 笑いを抑えてリチャーズが言う。

 やがて機械音が鳴り止むと、闇の中から続々と光学迷彩服を身に付けたインターポリスの強行突入チームが現れる。同業者の手並みにオブザーバーの彼らも興味津々、熱い視線を投げかけた。チームは人とピッカー合わせて総勢三十名ほど。プロの彼らが見ても感心するほど無駄のない動作と素早さで忽ち『城塞』の中へと消える。

「中にはDRだけですか?それとも機動機械兵ミリタリーピッカー一個中隊が待ち構えているのかな?」

 マーチンが不遜なジョークを飛ばすが、ジョーもリチャーズも肩を竦めるだけ。

TPの捜査官たちが傍観する中、強制捜査はつつがなく進行しているように見えた。やがて証拠品と思われる物品をピッカーたちが搬出し始めると、何か拍子抜けの感じすら漂う。どうやら博士は大人しく投降したようだった。

「ジョージ・ウォーカーTP捜査官はいらっしゃいますか?」

 一人のインターポリス捜査官が声を掛ける。

「私ですが」

 ジョーが一歩前に出ると捜査官の表情が驚きに変わった。一目でベテランや俊英揃いと見て取れる一団の中、最も若く最も暢気そうに見えたからだろう。捜査官はそんな驚きの気まずい間を咳払いで消し去り取り繕うと、

「主任がお呼びです。一緒に来て頂けますか?」

「いいですよ。ウチの連中も同席して宜しいですか?」

「構わんでしょう。もし内密の話になればタグの秘話を使うでしょうから」

「分かりました」

「では、こちらへ」


 インターポリスの現場主任は大穴の開いた外壁前で渋い顔をしていた。

IPアフィ北米支局のグレイです。よろしく」

 儀礼的にジョーと握手すると、

「ちょっと中まで来て頂けますか」

「連中もいいですか?」

 グレイは好奇心丸出しの十人余りを見遣って暫く悩んだが、やがて、

「いいでしょう。皆さん守秘義務をお忘れなく」


 城塞と呼ぶに相応しい鋼鉄を貼り付けた壁に、高さ三メートルの鋼鉄の門が組み込まれている。既に門扉はこじ開けられ、扉の両側に立っていた二体の警備ピッカーがきびきびと敬礼する。

 一行が一列で扉を潜ると一様に人々から吐息とも感嘆とも知れぬ息が漏れる。玄関ホールは何もない黒一色の世界だった。床は黒檀に似せた素材で艶やかに光り、高い天井や壁も漆黒。そちらは光を反射しない艶消しで、天井にポツリポツリと等間隔で灯る有機ELの粒が闇夜に光る一等星のように見える。続く広い回廊も同じく黒一色、黒い世界はどこまでも続いて行く。主人の意図通りなのだろうが、一行は次第に重苦しい雰囲気に包まれ、さすがに口の軽い彼らとて一言も口を聞かない。

 窓もない洞穴のような回廊の横に、漸く部屋のドアが並んで見える。今はそのどれもが開いていて、部屋からは捜査に当たる人々を照らす作業ライトが眩しく廊下まで零れている。

「何部屋あるのです?」

 マリアがグレイに尋ねる。

「およそ三十。主人の部屋以外殆ど同じ大きさで、後で見れば分かりますが調度類もそっくり同じです」

 グレイは私見を付け加えなかったが、表情がもううんざりだと語っていた。長い回廊の突き当たりまで来ると今度はT字の形で横に回廊が伸びている。グレイは左に折れ、これまた長い回廊を先に進む。こちらは部屋数が少なく、照明も暗い。やがて突き当たりにインターポリスのピッカーが二体、両側を固める扉が見えて来た。

「DRはあの中にいます」

 誰もが緊張し、沈黙が続く。グレイがピッカーに頷くと、一体が両開きで鉄張りの重そうな扉を手前に引いた。


 その部屋も黒一色に塗装されていた。しかし灯火は極端に少なく、ドア横に角灯が灯り、部屋の奥に二つ、同じような暗い灯りが灯るだけ。光源は揺らぎまで再現した蝋燭を擬態する有機EL照明。グレイは息を呑むTPの連中を満足げに見遣ると、ツアーガイドの如く恭しく告げる。

「この部屋は上からの指示で発見時そのままにしてあります。あなたたちが見るまでは鑑識も触るなと……どうぞ、お気が済むまで見て下さい」

 彼の顔に微かな笑いが浮かぶ。上からの命令で仕方がなく、普段は蚊帳の外の連中に現場を見せている。どうやらグレイは軽い意趣返しのつもりなのだろう。

 室内は暗かったが状況は見るまでもなかった。部屋には、嗅いだことがない者にも間違いようのない臭気が籠もっている。現場に慣れていないアナリストの四名はマリアを含めて固まってしまい、一人は蒼い顔で崩れるように蹲る。現場組の捜査官とジョーたちは一瞬顔を見合わせた後、ジョーを先頭に中へ入った。

 部屋はおよそ二十メートル四方の大きな部屋だった。他の部屋と違い、黒一色の壁になにやら飾り文字か文様が赤い塗料で記されている。ドアと反対側は重い緞子のカーテンが閉まった窓だったが、ジョーがカーテンを捲ると埃が舞い上がり、窓にも鎧戸らしきものが下がっていて外は見えなかった。

「この屋敷にはDRの他、誰もいなかったのですか?」

 強烈な臭いに顔を顰め、顔の下半分をスカーフで覆いながらキャシーが尋ねる。

「今のところ生きたものは発見されていない。突入直前に熱感サーチしたところ、生体反応は一切なく、ピッカーの反応もなかった」

「DRは以前から独りで?」

 マーチンが聞く。

「以前は使用人三人とピッカー二体を使っていたらしいがね。どうやら一ヶ月前に全てお払い箱にしたようだ」

 そして付け加えるように、

「彼らは全て地下のワインセラーで発見された」

 角灯の弱い光では皆の表情までは分からないが、押さえたどよめきが彼らの心情を物語る。

「そしてDRせんせいも、か」

 ジョーは深い溜息を吐いて部屋の真中の黒い塊を見遣った。

 カチンスキーは高い背凭れの垂直な黒い椅子に座っていた。周辺の床には彼の頭から飛び散った脳漿や血液が黒々と固まっている。こめかみに穴を開けた骨董品のリボルバーが、半分ミイラ化しだらりと垂れた右手にしっかりと握られていた。




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