Episode22;始動
§南米連邦・ブラジル マナウス州 TP本部 2369年3月
集まった面々はジョーの知っている顔もあり知らない顔も多かった。23試験隊の四名を除く二十名は作戦部所属の十三名、情報部から七名。作戦部機動執行課からの八名は一名を除き全員顔見知りで気心も知れている。TCを直接相手にする彼らは作戦部の中でも精鋭中の精鋭だ。残り五名は機動捜査課からやって来た優秀な刑事で、既にこの事件の捜査に当たっていたチームからやって来た。
情報部からは分析官四名と世界警察機構と協調しながら被疑者の現代と過去との関係を調べる調査捜査官三名。その他、プロジェクトチームに協力して情報収集と重点年紀警戒に当たる捜査員や巡察隊を合わせたのなら百名を下らない人数となる。
「えー、皆さん。では始めましょうか」
ジョーが声を張ると、集音マイクが自動的に声を拡声し部屋の隅まで明確に聞こえるようにした。
「皆さんプロだ。それを若造の私が率いるというので眉を顰める方も正直いるでしょう。先ずはお詫び申し上げます」
ジョーはペコリと頭を下げると、
「ま、そういうことで、ひょんなことから私が責任者としてこいつに取り組むわけです。では早速行きましょうか?背景説明をリチャーズさんから」
機動捜査課のグレン・リチャーズ捜査官が立ち上がる。生粋の北米人で当年三十歳、二十世紀の出身で、二十四世紀では既にほとんど製造されていない本物のチューイングガムを常に噛んでいることで有名な男だ。
「機捜のリチャーズです。先ずはこれを観て頂きたい」
彼が擬似窓を操作して拡大し、全員に見えるようにしてから流した3D映像は目を疑うものだった。
「なんだこれは」
数人が異口同音に呟く。
そこは何かの平原のようで、画面中央に大穴が開いている。遠くに長城風の城塞が見えるが、そこから多数の煙が上がっているのは正に戦闘中と思われた。大穴の周囲には人馬が入り乱れており、人も馬も何かから逃れるかのように右往左往していた。不思議なのは大地に陥没したかのような大穴の形状。まるで巨大なアイスクリームスクープで一掬いしたかのように大地は鋭角に切り取られている。
「皆さんの電脳にも私の知識をファイリングしたものを送りますので、合わせて聞いて頂きたい。これは十五世紀中頃、正確には1453年4月、コンスタンチノープル郊外の光景だ。遠く見える城壁はこの東ローマ首都の外壁、『テオドシウスの城壁』。勉強熱心な皆さんの中には、これがコンスタンチノープル包囲戦の一齣だと判断された人もいるでしょう。その通り、オスマントルコが東ローマを滅亡させる寸前の光景ですな。で、この大穴だが、オスマン軍の本営に突如現われた。ここには親衛軍団の司令部やら皇帝取り巻きのお偉いさんなどがいたらしいが、全員消し飛んだ。幸いと言うか、オスマン皇帝メフメト二世は直前にこの場を離れ、事無きを得ている。しかし彼の個人年記ではメフメト氏は正にこの瞬間、ここにいることになっているんですな」
「ああ、例の『神の御手』だ」
作戦部の一人が画面を見つめたまま呟く。多くの者が頷いた。リチャーズも頷いて、
「そうですな。歴史的重要人物の過去に介入すると現われる、歴史の防衛行動とか噂されるものだ。だが、ここで大切なのはメフメト氏が助かったという事実よりも誰がこの大穴を開けたのか、ということだ」
「それはいつ起きた出来事ですか?」
情報部のアナリストの一人が問う。
「現年紀四日前の出来事だ」
「予兆は?十五世紀常駐隊は何も出来なかったので?」
これは機動執行の一人。
「予兆はあったが、この一点に集中出来なかった。同時に何十箇所もおかしな予兆が発生してね」
「ではTCに間違いないとして、こいつは一体どうやったんで?」
機動執行から来た男は身を乗り出している。
「情報部の面々が調べている最中だが、多分、あの空間を何かの装置で閉塞化して緊急脱出シューターを巨大化したようなものを発動したのだろう、ということだ」
「飛ばされた場所は特定されましたか?」
「いや。多分、同じ年紀ではなく亜空間へ放り出したのではないかと見られる」
すると前列中央に座っていたアチソンが呟く。
「ひでえな。実体化因子なしで虚数域に放り出されたらまず助からないぜ。一体何人死んだ?」
「千人は下らないでしょうな。これの影響で、多少コンスタンチノープル陥落が伸びるかもしれないと言われます。また一つパラレルが生まれるかもしれない」
皆がざわめく。
「で、誰がこんなことを?」
「それを突き止め、逮捕するために我々が集められたんだ」
ジョーの顔は真剣そのものだった。
*
集会は二時間で解散し、個々に仕事が割り振られた。予測されるTCの攻撃を未然に防ぐため、既に現地で警戒する年紀常駐隊や巡回警備班を助けるため、機動執行と機動捜査の人員はマシンで過去へ旅立って行った。そちらはアチソンとミシェルに指揮を任せ、ジョーはキャシーと居残った面々に対する。
「さて、残って頂いた皆さんには、ちょっと頭を働かせて貰おう」
ジョーは一段高くなった大会議室の壇上、腕を組んで行き来をする。
「コンスタンチノープルの一件は氷山の一角だ。実は八世紀と十九世紀初頭にもおかしな事件が起きた」
ジョーがリチャーズに頷くと、彼は擬似窓を操作して二分割された画像を映し出す。
「右が八世紀、左が十九世紀。両方とも現EU、フランスでの出来事だ」
ジョーを引き継いでリチャーズが続ける。
「八世紀、フランス。何か思い当たる人は?」
「シャルルマーニュでしょうか?」
情報課から来た女性のアナリストが答える。
「普通はそれで正解。ただ、今回おかしなことがあったのはピピン三世だ」
「小ピピン?カロリング朝創始者の」
「ああ。そのピピンの周りで予兆が相次いだ。そこで八世紀常駐隊が警戒していたところ、まあ、いろいろと」
リチャーズが忍び笑いをしたので、画像を眺める人々が顔を見合わせた。
「出し惜しみしないで、見せてあげたら?」
ジョーが催促すると、リチャーズは画像を八世紀側だけ拡大し流した。そこに映ったのは、まるで数世紀前のシネマのような活劇。『カーボンスティック』の銃撃戦やら人と『ピッカー』と呼ばれるロボット入り乱れての格闘シーン、逮捕されタイムマシンのカーゴに連行されるTC(時間犯罪者)たち……。
「八世紀の隊長さんは、逮捕執行が前年の三十倍に膨れ悲鳴を上げているよ。ただ、さすがだ、殆ど未遂に終わらせた。一件だけピピン氏が危機に陥ったが、結局、巡回警備班が間に合って間一髪、TCは現行犯逮捕され、驚いたピピン氏は肥溜めに片足を落としただけで助かったそうだ」
リチャーズはそういいながらゲラゲラと笑い出す。他の連中は顔を顰める者、不思議なものを見つめる様子の者など様々。どうも妙なユーモアのセンスがありそうなリチャーズに代わってジョーが、
「少し歴史に強い方なら気付いたかな?八世紀のピピン。十五世紀のメフメト」
「両方とも後に歴史上英雄と言われる高名な人物の直系の祖先、しかも自身、その英雄ほどではないにしろ歴史に名を残している」
先ほどシャルルマーニュの名を上げた女性アナリストが即答する。ジョーの隣で先を越されたキャシーが聞こえないように舌を打つ。思わずジョーは微笑んで、
「情報部分析課のマリア・ウエハラさんでしたね」
「そうです」
マリアは優雅に頭を下げ、長い黒髪をかき上げると、
「それにしてもこの情報、私たちには知らせていませんでしたよね?逆にこの数週間、全般詳報では八世紀は平穏無事となっていたはず」
「悪いがウエの判断で情報を押さえた。八世紀の隊長さんはカンカンだ、何せお手柄を公表して貰えなかったんだからね」
ジョーが言うと、再び隣のリチャーズが笑い出す。それを無視してジョーは、
「まあ、今後皆さんにはどっさり情報を伝えますからね、それこそウンザリするほどの情報を。例えシャルルマーニュがゲームブックと違う場所でトイレに入ったみたいなことでもね」
リチャーズは腹を抱えている。彼はこのどうしようもないクセのために人生棒に振るところだった。それはある事件の張り込みでのこと。彼は実体化してTCを監視中笑いの発作に襲われ、TCに感付かれ逃走されてしまう。結果叱責と降格、現場を降ろされてしまう。しかし本部付きとなった彼は逆に水を得た魚、その類稀な情報整理力を発揮する場を得ることになるという、真に天晴れな経歴。それを知っているジョーは肩を竦めると、
「さて、勘の鋭い皆さん、お分かりかな?マリアの言う通り現在TCが狙うのは英雄の父親もしくは曽祖父だ。近親が死ねば続く子は生まれない。英雄は歴史の寵児に過ぎないというDRも多いが、ではその英雄がいなくても歴史は同じ過程を辿るのか、という問題に正解が出たという話も聞かない。だから我々はこの英雄たちを護る手段を考え、その先にいるTCを捕らえることを考えるんだ」
「そのー、いいですか?」
一人の捜査官が手を上げる。
「どうぞ」
「情報部調査課のジョシュア・マーチンという者です、以後お見知り置きを。で、願いますが、十九世紀の方も一つ教えて頂けませんか?」
「これはすまない、先を急ぎ過ぎました。リチャーズ捜査官、発作は収まったかな」
リチャーズは笑い過ぎて紅顔し涙を浮べていたが、咳払いすると、
「失敬した。で、こちらが十九世紀の状況」
擬似窓を入れ替える。そこは正に大会戦の最中。灰色の空から雪が舞い硝煙漂う中、凍結した湖とおぼしき畔で騎馬の群が見事に統率され突撃し、その横、隊列を作り応戦しながら進軍する歩兵の集団。追われる敗残の兵は騎兵の突撃に蹂躙され、氷の割れた湖面から水中に没して行く。それを見下ろす丘の上、規則正しく連射する大砲の列が並ぶ。俯瞰した映像は正に歴史絵巻と呼べる代物で、これが作り物でないことを納得するのは難しいほど。
「オーステルリッツ。フランス側の勝利が決定した場面ですね」
「ほー。お見事」
もちろん誰もが電脳端末経由でライブラリ情報を得ることが出来るので、こうした答えは驚くに値しない。しかし、マリアの答えは調べている間のありえない完全な知識と分かる速さ。リチャーズは感心しキャシーは内心地団駄を踏む。
「正史では、このナポレオン大勝の戦いにおけるフランス側の負傷者には彼の幕僚や将軍は含まれていない。しかし現年紀七日前、これが起こった」
リチャーズが操作すると画像がズームアップしてある一点を拡大する。そこには煌びやかな軍装を血だらけにした人物が横たわり、傍らには心配そうに多くの兵が寄って、止血を試みる看護の者を見守っている。
「ルイ=ニコラ・ダヴー」
今度はキャシーがマリアに先んじて告げる。
「ご名答。敵わないねぇご婦人方には」
リチャーズは得意げなキャシーにウインクすると表情を改め、
「才媛のお二人に及ばない方々にお教えしよう。このナポレオンの名将はこの後イエナ=アウエルシュタットの戦いで大活躍し、その後もプロシア、クールラント、ロシア、フランス戦と活躍を続ける。不敗のダヴーと謳われた男だね。彼がいなければひょっとしてベルリンに達する前にナポレオンは敗退したかも知れないし、ロシア戦の最中、冬将軍によって命を失った可能性もある」
「こちらは父ではなく片腕を奪おうとした、と言う訳ですね」
マリアが言うとリチャーズは頷きながら、
「あなたの言う通りだよ。この後駆け付けた常駐隊がパラレル分岐を防ぐため非常時特権を行使して彼を確保、手当てを済ませて本営に返した。お気に入りの将軍が瀕死の重傷を負った直後に神隠し、突然本営の際に現われたかと思えば傷はあらかた塞がっている。なんともはや、さすがのナポレオンもびっくりだろうが、神のご加護とかであやふやになるといいがね。後、ダヴーの墓を誰も暴かないといいが――元帥の骨と一緒に治療に使った人工骨格やらファイバーのネジやらあり得んものが出てくるだろうから……」
再び大笑いとなったので、ジョーが引き取る。
「まあ、こういうわけだ。このグループは情報を整理し答えを導き出す。いわばプロジェクトの頭脳だ。期待するよ」
「一ついい?」
「なんだい?キャシー」
珍しくキャシーは立ち上がり前に一歩出る。
「ここで英雄を救出するゲームを楽しむのはとっても興味があるけれど、それより首謀者を抑える方が簡単なんでは?一体どうしているの?『世界警察』さんは」
ジョーは待ってましたとばかり満面に笑みを浮べる。
「いい質問だ。確か君は言ったよね?共通意思の伝播だと」
「ええ、言いましたけど」
「ではその共通意思の源泉、いわば蛇口を閉める儀式、見てみたくはないか?」