Episode21;ピッカー23型評価試験隊
§南米連邦・ブラジル マナウス州 TP本部 2369年3月
「お帰りなさい、坊ちゃん」
「ただいま」
TP・時空保安庁が誇る最新鋭GTP4型時航機のハッチが開くや、真っ先に飛び出した青年に年期の入った整備服姿の男が敬礼する。制服の上着を肩に引っ掛けた青年は人好きのする笑顔を浮かべると、一年前に副長官に就任した義父により制定された濃紺のネクタイを締めながらタラップを降りた。
「ヘンケ。申し訳ない、マシンを実体化した。TCの奴ら粘りやがってね、こいつのパワープラントから給電するハメになってさ。第二規制以内で虚数域に退避したから問題ないとは思うけど……」
「了解です。特に目立った損傷もないようですね。それより、追跡班の連中から聞きましたよ坊ちゃん。また派手に『スティック』を振り回したそうですね」
「相手は九人、全員プロの傭兵でさ、四人掛かりで精一杯だったんだよ。新型スティックは油断すると直ぐバッテリーがアップしちゃうからね、手持ちのカートリッジを全部使ってしまったからコイツを実体化するしかなくなって。ドレクスラーさんのトコで作ってるという、補給物資がどこでも直ぐに取り出せる『追随カーゴ』とかいう奴、早く験してみたいね」
「DRに聞いてみましょうか?確か実戦評価の試作最終タイプが数台、調整中のはずです」
「あー、いいねぇ。貰って来てよ」
「お願いだからそれは止めて」
声に青年が振り返ると、長身でスタイルのよい美人がマシンから降りて来るところ。敬礼する副長官専属整備班長のヘンケに対し、優雅に答礼するとにっこり笑って、
「ただいま、ヘンケさん」
ブロンドに碧眼、年齢不詳の女性だった。落ち着いた物腰は見る者の嗜好によって二十代にも三十代にも見える。
「お帰りなさい、ミシェルさん」
ヘンケからミシェルと呼ばれた女は青年の肩をぽんっと叩くと、
「これ以上この人に新しい玩具を与えたら、もう責任負えないわよ」
青年が大げさに肩を竦め、ヘンケは困ったように顎を摘む。
「ボスがこれだから、命が幾つあっても足りない思いを毎回しているのよ。この人、TCを前にすると部下のことを忘れて突っ込んじゃうから」
略帽を取って肩章に挟み、規定違反承知の長い髪を一本に纏めたポニーテールを振り、やれやれ、と両掌を上げ、
「赤布を前にした闘牛のウシよ、この人は」
「闘牛か、懐かしいなぁ。いつかやってみたいと思ってるんだ」
「それは胸にしまった方がいいわ、動物愛護法に反するわよ」
「滅んだ文化を偲んでいるだけだよ」
「とにかく、先走るのはいい加減にして欲しいわ」
「悪かったよ、ミシェル。目の前で金色以外の実体化因子を見かけるとさ、我を忘れちゃうんだ」
情けない声にミシェルとヘンケは思わず吹き出す。
「ったく、冗談じゃねえぞ、ジョー」
ミシェルの後ろからがっしりとした体格の男が降りて来る。完璧に制服を着こなし、全体に物騒な気配を漂わせ、斜め二十五度に被った略帽から覗くクールカットの頭には僅かに白髪が混じり、なめした皮のような顔には深い皺が刻まれている。その目付きの鋭さが全体の印象を更に近寄り難いものに仕上げていた。
「こっちはお前がやられないようにバックアップするのが精一杯で、逮捕は全部ピッカーに任せる始末だ。いい加減にしないと昔みたいに尻を蹴っ飛ばすからな」
「はい、以後気を付けます、先任教官殿」
神妙そうに敬礼するジョー。後ろ手に組んで胸を反らし睨みつける男。
「あー、アパッチさぁーん、おっ帰りー」
教練場風の一コマを破る素っ頓狂な声。十二,三歳の少女が駆け寄って元・教導団格闘技指導教官の男の腕に縋り付く。
「アパッチさん、ご無事のご帰還、お疲れ様です!」
「こら!ニー。時と場所をわきまえろって何度言ったら分かる!それに私をアパッチと呼べるのは危険な任務を共にする仲間だけだと何度言ったら」
「えー、危険な任務から帰って来た士官を出迎えるのに、今以外いつがあるの?それにアパッチさんはアパッチさんだし」
「だからなぁ」
すると少女は笑顔を消し、鍔付帽をグイっと上げる。
「それはそうとね、アパッチさん、ざっと見たところ『ジェロニモ』が数箇所怪我してるんだけど」
「ああ、少し派手な立ち回りをしてね」
少女は、はあ、と大きな溜息を付いて腕を組む。その仕草は打って変わって大人びて、周囲で忙しく立ち働く整備班員と何ら変わらない。
「もう少し丁寧に使って下さいよ、初期不良調整で来て貰ってるロイドインダストリの技術者が文句言ってますよ、国際協約軍にも納品してない正真正銘最新鋭の先行量産型をもう滅茶苦茶に、って」
「そいつは申し訳ない」
「いいですか、TPにもまだ六体しかない秘密兵器なんですからね。大体、それを実戦評価するのに出掛けて行って、使い方が荒くて全壊なんてやってたら始末書じゃ済みませんよ!」
「そいつはボスに言ってくれないか、ニー」
ぐいっと親指を青年に向ける。
「おいおい、アチソン、私に振るなよ」
「ジョー!」
「はいはい」
勿怪の幸い、アパッチことアチソンが二歩三歩と引く。矢面に立ったジョーはただ笑うしかなかった。ニーはそんな二人の様子に構わず気付かず、腕を振り回しながら力説する。
「ジョーは『ピッカー23型評価試験隊』の隊長さんなんでしょ、一応。ジョーの『ケイト』も右腕が動かなくなってるし、ミシェルさんの『スチール』も脚部損傷。まったく、まだパーツも少ないって言うのに、治す身にもなって下さいよ」
「ごめんなさいね、ニー。今回のTCは少し手ごわかったのよ」
ミシェルは三人を睨みつける少女に媚を売るような笑みを浮かべる。ニーはそんな年上の女性士官にもへつらわず、
「手強くたって何とかして下さい、TPきっての先鋭が聞いて呆れますよ、まったく。皆あの人を少しは見習うべきだわ。相変らず『フリント』だけは五体満足だったんだから。さすがは『人形遣い』の――」
「キャシー!」
三人は異口同音に叫ぶと、お説教を続けようとしたニーをさっさと置き去りにして競うようにマシンへ逆戻りした。薄暗いキャビンの中、全周モニターがマシン発着場の様子を映している。その前、旧式時計の文字盤のように並んだシート、どれもが蛻の殻、否、三時の位置に白い塊があった。
「す、すまない、キャシー、よく寝ていたから……」
ジョーが真っ先に白い塊に駆け寄った。塊が、かさっと動く。白い大きな毛布に覆われた『何か』。すると毛布がはらりと滑り、小さな顔がひょっこりと首を出した。
「やっぱり私って、存在が薄い?」
「い、いや、そんなことはない」
か細い声に慌ててジョーが手を振る。
「忘れていたよね」
「そんなことはないわ」
ミシェルはニーに見せたのと同じ曖昧な笑いを浮かべる。
「いや、みんな忘れてた」
「大丈夫だ、覚えていたよ」
アチソンは大げさに肩を竦めて見せた。
「嘘!起してくれなかったじゃない!」
小さな顔がさっと毛布に隠れた。さあ弱った、と三人が顔を見合わせた瞬間。
「嬢ちゃん、さあ出ておいで」
その声に三人が振り返ると、そこには何時の間にか『海賊』がいた。黒い二角帽に髑髏と交差した大腿骨の意匠。同じく黒のアイパッチ、斜めに走る向こう傷、黒々としたドジョウ髭に顎鬚、潮風に晒されて白っぽくなった十七世紀の衣装。紛うことなき海賊は、これ幸いと道を空けた三人に軽く会釈をすると、白い塊の前へ行く。
「嬢ちゃん、拗ねちゃあいけないよ、皆さん忙しい身だからな」
再び毛布が波を打ち、ちいさな顔が覗く。
「やあ、愛しの姫様、お目覚めかね」
「フリント……」
ちいさな顔が歪んで一瞬、皆は泣き出すのかと身構える。しかし次の瞬間にはどきりとするくらいの笑顔に変わり、彼女は自身の『ピッカー』に手を伸ばす。海賊の姿に3D偽装した『人型汎用思考端末』、ロイドインダストリ・23型高機能ロボットは『ご主人様』を毛布から引き出してひょいと肩に乗せる。光学迷彩のバトルスーツを着ているとはいえ、生まれ付きの障碍で成長が十歳程度で止まり、体質的にサイボーグ化も受け付けない百二十センチ程度の身長の彼女、キャシーはとても作戦要員には見えない。ジョーは、まるで宝島のシルバーの肩に留まったオウムのようだ、などと不遜なことを考えていた。
一行がぞろぞろとマシンのタラップを降りると、そこには新たな歓迎要員が待っていた。
「ジョー。また派手にやらかしたらしいな」
顰め面した数人の制服に囲まれた私服姿の中年男性が声を掛ける。
「これはどうも、作戦部長さん」
おどけた敬礼にも答えず、男は続ける。
「このヘンドリクソンが、どうしてこうも度々新型を派手に壊すのか君に聞きたいそうだ」
「ぜひとも伺いたいね。評価隊はタイプ23のデータ取りをしているのか、それとも機動執行の真似事をしているのか、どちらなのか、とね」
作戦部長の隣に立っている制服姿のヘンドリクソン装備課長が腕を組んでジョーを睨む。
「これはヘンドリクソンさん。もちろん評価試験が最優先ですよ。でもね、ちょっとTCが頑張ったりするからこちらも力が入ってしまいまして……」
「そういう時は構わず逃げろと何度言ったら分かるんだね?だいたい君は――」
お小言は発着場の隅でたっぷり五分は続く。その間ジョーたちは直立不動でさも熱心に聞き入る振りをしていた。キャシーを降ろしたフリントはいつの間にか消え、ヘンケたち整備班はこれ幸いとマシンやピッカーたちを整備ブースへ運び去った。
ジョーが無茶は二度としないとヘンドリクソンに空約束をして、漸く一行は解放される。すると、ヘンドリクソンの後ろでじっと彼らを見つめていた作戦部長が歩み寄り、ジョーへ一言、
「話がある」
「ここで、ですか?」
お小言パート2かと思ったジョーは渋面を作るが部長は被りを振り、
「汗を流して来なさい。一時間後に作戦部で」
ニックことバート・ニコルスキ作戦部長の顔は真剣そのものだった。
「君だけでなく、班員全員と話したい」
*
「この先だ。音声記録スタート」
暗い通路の平面映像に突然音が加わる。何かの機械音と撮影者の息遣い。通路にこだまする複数の足音。すると。
「区画2B。常駐者の居住区」
出来る限り平静でいようとする記録者の声はしかし、意に反して震えている。
「ロックは掛かっていない。非常電源はオフ。開くぞ」
映像の隅に撮影者の腕、そしてもう一人の防護服姿。放射線はもちろん、有毒ガスや細菌類の侵入を許さないそれは軽装宇宙服にそっくりで、この場所がどこかの衛星居住区と勘違いしそうになる。亜空間虚数域に構築された『オリジナル』と呼ばれる実体化可能空間。その施設は月面居住区を参考に作られているのだから、ここが宇宙と錯覚するのも当然だった。
防護服がドア横のパネルに細工するとドアが音もなく横滑る。撮影者が部屋に踏み込むとそこには……
「なんだこれは」
呆然とした撮影者が開いたドアの外はまるで広大な宇宙空間のようだった。居住区は亜空間に消し飛んでいた。
三分後、有機EL照明が灯り部屋が明るくなった。座る人々は平静を装っていたが微かに浮かぶ額の汗や本人の気付かない仕草等に彼らの緊張が伺える。
「シット!ひでえもんだ」
アパッチことアチソンが思わず呟く。
「最初に言ったが、常駐員はほぼ全員脱出シューターで避難、三日後に救出された。行方不明は一名のみだ。現在も捜索は続いている」
作戦部長のニックは厳しい顔付きのまま続け、
「施設の損壊も酷い。動力室と生命維持施設も完全に破壊されているから、支援部の話ではここは放棄せざるをえないということだ。ご苦労なことだが別のオリジナルを構築するまでは十一世紀常駐隊はマシンの中で寝泊りするしかないだろう」
「それで私たちは?」
ジョーがテーブルの上に体を乗り出し、ニックに迫る。
「このホラー映画の鑑賞会に呼ばれた理由は何です?」
「まあ、そう急くな、ジョー」
ニックは擬似窓の映像を消すと、四人ひとりひとりの顔を眺めて、
「アチソン。どう思う?」
「とんでもねえ野郎の見当はついているんですか、ニック」
ニックの二歳年下でTPの経歴では一年先輩のアチソンは、部長を愛称で呼び捨てに出来る数少ない人間だった。
「ついてるよ」
「だったらさっさと捕まえちまえば、と思うがね」
「相変らず短絡的だな、アチソン」
ニックはこの部屋に入って初めて笑みを浮かべると、
「だが、今度ばかりは私も同意見だよ」
「では何故動かない?」
「管轄というやつだ」
「まったくこれだからな」
アチソンは鼻を鳴らす。ニックは宥めるように、
「まあ、我々は過去に関しては捜査権も逮捕執行権もあるよ。でも現実世界ではただの珍しいことをコソコソとやっている世界機関というだけだ」
「では、犯人は現代年紀にいる?」
「そういうことだ。もちろんインターポリスが捜査しているよ」
「彼らが検挙率の噂に反して優秀であって欲しいもんだな」
世界警察機構はこの平和な二十四世紀にあって世界規模の凶悪犯罪を取り締まるが、犯罪件数に対する検挙率が南米連邦の中央警察に及ばず、テロリストの温床と言われるアフリカ連合で苦戦続きの連合警察と同じ位というデータが存在する。
「とりあえず犯人はインターポリスに任せるしかない。ミシェル、君はどう思う?」
ミシェルはテーブルの下で組んだ足を組み変えると、
「こんなことがまだ続くと思いますか?」
「思うし、実際起きている」
「常駐隊本部襲撃が?」
「ここまで大規模ではないが、各地で異常なTC出現予兆の増加が見られる。見たまえ」
ニックが擬似窓に向けてページを捲る仕草をすると、画像が切り替わり何かのグラフが現われる。
「この三日間の急激な上昇。実際に亜空間侵入警報も大幅に増加している。特に三ヶ所、八世紀ヨーロッパ、十六世紀中東、十九世紀ヨーロッパが騒々しい」
ニックはじろりジョーの後ろに隠れるように座る人物に目をやる。
「こういうのは君の得意技だったな、キャシー」
「あ、いえ。そんな」
オドオドとキャシーが答える。ますますジョーの背中に隠れてしまった。
「情報部時代、君の分析力にはリベイロ部長も一目置いていたそうじゃないか、どうだね」
「えっと、まあ、それでは言いますけど、こんなあからさまに敵意剥き出し、正攻法な亜空間侵入って滅多にありませんよね?それに目標年紀と場所から、おのずと保護対象も浮かび上がってくる。シャルルマーニュ、スレイマン、ナポレオン。このTC、英雄好みですね」
キャシーの声はか細かったが次第に熱を帯びて、
「それに同時に多時代多地域。組織としてはTP並みか、それ以上でなければこんなもの成し遂げられるはずもない。でも、そんな巨大なTC組織なんて聞いた事がないし。とすれば、これは共通意思の伝播ってやつですね」
「解析の連中の言葉じゃなくオツムの軽い俺にも分かるように言ってくれないか?」
南アのスラム出身、学校と名の付いた場所で学んだ経験のないアチソンが突っ込む。とは言ってもTPにスカウトされる『過去人』のIQは百四十以上。無論アチソンもその基準をクリアしているはずだった。アチソンはただ自分のキャラ、イコール存在感を示したに過ぎないが、キャシーは済まなそうに首を縮めると、
「ごめんなさい。あ、あの、つまりは誰かがおいしい情報を流してそれに食い付いた連中が同時多発的に騒いでいる、というような」
「やつらにボスはいない、と、そういうわけか?」
「断言は出来ないけれど、少なくとも全体を統括する指揮官はいないと思う」
「厄介だな」
呟くようにアチソンが言うと、暫く四人の作戦部員は黙考する。そんな彼らを見遣るとニックは、
「状況は大体の所、理解に至ったかな?」
「で、私たちはどうしてここに呼ばれたんで?まさか我々でこのTCを何とかしろとか」
ジョーはクリスマスプレゼントを見付けたものの、正式に渡されるまで無視を決め込む子供といったところだった。正しくその比喩を思い浮かべていたニックは、ジョーの物言いに思わず受けてしまい失笑すると、咳払いで威厳を正す。
「そのまさかだ」
「ほう」
満足そうにジョーが頷き、ヒューとアチソンが口笛を鳴らす。
「君らも知っての通り作戦部は執行捜査、機動執行共に日常業務に忙殺されている。重大案件に当たるプロジェクトチームも十四チーム。世紀常駐巡回警備班から人員を間引いているが間に合わず、何処もかしこも人手が足りない。こんな状態でこの案件に当たるチームを作るには更に無理を重ねなくてはならない。そこで君のお父さんに掛け合って君らをしばらく借りることにした」
「オヤジが良く許したな」
「義父さんは二つ返事だったよ。あんな危なっかしい連中でも役に立つなら、とね」
ジョーの呟きにニックは素早く返す。
「散々な言われ方だなぁ」
「もちろん君たちだけでは数が足らないのは分かっている。作戦部と情報部、補給支援部は全面的に君らをバックアップする。人員、物資双方でね」
作戦部長のニックは表情を引き締め、立ち上がるとジョーたちを一瞥する。
「プロジェクトチームは数日以内に立ち上げる。君たちが中心となってこいつに取り組んで貰いたい」