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プロローグ/TPサイド・B

 §パレスチナ・ナザレ近郊 25年7月(到達年月)2369年1月(現在年月)

 


 男が手にする『カーボンスティック』が放散する熱は、グラブを通して感じられるほどになって来た。包囲する時空侵犯者タイムクリミナル、通称TCタスィの放つプラズマ弾が再び彼を襲う。男は身を捻って一弾をかわすと、反対側へ半回転、もう一弾が脇を掠める。その格好のまま、炸裂したプラズマが放散する熱風と砕かれた砂岩の破片をやり過ごす。

「後1m50s」

 男は歯を食いしばると、褐色の砂岩を背にスティックを抱える。

「スリー,ツー,ワン!」

 カウントするや素早く立ち上がると斜面の下へスティックを連射、TCが伏せると同時に砂岩の防壁を捨て、左側の斜面を下った。孤立したTPタフィがまさか自分の方へ突っ込んでくるとは考えていなかったTCの一人が二秒ほどこまねく中、貴重な時間を使った男は思い切りダイブしてそのTCに飛び掛る。徒手格闘はお手の物。正にそれが彼の得意技だった。僅か三秒でTCをノックアウトした男はさっと飛び退る。同時にプラズマが炸裂し石礫の一つが彼の頬を掠り血の道筋を付けた。

「後1m25s」

 新たに陣取った斜面に危うく留まっている巨大な砂岩の裏、男は手品のように黒い筆箱のような物体を取り出しそっと宙に投げる。それはふんわりと宙に浮かんで静止した。同時に目の前に右手で四角を描くと、そこに擬似窓が現われる。左手でコマンドを打ち込むと、再びカウント。

「スリー,ツー,ワン」

 さっと砂岩を後にすると、たちまち彼の周囲は炸裂するプラズマだらけとなった。先ほどの砂岩から五十メートルほど離れた浅い窪地にダイブする。砂利と硬い地面に身体を強かに打ち付け、一瞬息が詰まるが無視、男は顔を上げると中空を睨む。現実には男の視界には雲ひとつない蒼空があったが、彼の眼には先ほど置いて来たデジタル双眼鏡が送信する3D画像が映っていた。掠めるプラズマを意に介せず、男はひたすらその一瞬を待った。やがて。

 男の右拳が中空を叩く。すると凄まじい爆発音。あの巨大な砂岩が一瞬で砕かれ一気に斜面を下る。それはたちまち土砂崩れとなって彼の下、斜面を登ろうとしていた七、八人のTCに襲い掛かる。殆どの者は慌てて実体化を解き、亜空間へ去ったが数人逃げ遅れ瓦礫に埋まってしまった。


「アパッチ、すまん!」

「バカヤロウ!何やってんだ!」

 いつの間にか男の隣に『インディアン』が立っている。編んで束ねた黒髪に鳥の羽飾り、特徴ある紋様で飾られた麻地の衣服、ダブダブのズボン。片手に下げたトマホーク。誰もが思い描く闘うインディアンそのもの。だが、そのインディアンはしょげ返っていた。

「『ピッカー』相手に手間取った。大丈夫か?」

「ジェロ、お前は?」

「俺なら平気だ」

「安心しろ、こっちもピンピンしてるぜ。それより、瓦礫に数人埋まってるはずだ、助けてやれ」

「了解」

 たちまち消えるインディアン。ふーっと長く息を吐く男。その時。

「だ、大丈夫かね」

 彼が振り返り見上げると、そこに男が一人立っていた。

 斜面の上に立ち、逆光に縁取られシルエットとなった姿は中肉中背、その辺に住んでいる下層の民に他ならない。しかし見上げる男には直ぐに分かった。分かったと同時にしまったと思ったがもう遅い。内心舌を打ったが諦めて立ち上がり、思わず走った痛みを長年の経験で押し殺す。

「ありがとうございます。大丈夫です。あなた様も、大丈夫ですか?」

「大丈夫だが……」

 見下ろす男は、不思議な出来事と目の前の男の異様な風体に改めて興味を持つ。この黒人は何処から逃げて来たのだろう?この辺りには黒人を奴隷にするような裕福な者は住んでいない。ベツレヘムやエリコまで行けばローマ人がヌビアやスーダンの黒人を使っているが、この男、奴隷にしてはこざっぱりしている。着ているものはなんとも表現し辛い、身体にくっつき纏わり付く妙なもの。こんなものは見たこともないが、果たして何者だろう?

 じろじろと見られた男は咳払いをひとつ。

「申し訳ありませんが私は行かねばなりません。もう時間でして」

「何処から来たのかね。何処へ」

 行く、と聞こうとした男は息を呑む。突然黒人の身体が黄金色の光に輝き出したからだ。その輝きはどんどん増して行き、見ていた男は思わず目を瞑り手で庇う。微かに何か蜂の羽音にも似たブーンという音が聞こえると、それは始まった時と同じように突如終わった。男が目を開くと、そこにいたはずの黒人は消えていた。

 ナザレに住む男、イエスはただ呆然と辺りを見回すばかりだった。



 §南米連邦・ブラジル マナウス州 2369年2月



 天井一面に張り巡らされた有機EL照明壁は、目一杯絞られてほとんど明るさを感じない。僅かにものの輪郭が浮かぶだけ。そこに最大限に拡大された擬似窓ウィンドウが。映し出されているのは一人のすらりとした金髪女性の3D全身映像。

「ミシェル・フォッシュ大尉。現年紀二十九歳、未婚。1998年ヨーロッパ連合、当時のフランス共和国生まれ。第一次世界大戦の英雄、フェルディナン・フォッシュ元帥の曾孫に当たる。現地2018年、現年紀2360年にスカウト。作戦部一筋、八年前機動執行班に配属、三年前から機動執行第十四班班長。逮捕執行149回。沈着冷静で協調性もあるが、独断専行も目立ち戒告三回訓告十八回。現在、TCによるブッダ攻撃時に、保護対象者目前にも関わらず独行、被疑者と格闘・逮捕執行に及んだことにより謹慎中」

 擬似窓の3D映像が切り替わる。

「アチソン・“アパッチ”・ベーカー少佐。現年紀四十八歳、既婚。2113年アフリカ連合、当時の南アフリカ共和国生まれ。現地2129年、現年紀2345年にスカウト。情報部を経て作戦部に勤務、十三年間機動執行班で勤務した後、五年前から教導作戦団教官。逮捕執行287回、これは現役作戦部員第一位の記録。徒手格闘技に優れ逮捕術に関しては作戦部ナンバーワンと目されるが、気性が激しく作戦遂行時に保安規則を無視することおびただしい。戒告十一回訓告三十二回。現在TCによるイエス・キリスト攻撃時、単身TC十二名と交戦、歴史改変の危険性を無視した作戦行動により謹慎中」

 厳つい顔の黒人男性から画像は少女かと見紛う女性の姿に。

「オッホン。あー、キャシー・スコウフィールド大尉……彼女は、いいな?」

「ええ、存じ上げておりますですよ。よーく」

 吐息と共に皮肉を滲ませる若い男の声。

「副長官直属特別調査隊所属の異端児。現在、ムハンマド護衛作戦時に対象者へ姿を晒し、会話まで行なうという失態により謹慎中……だからやっぱり、といったところでして」

 上目遣いに何かを訴える青年の視線を避けた中年男性は、

「以上七名。この中から三名好きに選びたまえ」

「……何だか最後の三人を選べ、と言われている気がしますがね。まあいいや。それはそれとして、ぜひに、とお願いしていた彼女が選ばれていませんね」

「ああ、彼女はダメだ。作戦部長のニックが手離さない。高望みはいかんよ」

 青年はやれやれと手を上げると、

「残念だなぁ。『ブラックダイヤモンド』と仕事が出来るのを楽しみにしていたのに」

「ちょっと待て。彼女はこの連中とは違うぞ、ジョー。元はと言えば君は」

「ええ、ええ、ごもっとも。仰りたいことはよーく分かってますって」

 話の腰を折られた相手は若い男を睨み返すと、

「まったく、君が跳ね馬やらトラブルメーカーやらを集めて何かやろうというのは一向に構わんよ。実際、彼らの上司からは厄介払いが出来るって言うので賞賛の声まで上がる始末だ。だがね、君は本当にこの人選で新型の評価を行なえると思っとるのかね?」

 ジョーと呼ばれた男は制服の襟を緩めると不敵に笑んで、

「思いますね。いいですか?こういう人たちは確かに組織には向かないでしょう。しかし、それだからこそ上の方が眉を顰める批判も厭わないし、決して白を黒とも言わない。我々に必要なのは新型ピッカーの宣伝文句ではなく欠点の洗い出しでしょう?ならば歯に衣着せず物言う連中、それでいてこの仕事が何たるか心得た本物のプロが必要なはずだ」

 力強く言い切ったジョーはどうだとでも言いたげに腕を組む。擬似窓の光で照らされたその姿を見て相手の男は肩を竦める。

「まあ、支援部も装備課も君に一任すると答えたのだからな。これ以上文句は言わんよ。ただ、釘は刺しておくぞ」

「はい」

「無茶をして私や親父さんを困らせるなよ。もう昔みたいに尻を叩けばおしまいじゃないからな」

「肝に銘じます、スチュおじさん」

 相手の中年男性は深々と嘆息する。

「ロンドンの街路で親父さんが私を振り切って君を拾った時、まさかこんなことになるとは思わなかったよ。無理にでも止めさせるべきだったか、と後悔しとる」

「その節はどうも、スチュおじさん。もう後悔はさせませんからご安心を、補給支援部長殿」

 ジョーは擬似窓を背景にシルエットとなったスチュワート部長に敬礼する。

 

 因果律が否定され存在・状況全てが偶然の産物と決め付けられた二十四世紀。しかしこのタイミングで集められた人々が、ジョーという少壮のリーダーに率いられるという偶然は何者かの作為すら感じられた。いずれにせよ彼と彼に従った少数の人間たちが、後に『TPタフィ』最悪の事件ケースと呼ばれることとなる『ケース・エリザベス』から組織を救うことになる。


 もちろんこの時、歴史の最前線に立つ彼らに未来など分かろうはずもなかったのだが。



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