Episode29;フランクの城館
§時空走路ルート7・時航マシンTPM03―072号 現年紀三十三時間後
「こちらは二十四世紀から直接乗り込む訳だから、八世紀のミシェルたちが乗り込む場合よりTCの連中には発見され難い」
数分後、マシンの席に戻ったマーチンが途中下車の必要性を皆に告げていた。
「では直接現場に降りると?」
「そういうこと」
「手伝おうか?」
例の髭の看護師が言う。マーチンは呆れて、
「お宅の得意分野じゃないだろう?」
すると看護師は不敵に笑んでマーチン正面の擬似スクリーンに一枚のライセンスを示した。作戦Bクラス任担許可。通常作戦部の現場組士官クラスが持つ代物。とても看護師が持つものではない。
「へえ」
「元AD常駐巡回警備班ザウレスク中尉だ、よろしく。足手纏いにはならないと思うが」
「何でまた医療班へ?」
「色々あってね。それにスカウト時には本物の看護兵だったのさ、イオージマとか言っても分からないだろうけれど。US海兵隊のザウレスク看護伍長であります、大尉殿」
「それは頼もしいな。本当にいいかい?」
「いいよ。ピッカーはないけれど、いいな?」
「構わない。偵察だけだし」
「よし。先生、いいかな?」
このマシンに乗り組んだ中で階級が一番上ということだけで責任者とされていた医師は、曖昧な表情で、
「でもやはり八世紀派遣隊の指示を仰いだ方がよくはないかね?」
「センセイ。こういう時は即断即決がいいんですよ。うかうかしていると逃げられてしまう」
ザウレスクが唸るように言う。
「まあ、私は作戦行動に関しては素人だ。君らが言うのなら君らの責任においてやりたまえ」
マーチンは不服そうなドクターへとりなすように、
「では、こうしましょう。幸いTCのアジトと思われるポイントはミシェル隊の常駐する年紀から五年しか離れていない。同じフランク王国内でもある。センセイたちは先に行って下さい。そしてミシェルに伝える。我々は偵察後身を隠して迎えを待ちますよ」
「そういうことなら……」
ドクターが口篭るように言うと、
「すまない、マーチン」
情報部から来た二人が謝る。
「何を言ってるんだ、君たちは頭を使いにこの世紀へ来た。TCの出現ポイントを予測するのが君たちの仕事、汚れ仕事は調査課のマーチン様に任せなさい」
(それに作戦任担ライセンスのない人たちに手伝って貰っても足手まといだしな)
マーチンがほっとしたように頷く二人のアナリストを見ながら密かに吐息を吐くと、
「あのー。私も連れて行って貰えませんか?手伝いたいのです」
一人の看護師が立ち上がる。
「ありがたいが、気持ちだけ貰っておくよ」
「いえ、私も作戦任担を持っています」
彼がスクリーンに示したのはCランクの作戦任担ライセンス。常駐隊巡回警備班の下士官が持つライセンスだった。
「へえ。君も色々あったクチかな?」
「その、ええ、まあ」
若い看護師は苦笑混じりに頭を掻く。
「名前は?」
「ホセ・サンチェスです」
「分かった、ホセ。君も来い」
§フランク王国アクィタニア地方 ロアール川中流域 762年10月(到達年月)2369年5月(現在年月)
「随分とのどかだな」
一時間に及ぶ年紀誤差修正を終え、過去と同期した直後映し出された『外』の情景に髭の看護師ザウレスクが呟く。
「田舎を思い出しますね」
擬似スクリーンに張り付かんばかりの若い看護師ホセは、物珍しそうにきょろきょろと見渡していた。
一時間ほど前、マーチンら三人とピッカー『ファルケ』は、時航マシンから通常は容疑者や定員以上の乗員を収納する護送車に移乗した。そしてコンテナを切り放してもらい、マシンはミシェルたちの待つ先へ、彼らはTCのアジトがあるという時標で修正時間を過ごす。さすがに緊張した彼らはもうカードをやらなかった。シグナルと音声で修正が完了したことが告げられ、マーチンが虚数域の『外』、即ち過去とコンテナとの年紀誤差を慎重に測る。
「大丈夫だ。八世紀時間午前十一時十二分。昼は何がいい?」
マーチンの軽口にザウレスクは顰め面、ホセはきょとんとしていた。
「問題の場所は、あそこだ」
マーチンが擬似スクリーンを操作すると、画面が一気にズームされ、小川の畔に建つ石垣積みの堅牢な城砦が映し出された。
「大きいな」
「この辺り一体の荘園領主の城館だ。どうやらTCは領主をどうにかしてここにオリジナルを構築したらしい」
「なんでミシェルたちが気付かなかったんだ?」
ザウレスクが問う。その顔は既に昔の巡回警備班員のものだ。
「巧妙にやったんだろうね。灯台下暗しとも言うし」
「で、ここからTCたちはこの世紀にちょっかいを出している、というんですね?」
ホセが言うと、
「おそらくな。ここは補給と作戦本部のような感じなんだろう」
「その情報の出所は?」
ザウレスクが目を細めて尋ねる。
「情報部に入った至急報だ。八世紀常駐隊の情報班から直接本部へ送られた。情報源は定点監視と現地の噂、そして直接エージェントが現地を調べた。領主はここのところ姿を見せないそうだ」
マーチンが言うと、
「何故ミシェル隊が知らないんだ?伝えてないのか?」
「情報はまず本部が解析する。そして信憑性がチェックされた後で作戦部の担当部署へ通達される。今回は解析中の情報を私が聞いた」
「評価前の情報か?。おい、まさかもぬけの殻っていうことはないよな?大丈夫なのか?」
「これを伝えてくれたのは情報部の解析アナリストでもトップクラスの人間だ。まず間違いなくTCはそこにいる」
マーチンはそういいながら、何か不服そうなザウレスクの目を見つめる。
「なあ、海兵の旦那。何を焦っている?」
ザウレスクはチッっと舌を打つと、
「エリートのあんたには分からないだろうよ」
マーチンは穏かに、
「エリートじゃないよ、ザウレスクさん。作戦部に入りたくて異動申請を乱発していた時もあった。人事課が言うには、私は派手な立ち回りより地道な調査が合っているとさ」
ホセがおずおずと言う。
「あの、それ、僕も言われました。僕は三ヶ月だけ十五世紀に行ってたんですけれど、君の慎重さは看護に向いている、と……」
ザウレスクはやれやれと首を振る。
「何だ、皆一緒か。なら、落ちコボレの三人がここまでやれる、と言うことを見せないとな」
昼になろうとするのに館の周辺には人っ子一人見えなかった。俯瞰して確認すると、近くの集落には確かに人の動きがある。集落の周りに広がる畑では、野良着を着て芋を収穫する農民の姿も複数見られた。しかし、領主の館の周りには誰も近付こうという者がいない。それどころか、館から出入りする人影もなかった。
「留守かな」
ザウレスクが冗談めかして言う。
「でなければいいが」
マーチンはそう言うと表情を引き締め、
「では、確認する。これから先はファルケをハブとして電脳通信で会話する。計画通り規制は第二の十分。時間切れの場合は強制的にマシンへ戻るようにアラートをセットしておくこと」
二人が頷き、マーチンが続ける。
「実体化後、私はファルケと共に館に接近、可能ならば内部も調べる。君たちは館の周囲で警戒。表側の林にザウレスク、裏手の森にホセ、君だ。誰か館に近付く者や異常があったら私に知らせる。五分後の第一規制時間で一度私から点呼を入れるから答えてくれ」
再び二人が頷く。
「私は遅くとも九分後に実体化した場所に戻る。君たちも八分後にはこちらへ帰ってくれ。その後、どうするかはマシンで話し合う。偵察が不十分な場合はもう一度実体化するかもしれない。そしてこれが大事だが、私から九分過ぎても連絡がなく、実体化ポイントにも戻らない場合、君たちは直ちにマシンに戻り、十分後に私が強制実体化を経てマシンに戻るかどうか確認してからオートでミシェルのところへ行くんだ。戻らなくても決して探さない」
二人が真剣に頷くと、
「では、行こう」
三人は付近に人気がない事を確認すると館の裏手にある森で実体化する。実体化因子の金色の輝きが収まると、
「感度は?」
「良好」「良好です」
電脳通信チェックを終えるとマーチンは二人に手を振り、森を先に行く。その姿は光学迷彩バトルスーツのお陰であっという間に周囲に溶け込むが、残された二人の目には電脳を介した赤外線サーモ情報が送られ、ぼやけた赤色に光る塊として映っていた。その光も森に溶け込むと、
「じゃあな」
ポンとホセの肩を叩くとザウレスクが館の表側へ回り込むために走り去った。残されたホセは思わず武者震いをすると、身を屈めて館が見下ろせる場所まで森の斜面を登って行く。
館はひっそりと静まり返っている。森の際から館を観察したマーチンは素早く立ち上がると、館と森の境界となっている低い石垣の際まで走る。ここまでで二分三十秒。残りは七分三十秒。
マーチンは辺りを窺った後、するりと石垣を乗り越え、館の敷地に入る。そこは立ち枯れた雑草が茂った場所。時間がないため音が出るのは仕方がないとして館の外壁まで走り寄る。幸い聞き付けて外に出てくる人物はいなかった。
「ファルケ。中の様子は?」
すぐさま電脳にファルケの声が返る。
「熱感知が多数。しかし妙だ。生体反応はなく、その熱源も動いていない」
「なんだと思う?」
「分からない。私の同類のアイドリング状態に似たパルスを感じるが、それにしては人工知能のパターンがない。頭脳なしの工業用なら先のアイドリングパルスのパターンが違う。訳が分からないな。物質透視で解析しようとしたが、それには妨害がある。パターンはない。どうやら館ごと可視化シールドされている」
「間違いなくTCだな」
「そういうことだ」
マーチンは壁に背中を押し付け左右を見る。
「ファルケ。入り口を探せ」
「了解」
その時、木枯らしが吹き抜けてマーチンの前に広がる枯れ草を揺らし、枯葉を舞い上がらせた。冷たい風は身を切る寒さで彼の頬をなぞった。
「発見した。右手三十メートル先。勝手口の一つのようだ」
「行くぞ」
空間偽装して身を隠すファルケを引き連れ、マーチンは壁を伝ってその入り口へ向う。そこは壁の窪みとなった場所で、木戸は古い樫の木に鉄鋲を打ち込んだ代物。ここまでで四分五十五秒。マーチンは電脳通話で二人を呼ぶ。
「こちらマーチン。第一規制時間が過ぎた。ザウレスク?」
「こちらザウレスク。表は異常なし」
「ホセ。そちらは?」
「ホセです。何も動きは見えません。あ、マーチンさんは分かります」
思わずマーチンは微笑むと、
「しっかり見張っててくれ、ホセ。二人とも無理はするな。私はこれから内部の偵察に移る」
「お前こそ気をつけて、マーチン」
ザウレスクの声に、
「大丈夫だ」
電脳通話を解くと、木戸を見遣って考える。こいつは物理的に壊さないといけないか、と思い、ドアに手を掛けると……
ギイー
そのままドアが内側に四分の一ほど開いた。
「ファルケ」
しかし、ファルケは心得たもの。
「この先、五十二平方メートルの部屋。食材置き場。熱源なし。左右の壁と向い側にドア」
マーチンは頷くと、
「いくよ、ファルケ」
「了解、いつでも」
ドアを慎重に出来る限り音を忍ばせて開き、熱感センサーをフルゲインにする。気配はない。
「どうやら留守のようだな」
ドアを閉じて部屋を横切る。食材置き場だというが、そこには実質なにも置かれていなかった。油断なくスティックを構え、ファルケを従えたマーチンは次の部屋の扉に手を掛けた。
「待て!この先の部屋がサーチ出来ない!壁の可視化シールドは同じだがこいつは……」
マーチンはファルケの警告を無視して、半分ほど扉を開く。と、扉の向こうに息を呑む空間が現われる。
「なんだこいつは」
呆然とするマーチンの目に飛び込んだのは黒と赤。窓はなく壁は漆黒に塗り込められ、そこに一本の赤いラインがちょうど目線の高さで壁を一周している。赤い帯の太さは掌の幅くらい。その二色対比で彩られた空間は人の神経を逆なでする。その大広間の中へ誘われるように入ったマーチンにファルケが警告する。
「おい、ジョシュ、余り深入りするな」
「分かっている。でも、何だかこいつは――」
「ジョシュ!」
ファルケは叫びながら片腕に仕込んだカーボンステックからプラズマ弾を発射する。マーチンの目前で何かが吹っ飛び燃え上がった。
「え?あ……」
目の前の情景に彼は絶句した。
それまでのなんとも平和で牧歌的な風景が突然変化する。実体化から七分が経過し、ザウレスクがそろそろ戻ろうかと思った瞬間。
館から甲高いシュッ、シュという音がして破裂音と物が壊れる音が繰り返す。シュ、シュという音は紛れもなくスティックから発射されるプラズマ弾の音。身を屈めたザウレスクの目の前で館の三角屋根から煙が上がり、洞穴のような窓からチロチロと炎の舌が覗き出した。
「マーチン!聞こえるか」
ザウレスクは電脳通信で叫ぶ。
「マーチン!」
しかしマーチンの答えはなかった。
(チックショウ。どうする?行くか?)
ザウレスクは窓から白い煙を盛大に噴出し始めた館を心配そうに見る。
「おい!ホセ、聞こえるか?」
当然ホセからもこの有様は見えているはず。しかし、ホセも彼に答えることはなかった。
「ホセ!マーチン!返事をしろ!」
実体化して九分が過ぎた。第二規制と呼ばれる実体化可能限界まで後一分、マーチンが帰ると約束した時間。もちろん今からでは最初に実体化した集合地点まで帰ることは出来ない。
しかし、ザウレスクは慌てなかった。このまま十分が過ぎる。するとセットしたアラートが彼の実体化を強制解除しマシンへ転送する。後四十秒も待てばいい。そうしてマシンへ帰ったら後先考えずミシェル隊に合同しよう。やはりこんな危ない橋は渡るんじゃなかったか?彼が元職の看護師となったことで散々に言われた陰口。巡回警備班で成績が上がらなかったのは俺が悪いんじゃない。それなのに適性がないと抜かしたあの大佐。人事しかやったことがない野郎に何が分かるんだ。こっちはBクラスのライセンスも獲得しているんだ。簡単なことじゃなかったのに……まあ、いい。またのチャンスもある。それにこれを報告すれば多少は――
その時、彼は肩を叩かれる。ハッと振り返った瞬間、彼の世界は暗転する。
ホセは震えが止まらなかった。館で騒動が始まり、彼は一目散に集合地点へ取って返す。丁度八分が過ぎる。マーチンがここに帰れと言った八分。その後の一分はまるで十分間のようだった。館からは盛大に煙が上がり始める。それにしても、この付近の住人は自分たちの領主が大変なことになっているのに駆け付けもしないのだろうか?マーチンはどうしているのだろう?ザウレスクからも何も言って来ない。マシンへ帰ろうか?いや、今帰ったら臆病者と言われるだけだ。常駐隊に配属され、漸く慣れ出したあの時のように。せめて残り一分まで……過ぎた……。ああ、これで帰れる。
その時。それが見えた。
「誰だ、あれは?」