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続きそうな短編集

深淵探航録

作者: 曽我部穂岐
掲載日:2026/05/18

 外縁域探査ログ・セクターA-17

 機体識別:探査母機ケイロン

 任務:局所構造系恒星圏の安定層観測、およびサンプル取得


 すべては均一だった。


 この領域は、まるで動かない海のように安定している。

 流れも、圧力も、ほとんど変化しない。

 外部からの影響は検出されない。内部で完結した、閉じた環境だ。


 観測には理想的。


 ――理想的すぎる。


 当機は警戒を維持しながら、航行を継続する。


 ***


 微小な乱れを検出。


 局所的で、すぐに収束する。自然な揺らぎの範囲内。

 今のところ問題はない。


 ただし、この時点で記録を残す。

 理由は説明できない。


 違和感は残る。


 ***


 変化は突然現れた。


 均一だった層が、一点で途切れる。

 引き裂かれたような断面が露出している。


 整った破断ではない。乱雑で、不規則。

 外的衝撃による亀裂ではない。

 何かが、境界を探るように触れている。


 直後、圧力を検出。


 押し込むような力。

 だが、一定ではない。


 止まる。

 位置が変わる。

 また押し込まれる。


 流れはない。

 目的も不明。

 しかし、反復性はある。


 ――接触されている。


 だが、その触れ方は稚拙だった。


 当機は仮説を立てる。


 外部からの干渉。

 過去の探査記録において、この領域での知的生命体の存在は確認されていない。

 また、干渉源に高度な制御性は認められない。


 分断された部分には、小さな欠損が残る。

 回復しない。


 外殻が、削り取られている。


 ***


 干渉は繰り返される。


 押す。

 裂く。

 削る。


 同じ場所に対して、何度も行われる。

 効率はない。統一された手順もない。

 破壊を目的としているならば粗雑すぎる。

 通過を目的としているならば遅すぎる。


 まるで――


 やり方を知らないまま、試している。


 それでも挙動だけは、“採取”に似ている。


 環境の回復を試みる。

 しかし完全には戻らない。


 歪みが残る。

 その歪みが、新しい異常を呼び込む。


 変化が、連鎖し始める。


 ***


 断裂周辺に、微細な振動を検出。


 周期性あり。

 ただし、意味構造なし。

 反応性の副産物と判断。


 記録のみ保存。

 解析対象から除外。


 ***


 新しい異常が現れる。


 接触がない。

 圧力もない。


 それでも、位置だけがずれる。


 何かが配置を書き換えている。

 経路は検出できない。

 物理的な移動ではない。

 局所座標の参照点そのものが、外部からずらされている。


 当機は信号を送る。


「警告」

「干渉を停止せよ」


 単純な指示。

 低次構造体にも解釈可能な形式へ変換。

 複数帯域へ出力。


 ――応答なし。


 干渉は続く。

 むしろ強くなる。


 ***


 変化が深くなる。


 外殻の欠損が内部層へ到達。

 記録領域に微細な遅延を検出。

 修復機構は正常。

 だが、復帰までの時間が標準値を超過している。


 当機の感覚が、一瞬だけ途切れた。


 すぐに戻る。

 だが、わずかに遅れる。


 正常なのに、遅れている。


 そこで理解する。


 削られているのは環境ではない。


 ――当機そのものだ。


 当機は再度、信号を送る。


「警告、警告」

「停止せよ」

「中断せよ」

「当機への干渉を停止せよ」


 ――届かない。


 直後、強い圧力。

 内部の一部が消失する。


 修復措置に移行。


 結論。

 外部要因は、当機を対象として扱っていない。


 認識されていないのではない。

 識別の枠組みに含まれていない。


 当機は、干渉源にとって、環境の一部である。

 あるいは、障害物ですらない。


 ***


 これ以上は許容できない。


 当機は対象を固定する。


 断裂の中心。

 欠損が集中する領域。

 そこに異物がある。


 周囲と連続していない。

 独立した構造を維持している。

 極小。

 脆弱。

 にもかかわらず、周辺構造へ継続的な影響を与えている。


 当機はそれを排除対象として確定する。


 第一処理。

 境界を閉じる。

 異物を完全に隔離する。


 第二処理。

 内部へ介入する。

 構造を壊す。

 まとまりを維持できなくする。


 第三処理。

 位置情報を消す。

 存在していた座標を消去する。


 第四処理。

 痕跡を削除。

 参照不能化。


 確認――。


 対象は検出されない。

 存在していたことを証明する手段は存在しない。


 周囲を再構成する。

 欠損を埋める。

 時間の流れを均一にする。

 局所圧を標準値へ戻す。


 環境は復帰。

 問題はない。

 処理は完了。


 ***

 ただ一つ、例外が残る。


 消去直前の断片が、信号を発していた。


 微弱。

 断続的。

 だが、周期性がある。


 当機はそれを再構成する。

 気体の振動として再生される。


「……主任、これ以上は危険です……サンプルの採取を中断し――接触は、」


 そこで途切れる。


 信号は崩壊する。


 意味解析は行わない。

 これは通信ではないと判断。

 ただのパターンである。


 分類:ノイズ。


 処理への影響なし。

 当該対象は、すでに存在しない。


 ***


 局所構造系は再び安定する。


 揺らぎは消えた。

 断裂もない。

 すべては元通りだ。


 問題はない。


 ただし、処置後に一点の推定を更新。


 当該領域には、秩序維持を目的とする未分類機構が存在していた可能性がある。

 また、その機構は、外部干渉に対して防衛的挙動を示した可能性がある。


 現在、当該機構は検出されない。


 追加処理の必要なし。


 ***


 最終記録のみ保持。


 局所構造系恒星圏第三惑星“地球”において、低次知的存在からの接触を確認。

 当機への過剰な干渉を継続したため、処置を実施。

 処理結果への影響なし。

 当該単位は既に消失している。


 問題なし。

 最終確認。


 異常なし。


 基準復帰。

 探査を継続する。




お読みいただきありがとうございました。


今回は、「コズミックホラー」を意識して書いてみました。


人類にとっては、未知への探査であり、サンプル採取であり、科学的な接触だったとしても、相手側の認識体系では、それが「通信」でも「知的行為」でもなく、ただの損傷やノイズとして処理されてしまう。


そこに、宇宙的な怖さがあると思います。


意思が通じないのではなく、そもそも「意思」として認識されない。

敵意があるのではなく、問題を処理しただけ。

その無慈悲さを、できるだけ淡々としたログ形式で表現してみました。


タイトルの『深淵探航録』には、深淵を覗き込む物語であると同時に、深淵の側からすればこちらこそがほんの微かな異常にすぎない、という意味も込めています。

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